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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第62話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 結構長い間和気藹藹わきあいあいと(じーちゃん以外)会話していたから、実家を後にした時には夕方の四時過ぎになっていた。ぽん吉の散歩の時間を過ぎているので、俺と京一郎は急いでベ◯ツに乗り込んだ。
「それにしても、いつも以上にぶりっ子ブリブリだったな! 京一郎きゅん!」
「当たり前だ。結婚相手の家族には良く思われたい」
「あっ、結婚といえば、マジでバレンタインデーに入籍すんの?」
「そのつもりだが……嫌なのか?」
「いや、別にいつでも良いけど! 案外乙女チックだなあと思って」
「一生に一度の大切な日なんだ、特別な日にしたい」
「お、おう……」
 ハンドルを握った京一郎は真面目な顔でそう言ったから、俺は気圧けおされたが何だかおかしくなった。けれども彼の気持ちは嬉しい。
「しかし、俺もいよいよ人妻……いや、人夫になるのか。そう思うと感慨深いな……」
「まだ中学生みたいだから、既婚者には見えないだろうな」
「中学生みたいって失礼だな! まあ俺、幼く見られる方だけど童顔っちゅう訳でもない……」
「俺は大体三、四歳は上に見られるな」
「分かりみだわ、それ。落ち着き払って態度デカいからな」
「何だディスってんのか?」
 そんなやりとりをしながら、俺達は来た道を急いで戻った……。

 初詣も実家への挨拶も済ませたし、正月三日目は所謂いわゆる寝正月をした。一月はあっという間に終わるというが、俺達のようにのんびり過ごしていてもそれは同じで、気付いたら月の半ばになっていた。
 俺は週初めに妊娠十八週を迎え、腹の膨らみは益益ますます大きくなり腰が痛くなったので、今頃妊娠帯を着けた。妊娠・出産情報誌「あかご倶楽部クラブ」の愛読者である京一郎が「妊娠線のケアもしなければ」と言って保湿クリームを買ってきたが、俺は「めんどくせぇ」と一蹴したから彼が代わりに塗り塗りしていた。
「京一郎どん。俺様はぽんぽこりんなんだ」
 洗濯物の入った籠を持って通り掛かった京一郎に、ソファにひっくり返ったまま声を掛けた。すると彼は足を止めて首を傾げた。
「ぽんぽこりん?」
「お腹がぽんぽこ、ぽんぽこりんなんだよ。かつてなく肥えたし、流石に動きにくい」
「確かに、最近二重顎になったなとは思っていた」
「マジ? ヤベェな……」
 京一郎の返事に、俺は顎に触れながら顔を顰めた。すると彼はフッと笑って言う。
「体重管理はしなければならないが、ぽんぽこりんも可愛いじゃないか。達磨だるまのようだ」
「達磨って思いっ切り悪口じゃねえか!」
 あんまりな言い草に叫んだ時、腹の中でピクピクッと魚が跳ねるような感覚があった。思わず手で押さえ「何だ……?」と呟く。
「どうした?」
「いや、腹の中で金魚が跳ねたんだよ。踊り食いなんかした覚えねーぞ……」
「ついに金魚にまで手を出すとは。とんでもない食欲だ……」
「だから食ってねぇって!」
 京一郎は唖然とした様子でそう言ったから、眉を寄せて言い返す。その時、再び何かが動く感覚があったので、まさか、と思い当たった。
「京一郎、これ、赤ちゃんだわ……」
「えっ」
「胎動ってやつじゃね? おー、また動いてる。元気元気」
 その時、ガタッと音がしたので見ると、京一郎が持っていた籠を取り落としていた。プルプル震えているから「どうした? 腹が痛いのか?」と尋ねる。
「あずさ、腹を触らせてくれ……」
「え?」
「俺も胎動を感じたい」
「無理じゃね? なんか奥の方でピクンピクンしてるだけだぞ」
 俺はそう言ったが、京一郎は意に介さず回り込んで来て、ソファに掛けている俺の前に跪くと腹の膨らみにそっと手を当てた。それから一分くらい待っていたが、赤ちゃんが動く気配は無かった。ようやく顔を上げた彼は残念そうに言う。
「どうして動いてくれないんだ……」
「まあ、そのうちもっと激しく動くようになるって。そしたら呼んでやるからさ」
「絶対だぞ! 動いた瞬間に叫べ」
「分かった分かった」
 必死に頼むのを見て、俺はくすくす笑いながら頷いた……。

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