【第六夜】ありがとう
真夜中に目が覚めた。
明日、いや、すでにもう今日か、私は25歳になる。と同時に、結婚式の日を迎える。
しっかり寝ておきたかったのに……母があんな話をするから……気になって仕方がなかった。
物心ついた時、すでに父親はいなかった。母ひとり、娘ひとり。自分の名前が父親の名前から一字とってつけられたことと、その父親はすでに他界していることだけ聞かされていた。
けれど……本当は私に双子の妹がいて、亡くなったと聞いていた父親はその妹の父親で、私の父親はまた別にいる、なんて寝耳に水もいいところ。全く理解できない。今さら、そんな事実をどう受け止めろというのか。
時計の秒針音がやたらと耳をつんざき、目は冴えるばかりだった。私は暗闇の中、スマホの検索画面を開き「双子 父親 違う」と入力していた。
そして「異父重複受精」という言葉を初めて知った。母のことが急にわからなくなった。
スマホを枕の横に伏せ、暗闇の中、天井を見上げる。私はまだ目立たない、新しい命が宿っているお腹をさすりながら、深くため息をついた。
なぜ母は今になって急にこんなことを私に話したのだろう。正直知らないままの方がよかった。……知りたくなんか、なかった。
「美優、おはよう」
「あ、喬おはよ」
「どした?緊張してあんま寝れなかったの?」
「うん、そんなとこ」
式場で会うなりあくびを連発している私に喬が笑いながら言った。私は今日、この人の妻になる。
それぞれ控室に分かれて、仕度をする。私は、喬が似合うよと言ってくれたシンプルな白のウェディングドレスを身にまとった。
「おはようございます」
「あ、池田さん!おはようございます。今日はよろしくお願いします」
池田さんは私達の式を担当してくれているウェディングプランナーで、私と同い年だ。最初の打ち合わせでそれがわかると、妙に親近感が湧き、喬そっちのけで2人でいろんなことを決めたりしていた。
「妹の名前は美幸というの」
その瞬間、急に昨夜の母の言葉が思い出された。池田さんの名前も、確か美幸だ。
「ご結婚おめでとうございます!」
池田さんはそういって、私にブーケをくれた。
「え、コレどうしたんですか?」
「今日、お誕生日ですよね?だから私からお祝いの気持ち」
「えー!ありがとうございます!いいんですか?てか、めっちゃ好きな感じなんですけど!」
「よかった。知り合いにフラワーアレンジメントしてる方がいて、すごくセンスよくて絶対美優さんの好みだなと思って、作らせてもらっちゃいました!」
「さすが池田さん!でもなんで私の好みそんなにわかるんですか?」
「どうしたの?何盛り上がってんの?」
そこへ、タキシード姿になった喬が入ってきた。
「今、池田さんがこれプレゼントしてくれたの!」
私は手にしているブーケを喬に見せた。
「マジか。池田さんありがとうございます。でも、どうして?」
「実は、言いそびれてたんですが、私、美優さんと全く同じ生年月日なんですよ。だから、なんだか他人とは思えなくて……何かずっとお祝いしたいなと思ってたんです」
池田さんは少し照れたように、でも嬉しそうに言った。
「すごい偶然!てか池田さん、もっと早く教えてくださいよ」
喬が池田さんに突っ込みを入れる。
「すみません。なんか勝手に運命を感じて、サプライズしたくなってしまって……」
それからしばらく池田さんと喬は誕生日トークで盛り上がっていた。私は……別のことを考えていた。
彼女と双子である可能性について……だ。
「美優」
式の直前、母が控室に入ってきた。そんな母に私は、どうしても聞いてみたくなった。
「ねえ、お母さん……妹に会いたいと思ったことはある?」
母の目を真っ直ぐ見つめて聞いた。母は……一度目を伏せた後、再び顔を上げて首を横に振った。
「じゃあ、どうして私に話したの?」
「……何を言っても言い訳にしか聞こえないと思うけど……お母さんは自分が大好きな人の子供を育てることができて幸せだったのね。それを結婚して、これから母親になるあなたに伝えたくて」
「お母さん……」
母が私のお腹を優しくさすりながら言う。
「お母さん、あんたが産まれたばかりの頃は正直全然かわいいって思えなくて。今思うと双子なんて想定外でキャパオーバーだったのかも。今はお母さん、美優のこと大好きなのね。だから美優が離れていく前に、美優に懺悔して許されたかったのかな」
「……ズルい」
聞きながら……母の顔がぼやけてきた。
「ごめんね」
母がハンカチで私の涙をそっと拭う。
「喬さんとこの子を、大事にしてね」
そう言いながら、母も涙目になっていた。
―コンコン
「失礼します」
その時、池田さんがドアをノックして入ってきた。
「どうされたんですか!」
涙で化粧が崩れた母娘を見て、池田さんは慌ててメイクさんを呼びにいってくれた。
私は母の背中を見つめながら、今この手の中にある幸せを大切にしていこうと決めた。
「お母さん、私もお母さんのこと大好きだよ」
そう言って母の背中をぎゅっと抱き締めると、「ありがとう」と母が小さく囁いた。
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