見出し画像

2021年は「ハッピーエンドの年」!BL漫画、5年間のヒット作品の潮流

「BL」という言葉を聞いて、どんな作品を思い浮かべますか?

BLという言葉自体は「男性同士の恋愛を描いた作品」を指すもの。言葉のイメージからラブコメのようなものを思い浮かべる方も多いかと思いますが、実は、BL作品の系統は多岐にわたります。少女漫画が恋愛をベースに「ラブコメ」「スポーツもの」「ファンタジーもの」などに分かれるように、BL作品もその系統をかなり細かく分けることができるのです。

そして、BL界では人気の作品の系統がかなり短いスパンで移り変わっています。2021年前半まではハッピーエンドなラブコメ作品が「王道」となっていますが、5年前にBL界を席巻していたのは全く違う系統の作品でした。

そこで今回は、BLレビューサイト「ちるちる」上での作品評価ランキングを元に、過去5年間のBL界の流行の変遷を分析していきます!

2016年は不穏なカラーと関係性が強い

まずは5年前、2016年のランキング上位10作品※から。

画像1

※1年間に発売された作品の中で、「ちるちる」上での評価得点が高い順

1位だったのは、『カラーレシピ(1)』(はらだ/KADOKAWA)。
数あるBL作品の中でも特に暗くダークな世界観の作品であり、作中には暴力や精神的な依存関係なども描かれています。帯には「究極のサイコパシー・ラブ」という文言が書かれており、ハッピーとは言い難い、ダークなトーンの恋愛ものだということが窺えます。

そして、10作品中3作品がおげれつたなか先生の作品だということも注目すべき点でしょう。おげれつたなか先生は、丁寧な心理描写に定評がある作家。一見明るい雰囲気に見える作品も多いですが、明るいだけでは終わらないほの暗いストーリー展開や、深く練られた登場人物の心情描写がBLファンを虜にしています。

2作品がランクインしている座裏屋蘭丸先生も、読み応えのあるストーリー展開と世界観が強みです。5位の『コヨーテ(1)』は特殊な設定で、敵対関係である人間と「人狼」の恋を描いています。レビューでも複数の読者が主人公二人を「ロミオとジュリエット」と例えているような、“結ばれるべきではない恋愛”が描かれた暗いトーンの作品です。

各作品の表紙のデザインにも、その年の人気作品の傾向が現れています。
2016年に多かったのは、真っ直ぐ正面を向いて様子をうかがうような表情をしたキャラクターが描かれた表紙。笑顔のない表情、一人しか映っていない構図からも、楽しい内容ではなく何らかのシリアスな要素がある作品であることが感じられます。

総評として、2016年はダークな世界観・シリアスなストーリーが人気を集めたと言えそうです。

この頃は、シリアスなストーリーの中で描かれる、過酷な境遇にあるキャラクター同士の“共依存”や“病的なまでの愛”が人気を博していたようです。

暗いだけじゃない、少しずつ光が差し始めた2017年

2016年は、ダークな世界観が前面に押し出されたラインナップでした。それを踏まえて、2017年のランキングを見ていきましょう。

画像2

ランキング1位は、人気シリーズの第四巻『恋するインテリジェンス(4)』(丹下道/幻冬舎コミックス)。“ある国“の省庁に勤める男性たちの任務を描いた、シュールなギャグと耽美な世界観のギャップが多くのファンを魅了する作品です。

そして、現在はBL好きの間では常識とも言える特殊設定「オメガバース」※ものがランキングに登場したのもこの年から。『さよならアルファ』(市梨きみ/リブレ)と『かしこまりました、デスティニー ~Answer~ 下』(さちも/ふゅーじょんぷろだくと)の2作品がランクインしています。

この2作品に共通するのは「キャラクター達が差別や偏見に晒され苦悩しながらも、最後は運命の番として結ばれる」というストーリー展開。2016年の流行である「ダークな世界観」の流れを汲みつつ、最後は幸せを手にする…という新たな潮流が生まれていることが感じられます。


もう1つ特筆すべき点として、まだ子どもと言えるような年齢の「少年」キャラクターの登場率の高さがあります。『にいちゃん』(はらだ/プランタン出版)や『さよならアルファ』など、作品の系統は違えど3作品に少年キャラクターが登場しています。2017年にヒットしたアニメ映画の多くで少年が主人公だったことも鑑みても、世の中的にも幼いキャラクターが持つ「癒し」や「萌え」といった要素の需要が高まった年でもあると考えられます。

2017年は、シリアスな展開もあるけれど、最終的にはハッピーエンドな作品が人気だったと言えるでしょう。

※「オメガバース」とは、BLにおける特殊設定の1つ。男性・女性以外に容姿端麗でハイスペックな「α(アルファ)」、平均的な「β(ベータ)」、男女ともに妊娠が可能だが差別されがちな「Ω(オメガ)」という性がある世界が描かれる。αとΩのみに発生する「番(つがい)」という関係性が主に描かれるが、αとβ、Ωとβの恋愛などが描かれることもある。男性妊娠や性別による不当な差別を主題にした作品も多い。


鮮やかな色味と明るいストーリーが目立つ2018年

2018年のランキングでは、「タバコ」や「ドラッグ」、「ケンカ」など過激な題名やビビッドな色調の表紙が目を引くなか、柔らかく優しげな印象の表紙の作品も存在しています。

画像3

ここで注目したいのは、表紙に描かれている人物の描写の変化です。2016年、2017年はキャラクターが1人だけ描かれていることが多かったのですが、2018年は登場人物同士が仲睦まじげに見つめ合ったり、身体を寄せ合ったりしている表紙が圧倒的に増えているのです。

表紙から受ける過激な印象とは裏腹に、主人公2人の甘い関係性が描かれた作品が多いのも特徴と言えます。例えば『ドラッグレス・セックス 辰見と戌井』(エンゾウ/竹書房)は、ピンクと黒を基調とした色味と見つめ合うキャラの様子から、妖艶な印象を受けます。しかし、内容は登場人物が仲良くケンカしつつも結ばれていくラブコメ要素の強い作品。

また、開放的で明るい雰囲気の作品の増加も特徴です。『リカー&シガレット』(座裏屋蘭丸/幻冬舎コミックス)では陽気な外国の街で育った幼馴染みの恋が描かれた明るい恋愛ものですし、『めぐみとつぐみ』(S井ミツル)は先述したオメガバースの概念を覆すような、Ωなのにやんちゃなヤンキーのつぐみとαの恵のドタバタラブコメ。

『ラムスプリンガの情景』(吾妻香夜/心交社)は、敬虔なキリスト教徒の青年が村を捨て、ダンサーを目指す恋人と外の世界に飛び出す…という一見深刻になりそうな設定の物語が明るいタッチで描かれています。

2016年、2017年と続いていたトーンの暗さを引き継ぎつつ、内容は明るいものが増えていた2018年。傾向としては過激な設定や要素がある、明るいラブコメが人気を集めたということが言えそうです。


2019年は光あふれる幸せな作品が本格的に流行

2019年からは、人気作品の傾向ががらりと変わってきます。

画像4

まず、表紙のデザインが大きく変化しました。黒を基調とした表紙が多かった2016年と比べると一目瞭然。淡色やオレンジ、黄色などの淡めの暖色が多く使用されています。

内容も、平和な世界観や小気味よいテンポ感がある、ハッピーなストーリーの作品が増えています。現在まで続くハッピーな作品ブームは、2019年から本格的に始まったと考えられます。

そして新たな流れとして、「人外モノ」というジャンルの台頭があります。『ワンルームエンジェル』(はらだ/祥伝社)では天使と人間、『狼への嫁入り~異種婚姻譚~』(犬居葉菜/祥伝社)では兎と狼など、動物や伝承上の生き物をモチーフにした作品が3作品ランクインしていました。

元号が「令和」となり、文字通り時代が変わった2019年。BL界ではそんな時代の変化が「ハッピーなストーリーや新しいジャンルの作品」のへの追い風になったのかもしれません。

心の繋がりと刺激的なプレイに注目の2020年


2020年のランキングでは、ハッピーなストーリーの作品がメインストリームである傾向は前年から変わりませんが、エッジの効いた作品も目立ちます。この年は、国内外のBL映像作品への注目が集まった年。「BLアワード」の投票者数も大幅に増え、人気作品の系統も統一感があるというよりは、少しバラついている印象です。

画像5

そんな中第1位に輝いたのは、『オールドファッションカップケーキ』(佐岸左岸/大洋図書)。部下と上司の優しく穏やかな日常の描写や、丁寧な心理描写が多くのBLファンの心を掴みました。

そして、第2のオメガバースとも言える新たな特殊設定「Dom/Subユニバース」の人気が急上昇したのも2020年。
『跪いて愛を問う』(山田ノノノ/新書館)をはじめ、「支配する」「支配される」という刺激的な関係性が多くのBLファンを虜にしました。

2020年に人気を集めた作品は、「主人公2人の心の繋がりが強く描かれたストーリー」が多いように感じられます。
感染症の流行に伴い、今までとは全く違う生活を求められた2020年。物理的に人との距離が開いてしまった人が多かったこともあり、心の繋がりが重視される傾向になったのでしょうか。

※「Dom/Subユニバース」とは、BLにおける特殊設定の1つ。男性・女性以外にダイナミクスと呼ばれる性がある世界を指す。本能的に支配したいという欲求のある「Dom」、支配されたいという欲求を持つ「Sub」のコミュニケーションを主に描く。SMプレイに通じる、信頼と尊重の上に成り立つ支配関係が多くのBLファンの支持を得ている。


通じ合っていそうで通じ合っていない……切ない心理描写が人気の2021年

最後に、今年の現時点での傾向を見てみましょう。1月~9月時点での人気作品ラインナップがこちら。

画像6

ファンタジー、オメガバース、日常、ダーク、シリアス……と、作品の系統はかなりバラエティに富んでいます。2020年の映像作品の増加も追い風となり、ますますBLファンが増えている今。「腐女子の好みは多種多様」ということが体現されたような、多様な作品がラインナップされたランキングになっています。

しかし、このラインナップからは、2021年の一大ブームが「両片想い」という関係性であることが見えてきます。
両片想いとは、お互いがお互いを好きなことに気づいておらず、「自分だけが相手を好きだ」と思いあっている状態のこと。本当は両想いであることは読者だけが知っており、想いを伝えあうまでに時間がかかる(物語終盤でカップルになる)のが特徴です。

2019年、2020年は幸せな両想いが描かれていましたが、2021年には2人の心が繋がるまでの過程の心理描写に重きを置いた両片想いの作品が人気を集めるように。

自粛生活やネットを軸にした対人関係など、人と人の繋がりが希薄になりがちな今。そんな今だからこそ、心情描写に重きが置かれた「両片想い」に注目が集まっているとも言えそうです。そして、そんな紆余曲折の果てに迎えるハッピーエンドにBLファンが夢中になってしまうのも、なんだか分かる気がしませんか?

***

この5年間で、ダークから幸せな両想い作品、そしてすれ違いや両片想いの末のハッピーエンドへとトレンドが移り変わっていましたことが明らかになりました。作品の傾向だけでなく表紙のテイストにもトレンドがあり、それらは目まぐるしいスピードでBL界を駆け抜けていきます。

その時々の流行や世論、情勢などを取り込みながら常に変化しているBL界から目が離せませんね。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?