変な話『一日の価値』


 当たり前のことだが、毎年、毎月、毎日、毎時間、毎分、毎秒…年をとっている。
 ある地点まで、過ぎた時間は成長へと繋がっていた。しかし、ある地点を過ぎたところから、私の時間は、老いへと変化していた。
 これは、明らかであった。

 夏の雲が去り、秋雨があがった夕方の冷え込みに、ふと「もう冬か」と、一年の経過の早さに気が付いた。
 それから数年間は、何かに託けては、一年の早さを実感した。

 除夜の鐘を聞いては「もう一年か」

 春一番が吹いては「もう一年か」

 蝉が鳴き出しては「もう一年か」

 いわし雲を眺めては「もう一年か」

 次は、ひと月の経過に驚いた。
最初こそ「もう月末か…」と、ため息混じりに呟く程度だったのだが、次第に驚きに凄みを増した。

 それからは早かった。目を覚ましてから、ほんの少し読書をと本を開くと、次に気がつく頃にはもう既に日が沈みかけていた。

 これには本当に驚いた。大した用事も済ます事なく一日があっという間に終わってしまうのだ。
と同時に私自身の老いを、実感せずには居られなかった。なんとか時間の進みを遅らせねばと、自分自身に、ある事を課した。
 自分が嫌いな事をして過ごすのだ。

 まず始めに、友人から勧められたつまらないビジネス本を読み出した。
 読めど読めど、文字が頭に入ってこず、時間も過ぎることはなかった。

 次に、近所の偏屈ウンチクじじいの話を聞きに行った。これはかなりの効果があった。偏屈ウンチクじじいの過去の武勇伝に辟易し、時計を確認すると、たったの五分と経っていなかった。

 私の時間は、明らかに遅くなった。加えて少し先の未来に、一番の楽しみを作った。
「まだかなぁ。まだかなぁ。」と一番の楽しみを待っていると更に時間はゆっくりになった。
 そして一番の楽しみの当日の朝、近所の偏屈ウンチクじじいのところへ出向き、待ちに待った一番の楽しみを台無しにした。すると、私の時間は全くと言って良いほど進まなくなり、延々の時間を手に入れたのだった。

 つまり私は、老化をコントロールする事に成功したのだ。皆にもオススメする。

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