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オリンピックも新型コロナも歴史に学びましょうよ

1ヶ月の間に急転するオリンピック情勢です。これを書いて1ヶ月余り、色々進んでいますよね。

3月にギリシャ・アテネで開催されるIOC総会でどうするかを議論するのではないかと予想します。
そこで、1938年に嘉納治五郎が世界を説得したような演説ができるかどうかにかかっていると思いますが、誰がやるのか。山下さんかな。

森さんは嘉納治五郎にはなれなかったようですが、橋本さんという「世襲」が実現したことで、想いは残るというものでしょう。

オリンピックは過去に学べ

この記事の時にも、過去の五輪中止の時のことを取り上げましたが、1940年の幻の東京大会の後釜だったヘルシンキ大会も1944年のロンドン大会も戦争で中止になりました。

一方で、スペイン風邪が流行した1920年のアントワープ大会は、強行されるわけです。

今から100年前の1920年8月14日、ベルギーでアントワープ・オリンピック(五輪)の開会式が開催された。初めて五輪旗の掲揚と選手宣誓が実施され、テニスで熊谷一弥が銀メダルを獲得して日本人初のメダリストとなった大会でもある。一方で世界に甚大な被害を及ぼした第1次世界大戦(14~18年)とスペイン風邪(18~20年)の直後の大会で、コロナ禍で来年に延期された東京五輪とも状況が重なる。

ちょうど100年前に起きた、この世界的な流行となった感染症とオリンピックの関係に、やはり、今、学ぶべきところは多いと思います。

このアントワープ五輪でメダルを獲得した熊谷は、著書の中でこう書いています。

「設備も不完全、秩序は不整頓で(中略)コートの手入れの悪さ、これがオリンピック大会の晴れの檜舞台とはお世辞にも申しがたい(中略)試合進行の方法がまた無茶苦茶(中略)出場選手の迷惑などおかまいなしだった」

なぜ、戦争で中止になったベルリン大会を挟んで8年ぶりのオリンピックをIOCはベルギーで強行したのか。

そんな中でIOCはあえて五輪開催を決断した。特に戦火のひどかったベルギーで五輪を開催することで、世界中で平和の喜びを分かち合おうと考えたのだ。アントワープの貴族たちも招致に動いた。しかし、国民の救済を優先するベルギー政府からの援助は乏しく、スタジアムは完成したものの、大会自体は深刻な経費不足、準備不足だった。

世界が平和を分かち合うために、という、まともに見える言葉を掲げ、戦争を克服した五輪というために。しかし実態は、戦争で疲弊した経済の復興を目指すアントワープの貴族たちの誘致だったのです。

そして、この大会で、クーベルタン男爵が立案した五輪の旗が初めて掲げられ、選手宣誓も初めて行われました。当たり前だと思っていることにも始まりというのはあるものです。この二つが始まったのは、五輪に勢いをつけるためともいえます。

クーベルタンがデザインし、14年にパリの百貨店ボンマルシェで製作した白地に5色のつながる輪が描かれたオリンピック旗が披露された。そして史上初めて、ベルギーのフェンシング選手ヴィクトル・ボワンが選手宣誓。華麗な祝祭は「平和と復興」を世界に発信する象徴となった。

しかし、このオリンピックが成功したとは言い難いのは、熊谷の言葉にあるように、準備不足を強行突破したからでしょう。

今回の東京五輪はどうなのでしょうか。

スペイン風邪に学べ

こうした過去に学ぶ姿勢が見えないのが、今回の東京五輪なのですが、やはり、時代が違うとはいえ、100年前のスペイン風邪で何があったのか、何が有効で、何が失敗だったのかを踏まえて、今の対策を考えるのは大事だと思うのです。

そこで、この本を読んでいます。

「給付金」も「出社制限」も「ソーシャル・ディスタンス」もすでにあった! 今こそ歴史の知恵が必要だ!

「歴史学が世の中に何ができるか、歴史は現代の人々の役に立つのか」という思いで、磯田先生が書いたというこの本は、歴史を形作る登場人物を「患者」という視点から捉えたものと言えます。

英傑とか統治者ではなく、患者たちはどうしたのかを読み解くものです。

その患者が、天皇や英雄である場合も、文豪や政治家である場合もあります。彼らが書き残したものから探るのが歴史研究だからです。しかし、対象となるのは「患者」であれば、そこに無名の民の行動も描かれるでしょう。

私たちの先祖が感染症と戦うにあたって何をしたのか、それは時代背景の違いはあれ、それほど変わらないことなのではないでしょうか。だからこそ、そこに学べることが多いのではないかと思います。

この本のベースには、磯田先生の師である2019年に亡くなった速水融さんの「歴史人口学」の研究があります。

その速水さんがスペイン風邪に関する調査を綿密に行なっています。

著書の中のこの部分は、今回の新型コロナウイルスの流行の仕方と重なる部分があります。

《日本を襲った三つの波》
 ところで「スペイン・インフルエンザ」は日本に三回やってきた。
 第一波は大正7(1918)年5月から7月で、高熱で寝込む者は何人かいたが、死者を出すには至らなかった。これを「春の先触れ」と呼んでいる。
 第二波は、大正7(1918)年10月から翌年5月ころまでで、26.6万人の死亡者を出した。これを「前流行」と呼んでいる。大正7年11月は最も猛威を振るい、学校の休校、交通・通信に障害が出た。死者は、翌年1月に集中し、火葬場が大混雑になるほどであった。
 第三波は、大正8(1919)年12月から翌年5月ころまでで、死者は18.7万人である。
 「前流行」では、死亡率は相対的に低かったが、多数の罹患者が出たので、死亡数は多かった。「後流行」では罹患者は少なかったが、その5パーセントが死亡した。
 このように、インフルエンザは決して一年で終わらず、流行を繰り返し、その内容を変えている。来るべき「新型インフルエンザ」もそうだ、とはもちろん言えないが、このことはよく知っておくべきであろう。

そして、速水さんは、この本を通して、こう主張します。

《人間同士が争っている暇はない》
 十九世紀後半、人間は細菌を「発見」し、それが原因となる流行病をほぼ撲滅した。しかし、ウイルスが原因となる流行病はまだまだ解明されていない。人間同士の愚かな戦争はもう止めて、ウイルスのような「天敵」との戦いにもっと備えなければならない。

ウイルスと戦うべき政治家が、綱引きしている図は見てられないですよね。

後藤新平の言葉に学べ

「感染症の日本史」を読みはじめたばかりなのですが、早速、この言葉に感じ入るものがありました。

衛生政策で有名な後藤新平は、「寝覚め良きことこそなさめ、世の人の、良しと悪しとは言ふに任せて」と詠みました。(略)緊急時のリーダーは、世評は放置し、仁慈・良心にしたがって断行する必要があります。

後藤新平といえば、関東大震災から東京を復興させた計画で知られますが、実は、もともと医者でもあり、海水浴を世に勧めたことや、日清戦争での検疫業務など医療現場での手腕で出世した人でもあります。

その後藤の目から見て、今のコロナ対策を講じる政治家は、「寝覚めよきこと」をなしているでしょうか。

歴史に学ぶことは、優れた言葉や優れた視点に学ぶことでもあります。

感染症とどう戦うかは、まだまだ歴史に学ぶことが多くあるのではないでしょうか。どうも、戦後生まれの政治家は、社会の変化のスピードが上がったことを高く評価しすぎていて、歴史に学ぶ必要がないように思っているのではないかという気がしています。

「昔とは違う」と思いがちだということです。そのくせ、最先端の状況に沿った価値判断にアップデートされていないという中途半端さが、感じられます。

戦前生まれのおじいさんの昭和な価値観はまだしも、その下の世代でも男女共同参画担当大臣が、夫婦別姓に反対だったりするわけですよね。

 丸川氏は衆院内閣委で夫婦別姓への考え方を問われ、森喜朗氏による女性蔑視発言とその影響を念頭に、現在は五輪開催に向けて日本が男女共同参画に取り組む姿勢を見せることが重要だと指摘。「個人や政治家としての思いは脇に置き、国際社会にどう受け止められるかに力を尽くしたい」とも述べた。

これもまた、「寝覚め良きこと」をしているとは言い難いのではないでしょうか。政治家としての思いを脇に置くならば、それは政治家としての態度だと言えるのでしょうか? よくわからんことを言う人が五輪担当大臣になったものです。

「寝覚め良きこと」を成す方々に、「寝覚の良い」五輪開催となるのかどうか、よく考えて、歴史に学んで、すすめていただきたいものです。

【目次より】
第一章人類史上最大の脅威 牧畜の開始とコロナウイルス/ペリー艦隊が運んできた感染症/スペイン風邪は波状的に襲ってきた ほか

第二章 日本史のなかの感染症――世界一の「衛生観念」のルーツ
「最初の天皇」と疫病/奈良の大仏は天然痘対策?/疫神を歓待する日本人/江戸の医学者の隔離予防論 ほか


第三章江戸のパンデミックを読み解く
すでにあった給付金/薬をただで配った大坂の商人たち/上杉鷹山の患者支援策 ほか

第四章はしかが歴史を動かした
「横綱級」のウイルスに備えるには/都市化とパンデミック/麻疹が海を渡る ほか

第五章感染の波は何度も襲来する ――スペイン風邪百年目の教訓
高まった致死率/百年前と変わらない自粛文化/「「感染者叩き」は百害あって一利なし ほか

第六章患者史のすすめ――京都女学生の「感染日記」
日記が伝える「生きた歴史」/ついに学校が休校に ほか

第七章皇室も宰相も襲われた
原敬、インフルエンザに倒れる/昭和天皇はどこで感染したか?/重篤だった秩父宮 ほか

第八章文学者たちのスペイン風邪
志賀直哉のインフルエンザ小説/〝宮沢賢治の〝完璧な予防策〟/荷風は二度かかった? ほか

第九章歴史人口学は「命」の学問 ――わが師・速水融のことども
数字の向こう側に/晩年に取り組んだ感染症研究 ほか



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