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大洗を目指して歩く話(後篇)


海辺に着くと、一面の砂浜が広がっていた。夏場はこの一帯が海水浴をする人達でいっぱいになるのだろう。しかし、今日この時間に訪れたのは我々だけだったようだ。

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真夜中の海は想像以上に暗く、それに寒かった。あまりここに長居すべきではないかもしれない。私はスマホを取り出し、Googleマップの画面を開いた。

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大洗まで約40km。途中休憩の時間を含めても、今日中の到着が十分狙える距離だ。砂浜をずっと海岸沿いに歩くルートが大洗への最短経路らしい。
しかし、私達は一旦内陸の方に戻ることにした。砂浜は足をとられる分、余計な体力を削られると判断したからである。


海辺から離れる途中、小降りではあるが雨が降ってきた。傘を差すか悩んだが、数分で止んでしまった。通り雨だったのだろう。


やがてアスファルトの道路に出た。車通りは全くなく、街にはどこか寂しい雰囲気が漂っていた。
案内標識の中に書かれた「大洗」の2文字が唯一の心の支えだった。

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ここから日の出までの数時間、ひたすら大洗へと歩き続けるわけだが、その前に軽く登場人物の紹介をしようと思う。

1人目:K
この企画を思いついた張本人。重度のガルパンオタク。
2人目:私
Kからこの企画に誘われた人。軽度のガルパンオタク。
3人目:もう1人の男
何も知らされてない人。非オタ。


最初、3人は息を合わせて進んでいたが、しばらくするともう1人の男の歩調が少しばかり遅くなった。
どうしたのかと訊くと、途中で足首をひねったのだと言う。仕方がないので男にペースを合わせるべきかと思ったが、Kは全く意に介さない様子で歩き続けていた。


私はひとまずもう1人の男の荷物を代わりに持ち、男とKの両方が視界に入るような場所を探した。私は2人を見失わないように時々振り返りながら歩いた。
足を痛めた男をほったらかしにするのは気が引けたが、3人が離れ離れになるという最悪のケースだけは避けなくてはならなかった。

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2時間ほど歩いた末、私達は1軒のセブンイレブンに到着した。
都会で暮らしていると当たり前の存在だが、当時の私達にとってこのセブンイレブンはオアシスそのものだった。この辺りで深夜帯に開いているコンビニはここしかなかったのである。


あまり知られていないが、田舎のコンビニは24時間営業しているわけではない。深夜の来客が見込めないため、早めに店仕舞いしてしまう店も多い。私達はここで少しの間休憩することにした。


店内は暖房が効いていて、夜風で冷えきった手足を温めてくれた。他に客もいないようだったので、しばらく店内を見て回った。冷蔵棚に入った飲み物を眺めていると無性に喉が渇いたので、レッドブルを1本購入した。

窓から外を見るとまだ薄暗い。太陽は昇っていないらしい。私達は浜辺に出て、日の出を見ることにした。


浜辺へと向かう途中、また小雨が降ってきた。傘を差すか悩んだが、すぐに止んでしまった。今日は通り雨が多いのだろうか。すると、Kが久々に口を開いた。

「これは雨じゃないぞ、波だ」

海岸に打ち付ける波が打ち上げられ、その水滴がここまで届いているのだ、と彼は続けた。
そんな現象はこれまで聞いたこともなかったが、私は彼の話を信じることにした。雨ではなく波。その方が面白いじゃないか。



かくして、私達は再び海岸に到着した。時刻は朝6時を回っていた。
水平線の向こうにうっすらと光が覗いているが、雲がかかっていてよく見えない。私達は日の出が現れる瞬間をじっと待ち続けた。

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結論を言うと、日の出は見れなかった。雲の量が多すぎたのだ。
私はKの方に目を向けた。3人の中で日の出を最も待ち望んでいたのは彼だった。Kはしばらく黙っていたが、前方に「ある物」を見つけるとそれに向かって歩き出した。

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一体の女神像があった。どうしてこんなところに置かれているのか想像もつかなかったが、女神像の写真を撮るKは満足げな表情を浮かべていた。


日の出を見れなかった私達にできるのは、歩いて大洗まで辿り着くことだけである。私とKは再び歩き始めた。もう1人の男は東京の自宅へと帰っていった。限界だったらしい。


Googleマップを見ると、大洗までの残り距離は約35kmになっていた。思ったより進みが遅い気がしたが、海辺と内陸の間を往復したためだろうと判断した。

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気付けば7時を迎えていた。大半の日本人は朝食をとりながらTVのニュースでも見ている頃だろう。しかし、私とKは大洗に向かって黙々と足を進めていた。2人とも残された集中力の全てを歩行に割いていたので、交わされる会話は最低限のものだった。


やがて車通りの激しい通りに出た。どうやら国道らしい。歩道に置かれた看板には大洗までの道のりが記されていた。

大洗まであと28km
水戸まであと40km

この数字がどれほどのものなのか、このときの私には判断できなかった。しかし、進まないという選択肢はない。
道中で何度か電車の停車駅を見かけたが、全て無視した。良識のある人間であればここで歩行を切り上げて大洗行きの電車に乗るルートを選ぶのかもしれない。


しかし、このときの私は、電車に乗るという選択肢がひどく見苦しいものに思えてならなかった。私達は歩いて大洗に至るという目標のために多大な時間と労力を費やしてきたのである。
そこから目を背けて電車に乗ってしまっては、過去の自分の努力を裏切ることになるのではないか…。


国道沿いに歩き始めて1時間と少しが経過していた。前方に先程と同じような看板が立っているのが見えた。

大洗まであと27km
水戸まであと39km

どうやら1時間以上歩き続けて、1kmしか進んでいないらしい。とても信じられなかったが、看板がそういうなら確かなのだろう。


 (このペースで歩き続けたとしたら、大洗に着くのは27時間後か...)

それでも、私にこの歩行を止める意志はなかった。もし私が先に音を上げてしまったら、Kも諦めざるを得ない。それでこの企画が潰れてしまったら、恐らく私は自分自身を許すことができないだろう。


私達は体力と気力の限りを尽くして歩き続けた。身体が驚くほど重かった。そのとき、私はGoogleマップの画面を見て「ある事実」に気づいた。

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このまま進むと、鉄道(グレーの線)から外れてしまう。もしこの先で歩行を諦めたとしても、電車を使うことは出来ない。本当に歩くしかなくなる。そのことをKに伝えると、彼はため息混じりに言った。

「ここまでだな」


それから2人は一番近くの停車駅へと向かった。改札のない無人駅で、ホームには誰もいなかった。

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電車が来るまでに30分ほどかかった。
やってきた車両にはガルパンのキャラクターが大量にデコられていた。


Kはとても嬉しそうに車両の写真を撮っていたが、私にそんな余裕はなかった。


車内に乗り込み、倒れ込むように座席に座った。
車内は暖かくて私の意識は徐々に薄れていった。


電車が走り出した。

 

2日目 AM9:00

「おい!着いたぞ!」

Kの声で目が醒めた。私は気を失っていたのだろうか。とにかく眠い。Kに引っ張られながら車両を出た。


駅のホームから階段、改札に至るまで駅舎のそこら中にガルパンのキャラクターが飾られている。どうやらここが大洗駅らしい。

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駅から出て最初にしたのは宿探しだった。とにかく身体を休める場所が必要だった。私達はGoogleを開き、

「大洗 ホテル 格安」

で検索して1番上に出てきたホテルに向かった。途中、レンタサイクルの店があったので自転車を2台借りた。1日500円だった。安い。



10分ほどで目的地のホテルに到着した。そこは「大洗の寝床」という名のカプセルホテルだった。

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外観はごく普通の建物だったが、中に入るとこれでもかとばかりにガルパングッズが置かれていた。冷蔵庫やケトル、シャワー室まであるらしい。
奥に進むと2段ベッドが並んでいて、布団の柔らかさも申し分なかった。


早速ここで眠ってもよかったが、体調を万全に仕上げるために私達は近くの温泉へと向かった。
なかなか広々とした温泉で、露天風呂からは大洗の海が見渡せた。風呂から上がった後は、食堂で昼ご飯を食べた。大洗名物「あんこう鍋」である。


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あんこうの身はイメージに反して淡白な風味がして美味かった。Kも上機嫌である。私はこの旅行が正常性を取り戻しつつあることに安堵した。


食事を終えた私達は先程のカプセルホテルに戻った。
ベッドに横たわるとこれまでの疲労感が一気に蘇ってきた。眠りにつくまでに数秒とかからなかった。

 


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