第七十八話:創世神話と試練への恐怖と決意
「ダンテ様?」
「ん? ちょっと神話について思い返していただけだよ」
「ああ、アルモニア創世神話ですね。ダンテ様は昔よく読み返していた」
「そう、それだよ」
私はフィレンツォにそう答えて目を閉じる。
最初に、主神アンノが地と水で世界(アルモニア)を創り出し「命の種」を蒔いた。
春の女神が、目覚めの息吹を吹いても「種」は芽吹かなかった。
夏の女神と共に雨を降らせても芽吹かなかった。
冬の女神が二人に変わり「命の種」を一度眠らせた。
そして春の女神が再び、芽吹きの息を吹きかけると一斉に芽吹いた。
そして命は盛りを迎えた。
盛るが実らぬ命に、秋の女神が実りの息を吹きかけると、盛る命は実らせ、次の命を作るようになった。
そして、生き物の一部に、冬の女神が眠りの息を吹きかけると、眠る事を思い出した。
冬が始まり、春に芽吹き、夏に盛り、秋に実り、冬に眠る。
これがこの世界の成り立ちなり。
その後、女神たちは主神の使命を受け、各国家を統べる存在となり、子を生すと天へと帰っていった――
まぁつまり、女神達の子孫が今の王族である。
共同都市メーゼが共同なのは、主神アンノが最初に降り立った場所だから。
だから、ここの人達の髪の毛は緑色の人が多い。
他の国は割と多種多様だけど、此処の国は緑傾向の髪の毛が多い。
だけど、緑じゃないからと言って差別はされない。
また、この都市の人は基本的魔力が高い。
だから、若いと思っていると実年齢でビビることもしばしばだ。
逆に見た目が老齢に見えるということはもうかなりの年数生きているということになる。
だからと言って極端な特別扱いはされないが、彼らなりに使命をサロモネ王から承ったらしいという話があるのだが――
――絶対……生への憎しみ事変と関係あるよなぁ――
頭にはそのことがこびりついていた。
サロモネ王が描いたという魔術陣――正確には常時起動型の魔力測定器の一つらしい。
サロモネ王が望むだけの魔力とそれを扱う技術がある者がそれを見ると――私みたいになるらしいが、今まで一人もおらず、私がはじめてだという。
サロモネ王から事前に先々代の学長にどのようなことが起きるか伝えられていたから、分かったらしい。
ただ、詳細を今は明かすことができないので、こちらで動ける範囲で動くしかない。
――それにしても「生への憎しみ」でオディオか――
――一体どんなことがあったんだ?――
――サロモネ王は私に、未来の誰かに何を願ったんだ?――
色々考える事は山ほどあれど、にっちもさっちもいかない状況にあるので、今は待つしかない。
だが、ただ待つのもアレなので、一人神話やら当時の書物を漁ったりしている、無理をしてない程度に。
「ダンテ様には色々と思う所があるのでしょう、でも無理はしないでください」
「分かってる」
フィレンツォの言葉にそう答えると、新しく入れられた紅葉茶に砂糖を入れて口にする。
「そういえば、来週は初めて学院外に出る講義があるはずだった気がするんだが……」
「はい、エステータ王国最大級の火山地帯、ロッソ火山へ」
「うへぇ、あそこ滅茶苦茶鉱石あるけど精霊とかドラゴンとか妖精とかかなり狂暴だし、その上暑い所じゃないか、寒いところ出身の身としては行きたくないよ」
そうボヤくと視界が変化した。
『行きたくないと言ったが、言ってもらうし最奥地へ行ってもらうぞ?』
――はぁ?!――
目の前にはフィレンツォではなく神様がいた。
私は神様の発言が理解できなかった。
『で、名前の由来になっている主である暴炎竜ロッソに会ってもらうからな』
――はあああああああ?!?!――
――ヤダヤダ死んじゃう!!――
――神様私を殺す気か?!?!――
神様の言葉に断固拒否を示す。
『死ぬなら言いださんわこんな事』
――は?!――
神様の言葉にすっとんきょうな声をあげてしまう。
――死なないと思ってるんですかー?!――
『死なないからだ、それに向こうに着いたらお前が「呼び出される」』
――え、えー……!!――
『従者達とあの四名を連れて行け、置いておくと色々厄介だろう?』
――わ、わかりましたよぉ……――
『素直で良い』
神様は満足げに言うが私はそうせざる得ない。
呼び出しをされた場合、無視はできないからだ。
『そうそう、戦闘があるから万全の体勢で行けよ』
――まさかドラゴンと戦うの?!――
『もっと厄介な奴とだな』
――何それヤダー!!――
不吉な発言と言うか、非常に嫌な発言を聞かされて私は駄々をこねる。
嫌だろう、火山地帯を治めているドラゴンより厄介な奴と戦うとか。
――私が一般人だったら死んでるわ!!――
『だから、お前は違うのだろう?』
――それは、そうだけど……――
『これはお前達が幸せになるための苦労だ、苦労せず幸せになるのも良いだろうが、お前はそうではないだろう?』
――うぐ――
神様に痛いところを突かれる。
何もせず、幸せなんて、罰当たりな気がして想像したくないのだ。
幸せになるなら、それ相応の事をして幸せになった方がすっきりとする。
私はそういう存在なのだ。
『と、いうわけだ。五人を全員幸せにした上で、お前も幸せを満喫するのだから頑張れ』
――了解しましたぁ……――
私は諦めたように返事をするしかなかった。
夜、憂鬱になりながら寝間着に着替える。
息を吐きだす。
――来週が憂鬱だぁ……――
全員参加の講義だ、病気等のどうしても無理な事情以外参加しないと色々と響くので参加しなければならないのは分かっていた。
――神様に言われたし、頑張ろう……――
気弱な自分に心の中で言い聞かせていると、ノックする音が聞こえた。
とても小さな音。
私はすぐに切り替えて、微笑んで言う。
「エリア、どうぞ入ってきてください」
そう言うと、ゆっくりと扉が開きエリアが入ってきた。
「ダンテ……様」
静かに扉を閉めて、寝間着の襟を掴んで、戸惑った表情をしている。
その場から動けないようなので、私は彼の傍により手を握る。
「大丈夫です、クレメンテから話は聞いていますから」
「……はい」
私の顔を見て、エリアは少しだけ安心したようだった。
一緒にベッドに横になり、エリアの華奢な体を抱きしめ、頬を撫でる。
「カリオさんの事はなんとかなりましたが、すみません。身の安全を確保するまで四年はかかるかもしれないそうです」
「卒業までですね……大丈夫、です。カリオおじ様から、卒業したらなんとかなるからと言われていました、また会えると……だから」
エリアは少し暗い声で自分を励まそうとしているようだった。
「……エリア、我慢しなくていいのですよ。早く会いたい、無事だと確認したいと言っていいのですよ?」
エリアは私の言葉に首を振った。
「……いえ、ヴァレンテ陛下やダンテ、様が必死に僕とカリオおじ様を助けようとしてくれたのが分かっています、ですから、いいのです……でも」
「でも?」
「……少しだけ、泣いていいですか?」
ためらいがちに言うエリアに、私は静かに告げた。
「良いですよ、私の胸も良ければお貸ししましょう」
「……すみません……うぅ……」
私の胸元に顔をうずめ嗚咽を零すエリアの薄紫色がかった銀色の髪を撫でながら、彼泣くのを終え、眠りにつくまでそうしていた。
私の頭から、来週の事への恐怖はもう消えていた。
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