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第五十一話:動き始める~どんな手段でも取るつもりだ~

 いつものように「戻ってきた」私はカップに口を付けながら、静かにお茶を飲む。

――しかし何から手を付けたものか――

 と思って考えてはみるものの、私ができることは実際にそれが起きてから、もしくは向こうから反応があった場合の方が良い気がする。
 下手に動きすぎると後々面倒になりそうだし。
「……流石にこの数日で何か進展とかは、ないでしょうね……」
「いえ、そうでもありませんよ、ダンテ殿下」
 フィレンツォはそう言って茶菓子を補充しながら、私が空になったカップを渡すとそれに新しいお茶を注いでくれた。
「何か進展がありましたか?」
「はい、エルヴィーノ殿下からの許しもあり、今後はこの屋敷でエルヴィーノ殿下と魔具を使用した連絡が取る事が可能になりました」
「そうですか……他には何かありますか?」
「ヴァレンテ陛下に何とか要望を通すことができました」
「!!」
 フィレンツォの言葉に、エリアが反応するが、言おうとしない。
 うまく言葉にできないのだろう。
「カリオさんの件ですか?」
「はい『虚偽に手を貸していた事は許しがたい、だが我が子のような存在を守るためにそうせざる得ない事情も理解はできる。故に、そちらの望みをなるべく叶えよう、私は被害者の味方でありたい』と――」
 まぁ、フィレンツォはこう言っているが、多分本当はもっと気軽な感じで言ってたのではないかと思う。
 一応、面識があるのだがこうなんかヴァレンテ陛下は――

――見た目すげぇ綺麗なお兄さんなのに中身が近所の気前のいい兄ちゃん――

 というギャップに思考が停止した事がある。
 残念なイケメンという言葉があるが、何か微妙に当てはまりそうで当てはまらない、そんな王様だった記憶がある。
 国民相手に、そんな風にやったら威厳もなさすぎるのでやらないだけで、王族同士だからこそやったのだろうと今思う。
 ただ、ギャップが強すぎて記憶が薄い、強烈すぎると普通記憶が明確に残るはずだが……何故か残らなかった、理由は不明だ。

「――エリアの意見を尊重してもらえる、そう言う認識で間違いないでしょうか?」
「間違いありません、ダンテ殿下」
 その言葉に、エリアは安堵の息を吐いていた。
 緊張のせいで悪くなっていた顔色も、元の色に戻っていた。
「――なので、刑の執行に関してエリア様とお話したいと」
「?!」
 エリアはフィレンツォの言葉に手に持っていたカップを落とした。
 が私が隣に座っていたので、カップを即座に受け止めた。

 カップを落として壊したら多分エリアはより酷い状態になってただろうし。

 受け止めたカップをテーブルに置いて、私はエリアの背中をさする。
 荒い呼吸――過呼吸状態のエリアを落ち着かせるように、声をかける。
「エリア、ゆっくりと息をして下さい。大丈夫ですから」
 震えている手を握り、声をかけ、ゆっくりとした呼吸をするように促す。

 少しして、漸くエリアは落ち着いてくれた。
「だ、ダンテ殿下、申し訳、ございま、せん……」
「お気になさらないでください」
 私は彼を安心させるように微笑む。
「ダンテ殿下も同席して欲しいとご要望が」
「私もですか?」
 予想はしていたが、念のためフィレンツォに確認を取る様に私はたずねた。
「はい、現在エリア様を『保護』しているのはダンテ殿下です。それに代理で被害届の方の提出なども行っている事からダンテ殿下が居た方が宜しいと私も思います」
「――分かりました」
 エリアの件はそれでどうにかしたいと思うが、早々簡単に片付くのかちょっと不安だ。

『まぁ、色々あるだろうから、そこは頑張れ』
――了解しました――

 やはり色々あるのだろうと、私は心を引き締める。
「エリア、良い方向に進めるように私は尽くしましょう」
「あ、ありがとう、ございます……ダンテ殿下……」
 エリアが落ち着いたのを見計らい、次の話題へとフィレンツォを出してきた。
「エルヴィーノ殿下の方は、現国王であるジューダ陛下が最近かなり焦りだしていると――」
「焦りだしている? どういう事ですか」
「部屋にこもり誰も入れない状態にあるそうですが、同じ証持ちであるエルヴィーノ殿下は『証が日に日に薄まっている』と」
「……成程、そうなると……ちょっとまずいですね」
 証が薄くなっている、つまり王である資格が近いうちに失われることを意味する。
 これは女神アウトゥンノから「お前はもはや王である資格はない」と宣言されるものであり、同時に強制退位をさせられるということになる。

 自分で退位した場合は基本証は死ぬまで残る。

 だが「王たる資格の喪失」による強制退位の場合、二度と王として戻ってくることはない。

 時には罪人として扱われる。

 証は基本そう簡単に無くなるものではない、よほどの馬鹿をやらない限り無くならないのだ。

 ただ、馬鹿をやる奴にも証がつく可能性があるのは否定できない。

 前のアウトゥンノ国王は、なかなか子どもを作らなかったそうだ。
 賢き王だったけれども、親になる事に酷く怯えていたらしい。
 伴侶である夫が無理強いをせず、妻である王に任せた。

 その為、生まれたのは現国王であるジューダただ一人。

 言いたくないが、こいつ私とある種の同類である。

 つまり猫かぶりを両親が死ぬまでやっていたのだ。
 良い子のふりをして、善人のふりをして、安心させておいて、そして結果がこれである。

 質が悪い。

 私は善人かと聞かれたら、苦笑する。
 悪人かと聞かれても、苦笑する。

 別に善人をやってるわけではない、悪い事をするのと良心が痛む程度の一般的な心があるだけ。

 自分は聖人ではないのは分かっている。
 極悪人でもない、人が苦しむのを見て楽しむ趣味はない。
 サイコパスは――これは確実に違う、ヤバすぎるこれは。

 ただ――普通なのに、普通ではない、それは何となくわかっている。
 そもそも普通が何か分からないのは今も変わらない。

 だが、屑男ジューダと一緒にだけはされたくはない。

 私のは猫かぶりというよりも、対外的な仕草を身に着ける習慣がしみついているのが治らないだけだ。
 社会という「外」で少しでも不利にならないようにするための術。
 自分に「有利」に「有益」になるためではなく「不利」になるのを少しでも減らすための術。

 不当に評価を下げられたり、いじめという「犯罪行為」の被害者にならないための工夫でもあった。

 まぁ、いじめという犯罪行為に関しては向こうが勝手にイチャモンつけてきていじめてくるので対処する術を学んだし、いじめを隠したがる教師が多すぎる向こうを信用したくなかったので上に掛け合ってついでに裁判とかまでやると言い出した。

 たかが「いじめ」とか「これはただのあそび」とかそういうのはもういい。
 犯罪者になってしまえと、犯罪者を出して評判を下げられろ、と。

 この感情が悪いというなら私は悪で構わない。

 私は、大切な存在を守る為になら「悪」でも良い。
 そう言うのが「悪」ならば。

 そう、だからクレメンテの実父がクレメンテを害なすのが分かっている以上。
 私はどんな手段でも使おう。
 卑怯者と罵られても構わない。
 彼を守るためならば、私はどんなことでもする。

「――フィレンツォ、ブリジッタさんと一緒にアウトゥンノ王族の屋敷に行ってクレメンテ殿下とブリジッタさんの荷物を持ってきてくれませんか」
「畏まりました」
「その間に私は部屋を――」
「そちらの方は既に準備済みです、ダンテ殿下はお二人の事を」
 相変わらず仕事が早いなコイツと感心しながら、私は頷く。
「分かりました、ではお願いします」
 フィレンツォとブリジッタさんが出ていくのを見送ってから、リビングに戻ってソファーに腰をかける。
「……あの、ダンテ殿下。まずい、とは……?」
 クレメンテが不安げに私に問いかけてきた。
「以前ブリジッタさんがお話したように、現在貴方の父であるジューダ陛下は証が薄れている理由が貴方にあると思い込んでいる、つまり貴方の命を狙っている状態です。日に日に薄れているならば――おそらく近日中に動くはず」

「クレメンテ殿下、貴方を殺そうと――」

 私の言葉に、クレメンテの顔が青ざめた。





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