第六十六話:ワルイ子の私
学院生活、学生生活が本格的始まる五日間を私は何とか乗り切れた。
まぁ、クレメンテがエリアを何かいじくってるのを止めたり、講義中にあれこれあったり、フィレンツォが何とも言えない視線を送ってくるとか、馬鹿男にまた対抗心もたれてひと騒動あったが、とりあえず講義がある五日間を乗り越えた。
休日は二日あり、休む事ができる。
だが、約束があるので、今日はそちらの方に対応しなければならない。
ただ、相手は王族ではないので、寮住まい。
私としては招きたかったのだけれども、フィレンツォがかなり警戒しているらしく屋敷に入れるのは止めていただきたいと進言してきた。
あの時来なかったら招くつもりだったらしいのだが、約束を反するような輩は信用できないと言ってきた。
ここでフィレンツォにそんな事はないと言い切る材料はなかった。
なので寮に向かうことになった。
クレメンテとエリア、ブリジッタさんも同伴することとなり、やり取りには参加せず、別室で護衛の方と待ってもらうことになった。
まだ二人のゴタゴタが完全に片付いてないので、安全策を取ってそうなった。
前世のゲームの背景画で何度か見たが、やはり実際に見るとちゃんとした作りの学生寮だった。
近づいてみると、魔力が込められているのがはっきりと分かるし、すごい建物だと素直に感心した。
――それもそうか、各国の貴族とか富豪とかそういう所の息子さんを預かってるんだものなぁ――
「ようこそお越しくださいました、ダンテ殿下」
扉の前に、管理者の方がいた。
出迎えてくれたようだ。
「どうぞこちらへ」
管理者の方に案内されながら寮の中を歩く。
学生寮の中は、広く、そして綺麗な造りをしていた。
通路は広く、また歓談の場が設けられている。
学生たちが和気あいあいと話し合っているのが見えた。
護衛の方が立っている部屋の前でクレメンテとエリア、ブリジッタさんと一旦別れて、応接室へと案内される。
扉が開き中に入ると、アルバートとカルミネがソファーに座っていた。
二人は私達を見ると立ち上がり、頭を下げた。
「そんなに畏まら――」
「先日の件、私はまだ許してはおりませんからね」
私が最後まで言い切る前に、フィレンツォが言葉を封じる様にかぶせて言ってきた。
フィレンツォがかなりピリピリしている。
例えるなら、自分の最愛の子どもにちょっかいをだして泣かせた子とその親が謝罪に来たのをみているような雰囲気。
フィレンツォの言葉を「蔑ろ」にしたのが原因なのが分かる。
こうなっているフィレンツォをなだめるのは幾ら主である私でもちょっと難しいが頑張る。
「……フィレンツォ、お願いですから少しは落ち着いてください。これでは話もままならないではないですか」
「ですが」
「私が倒れたのはお二人が原因ではないのです。ただ間が悪かっただけですから」
講義でぶっ倒れたのはアレはアルバートとカルミネではなく、ご先祖様――術王サロモネの仕掛けに私が反応した事にある。
なのであの原因はご先祖様だ。
二回目のぶっ倒れは予想外の事態と疲労が残ってて、それに合わせて思考回路的なそれがオーバーヒート状態みたいな事になって倒れた。
フィレンツォが言ってくれてれば、また二人がフィレンツォの言葉通りにしてくれていれば、というのもある。
――フィレンツォは私が明らかに大変な状態だと落ち着くまで教えてくれないからなぁ……――
あの時、フィレンツォは私が講義を終えて屋敷に戻ってひと段落したら話すつもりだったのだろう。
アルバートとカルミネの二人の事を。
だが、二人はその予定を壊し、疲れている状態の私の前に現れた事でフィレンツォのまぁ、お怒りのスイッチをオンにして、フィレンツォは二人に警戒状態になってしまっている……のだと思う。
フィレンツォは過保護が本来の彼の行動だ。
子ども達に関しては奥さんがいるのと仕事とかで上手くそれが抑えられているが――
私の場合、私の無理を治すために一時期少しだけ放任的になった。
エドガルドと母さんの介入で治り、再び過保護状態になっている。
ただそれは「毒」的なものではない。
自分の保護対象に近づく者すべてを敵とみなすような目は持っていない。
だから、エリアとクレメンテに対しては普通だ。
王族だから「客人」だからという理由ではない、フィレンツォは二人が私にとって「大切な存在」と理解してくれているのだ。
それがどういう意味でかは分からないけれども。
それに二人は、ちゃんとフィレンツォや私に真摯に答えようとしていた。
それはフィレンツォにたずねるなり、フィレンツォと言葉を交わすなりの行動をしてフィレンツォが「信用」したのもある――
けれども、アルバートとカルミネはそれがない。
それどころか、フィレンツォの言葉を、頼みを聞かなかったのもある。
今の二人のスタート地点はマイナス。
前世でゲームをしていた時にはない展開なので、頭が痛い。
このままではらちが明かないので私はさっさといソファーに腰を掛けた。
「お二人もどうぞ座ってください。フィレンツォ、そんなに怒っていないでこちらに……いい加減にしないと御夫人に連絡しますよ?」
「ちょっと!? ダンテ殿下それはあまりにも卑怯です!!」
私の脅しにフィレンツォは慌てふためいた声を上げて隣に来た。
「だったら少しは頭を冷やして落ち着いて行動してください、フィレンツォ。貴方は私の執事なのでしょう?」
私の言葉に、フィレンツォは「ずるい」と言わんばかりの表情を浮かべた。
私のフィレンツォに対するとっておきの言葉。
だからだ。
私はフィレンツォに対して「自分の執事だ」と言う回数は少ない。
周知の事実だから?
違う。
普段は自分の友人のような存在として話しているからだ。
だが、この言葉の時は「私は貴方を信頼している、貴方の行動の全てを信用している、だからお願いです。貴方は私の執事という存在以上に、家族のような思っていますから、落ち着いてほしいのです、できませんか?」という意味合いを込めて言っている。
あえて「私の執事」というのはただのフェイクだ。
フィレンツォはそれを理解しているから、ずるいという顔をしたのだ。
それは「何時も無理をしている貴方が、こういう時に限ってそういうのは、ずるいです。我が子のように大切な貴方にそう言われては私は従うしかないではないですか」という事でずるいのだ。
――はい、ずるいです――
――私は、ワルイ子ですから――
私は良い子ではありません。
ワルイ子です。
でも悪戯なんか致しません、意地悪なんか致しません。
悪い子じゃない?
いいえ、私はワルイ子です。
だって――
大切な存在を守るためなら、どんな非道だってする覚悟はできてますから。
だから私はワルイ子です。
少し大人しくなったフィレンツォに微笑みかけると、彼はふぅと息を吐いて何時も彼に戻った、いつもの私の執事、フィレンツォに。
「では、お話いただけないでしょうか」
私はニコリと二人に笑いかける。
朗らかで慈悲深い「次期国王」の笑みで――
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