第百話:最初の間違いに気づく
突っかかってきたベネデットをあしらい、出待ちしていたフルヴィオを追い払いようやく屋敷に私達は戻ってきた。
「……はぁ、疲れました……」
「ダンテ様お休みください、無理をなさらず」
「いや、ちょっとそう言う訳にもいかないんだ」
――誰にまで話せばいいんだ?――
妖精王と精霊王からの言葉を思い出しながら、誰にまで話せばいいか悩み始める。
『此処にいる全員に話せ』
――マジすか――
『本当だ』
神様の助言に私は従い口を開く。
「すみません、全員応接室に移動してください、重要な話があります」
応接室に移動し、鍵をかけると、私は息を吐きだし、ソファーに座ってみなを見る。
「まず始めに、精霊王オリジーネ様と妖精王オーベロン様、両方からかなり重大な話を聞きました」
「何をだ? ダンテ?」
「――生への憎しみの封印が解けかかっていると」
部屋がざわめき始める。
「ダンテ様、それはまことですか?」
「御二方はそう述べた、その上で――」
私はカバンから「主神アンノの涙」と呼ばれるらしい結晶石を見せる。
「それは主神アンノの涙?! どうしてダンテが?!」
アルバートが反応した。
「御二方から頂いたのです、必要になると。おそらく四大守護者の方々から頂いたものも同じ類のものでしょう」
「――それで、妖精王と精霊王はなんと?」
エドガルドの問いに私は答えた。
「『サロモネ王の後継者はお前だ、お前がこれを解決しろ』と」
「いくら何でも無茶苦茶ではないか!」
「ですが――私がやらねばならない。私は為すべきことを為さねばならない。どれだけ困難な事であったとしても」
「「「「「「……」」」」」」
部屋の中を沈黙が包む。
「しかし、何故それを私達に?」
クレメンテが沈黙を破る様に問いかけてきた。
「御二方が言ったのです。私の伴侶たちの力も必要となると」
「ぼ、僕たち、です、か?!」
エリアが慌てたような声を上げる。
確かに、荷が重すぎる事案だから仕方ない。
「だが、ダンテ。俺達が手伝わなければならないのだろう?」
「ええ、しかし、どう、何を解決するか分からないんですよ今の段階では……」
私は疲れたようにため息をつく。
事実だ、どう何を解決すればいいのかさっぱりわからないのだ。
「そう言えばダンテ様、御后様より届け物が」
「ん? 母上から?」
「サロモネ王の誰も読めない本を、と」
――ナイス母上!!――
心の中でガッツポーズを取りつつ私は本をフィレンツォから受け取る。
「ん?」
が、すぐに顔をしかめる。
「他の者が読んでも著者名だけで、他は何も――ダンテ様?」
「……」
私は無言で頁をめくる。
「何だこれは?!」
「ダンテ、何があった⁇」
「書かれている言語が滅茶苦茶ですよこれ?! どうやって解読しろと?!」
題名の時点で魔術陣で使う文字と、詠唱文字が混じっていた時点で嫌な予感がしたが、さまざまな言語を混ぜて書かれているのだ、いくら翻訳が可能でもこれを今の段階で翻訳するのは無理すぎる。
「翻訳してくれるような魔術があれば……」
「ダンテ様、残念ながらそんな都合のいい魔術はありません」
「……ないなら作ればいい!!」
私は思い立って部屋にこもろうとしたが全員に首根っこを掴まれた。
「ぐぇ」
絞められた鳥のような声を思わず上げる。
「ダンテ、お前ならできるだろう、お前が体を壊す代わりにな」
「ぼ、僕も、そう、思います……」
「ダンテ、貴方自分が無自覚に無茶するのまだ治ってないんですから」
「ダンテ、頼むから自分から自殺行為するのはやめてくれ」
「ダンテ、少しは学習してくれ」
そのままソファーに戻され、ようやく首を開放された私は息を吐く。
「……その前に皆さんに首を絞められて召されそうでしたよ……」
「す、すまない」
「ご、ごめんなさい」
「つい力がはいって……」
「すまない、おれたちがそうしたら洒落にならないからな」
「だが、お前も無理をしようとするな」
私はかるくけほっと息をして、少しだけリラックスしてソファーに座り、本の頁をぱらぱらとめくる。
「……」
視界がぐらりと歪み始めた。
「あ、れ?」
そのまま私は倒れて、視界が暗転した。
みんなの声が遠くに聞こえる。
『この本は、翻訳魔術によって読むことで成立する』
またあの夢だ。
サロモネ王の言葉だ。
でも、翻訳魔術なんて存在しないぞ?
『翻訳魔術は私だけが作った魔術、そして後世に残さなかった魔術。使いようによっては悪用されかねないが故に』
まぁ、言っていることは分かる。
『自分だけの翻訳魔術を創り出してくれ、それでこの本は読めるそして――』
『どうか我らを、彼らを』
『許したまえ、救いたまえ――』
「……」
目を覚ますとベッドの上に居て、皆が覗き込んでいる。
「ダンテ大丈夫か? 急に意識を無くしたから――」
「大丈夫です、いつものです」
エドガルドの言葉にそう返して、上半身を起こす。
「……どうやら翻訳魔術を創るのが必須のようですね」
「どうしたのだ?」
「夢の中で言われてるんですよ、ただやはり気になる言葉が」
私はこめかみに手を当てて口にする。
「『どうか我らを、彼らを、許したまえ、救いたまえ』ってどういう事なんでしょうね本当?」
「我らはともかく、彼ら、か」
皆頭を悩ませている。
「も、もしかして、最初に、何か、取り違えているんじゃ……」
エリアがおっかなびっくりに口にした一言。
「何かを取り違えている……」
その言葉に私はしばし、考えた。
取り違える物。
最初に、間違う、物。
皆が勘違いするもの――
――生への憎しみ――
これしか思いつかなかった。
もしこれを取り違えているとすれば、これは命ある物への憎しみではないということになる。
――けれども、そうなれば、一体何なのだろうか?――
『答えは近い。いずれ出よう』
神様の言葉。
私はそれを頭に刻み、暇を見て、無理しない範囲で翻訳魔術の創造に取り掛かることにすることを決めた――
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