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第五十四話:明かされる事実~拗れた兄弟~

――で、具体的に何をすればいい?――
『まぁ、ちょっと王族の関係者だけで話したいからと、治安維持所の長に退席をしてもらえ』
――了解――

「――所長殿、少し王族と関係者で話したいことがありますので、席を外してはいただけないでしょうか?」
「はい、構いません。何かありましたらお呼びください」
「有難うございます」
 所長が出ていくのを確認すると、私は二人を見る。
「――エルヴィーノ陛下。お聞きしたいことがありますが宜しいでしょうか?」
「何でしょうか、ダンテ殿下」
「クレメンテ殿下の事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「構いません」
 平静を装ってそう言っているが、戸惑っているのが丸わかりだ。
 答えられるか分からない事と、答えることで何か起きる事への不安が生まれているのだろう。

 だが、それに気づいているのは――おそらく私とフィレンツォ。
 ブリジッタさんは何か違和感を感じる、もしくは気づいている。
 クレメンテは気づくわけがない。
 エルヴィーノは気づかれていると思ってすらいない。

「――彼女から、クレメンテ陛下は生まれてすぐ部屋に監禁されたと聞きました。もしそれが真実なら元国王である貴方様の父と伴侶である母は『死産』だったと伝えたのでは?」
「……その通りです。ですがブリジッタから死産ではなく、部屋に閉じ込められ放置されていると。このままでは死んでしまう、と聞きました」
「その時、エルヴィーノ陛下はおいくつでしたか?」
「私は14の時です」
 エルヴィーノ陛下の言葉に、私は思案する。

――今までの昔話から考えると、馬鹿王はこの時点で証が薄まっててもおかしくない――

「失礼ですが、ジューダ元国王の『証』が薄れ始めたのはいつ頃ですか?」
 私は二人の父が王である『証』が消え始めた時期を知りたかった。
 本当は馬鹿王と言いたかったが、仮にも二人の親だ。

 堪えた私を褒めて欲しい。

「――消え始めたのは『死産』という嘘を私達についた時からです。ただ、本格的に『証』が薄れているのが他者に分かるようになったのはクレメンテが18になってからです」
「……」
 エルヴィーノの言葉から、女神様は馬鹿王に18年猶予を与えていたが、女神様的に「こいつもう駄目だ」って感じで消え始めたのかなと思ってしまう。
「エルヴィーノ陛下、私もおたずねして宜しいでしょうか?」
 色々と考えようとしていると、フィレンツォが口を出してきた。

『構わん、させておけ』
――了解です――

「エルヴィーノ陛下。どうか、お願いします」
「分かりました、何でしょうか?」
「クレメンテ殿下の名付け親は、何方でしょうか?」

――コイツ私が聞くの避けてたこと聞きやがったー!!――

 相変わらずぶれないフィレンツォ、失礼極まりないというか、聞いたら不味い事を容赦なく聞こうとする鉄の精神だけは見習いたいけど見習いたくない。

――空気が非常に重くなったしホラー!!――

「……フィレンツォ、お願いだからもう少しその……」
「いえ、この際はっきりさせてしまいましょう。クレメンテ殿下には悪いですが、血の繋がっただけの親など親にあらず。子を慈しみ育ててこその親です。命がけで産んだのは確かに褒められる事ですが、それをぞんざいに扱うなど許されない」
 きっぱりと言うフィレンツォの目は酷く真面目だ。

 執事として、幼い頃から私の世話をしつつ、父親として夫として出来る時は妻と子達を愛し、慈しみ、行動しているフィレンツォならではの発言だ。

 しばらく重い沈黙が続いたが、エルヴィーノが漸く口を開いた。
「私と、ミリアムと、ミア……三人で名前をつけました……弟を……クレメンテを餓死という悲惨な方法で殺そうとした父と母等に、名前をつけさせたくなかったのです」

――つまり、クレメンテの名付け親は父母ではなく、兄と姉達、という事か――

 私はエルヴィーノからクレメンテの方へと視線を移した。
 クレメンテはうつむき、震えている。

――さて、どうしたものか……――

 かなり気まずい空気。
 クレメンテにとってはある意味辛い事実、私にとっては想定内の事。
 現在クレメンテの心かなりガタガタになっている。

 そりゃそうだ。
 まだ実の親への感情を完全に割り切れていないのだから。
 もし、兄弟仲が良ければ割り切れていたかもしれないが、クレメンテの反応や話からそうではない事がわかる。

 エルヴィーノはクレメンテを愛しているが、クレメンテはそうではない。
 妬ましくて、羨ましくて、たまらない存在。

 周囲から守られていた兄と姉、ブリジッタさんだけが傍にいた自分。

 王族故にブリジッタさんを母と呼ぶことなどできず。
 ブリジッタさんも我が子のように愛しながらも、それを伝えられなかった。

 馬鹿な父と母の作った環境の所為で、拗れに拗れた兄弟。

 愛し傍にいて、守り抱きしめたかった兄。
 兄達と同じように愛されたかった弟。

――難しい、これにどうやって口を挟めば……おーい神様、ヘルプミー……――
『こっちに来て悩んでいるのはそういう訳か』
――いや、何か非常に言いづらいんだよこういうのって口出しするべきではない気がするし……――
『まぁ、普通はな。地雷だらけだから避けるな』
――デスヨネー――
『だがお前はそれも進まなければいけない』
――そうなんですよねー……だから困ってます――
『ふむ……では、たずねろ』
――どっちに?――
『両方』
――何を?――
『本音を』
――いやいやいやいや、ちょっと待って、待ってください神様――
――貴方正気ですか?――

 明らかに地雷だらけの場所歩けとか私を殺す気かこの神様。
 一気に好感度が下がるどころじゃすまないぞ。

『うん、普通はな』
――いや、何ですか?――
『エドガルドの件、此処でぶちまけろ』
――はぁ?!――

 母国の機密情報というか、ゴタゴタ内容話せとかこの神様遂にとち狂ったか?!
 フィレンツォに〆られるじゃすまんぞ?!
 というかエドガルドの事を暴露とかエドガルドの信頼を裏切る行為だろうこれは!!

『全部言えとは言っておらん』

 神様は呆れたように言う。

『言うのは、兄エドガルドは証を持たぬ故に、証を持つ自分に嫉妬をしていた。その感情につけ入ろうとエドガルドの当時の執事が毒を飲ませて精神を病ませた。結果精神が病みに病んで、不信になっていた――それをお前は救った、それだけだ』
――そ、それでどうにかなるんですか?――

 正直それでどうにかなる気がしない。

『クレメンテには大変な状態だったとしか言ってないし、エドガルドの事はこれだと完全に言っておらずこちらではこうなっていた、とだけだろう?』
――ま、まぁそうですが……――
『自分の事を語らず、相手の事に入るアンフェアな状態を少しでもフェアに近づける。それでいい今回は』
――……念のためフィレンツォに許可取っておくべきですよね?――
『一応な、納得するだろう』

 再び「戻り」私はフィレンツォをちらりと見て、彼だけ伝わるような声で話す。

「――フィレンツォ、少々この状況を打開するのに、兄上の事を話してもよいだろうか? 向こうは良い兄弟ときっと勘違いしているから」
「……そうですね、良いかと思います。ですが言葉には気を付けてくださいませ」
「分かっているよ」

 神様の言う通り、フィレンツォは納得してくれた。
 ならば私がするべきこともう決まっている。

「エルヴィーノ陛下、クレメンテ殿下。お二人におたずねしたいことがあるのですが――」

「私と兄の事について少し聞いてはいただけないでしょうか」

 茨道でも進むのみ、私はそう決めたのだ――






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