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第七十話:覚悟があるけど、覚悟がない、その訳

 夕食を終えて、入浴等も済ませて、居間のソファに座って一休みする。

 お風呂のお湯は暖かくて心地よくてまだ体がぽかぽかして気持ちが良い。
 ソファーの座り心地の良さもあって、このまま眠ってしまいたくもなった。

「ダンテ殿下、此処で寝てしまったら風邪を引いてしまうかもしれませんよ」

 うつらうつらしていた所で、フィレンツォの声が耳に届いて目を開ける。
「ああ、はい……では、そろそろ休みますか」
「それが宜しいかと」
 私はソファーから立ち上がり、自室へと向かうことにした。

 歯磨きも済ませているので、後は寝るだけ。

 自室に戻りベッドに横になる。
「明日どうしよう……?」
 私はどうしようもない風に呟いた。

――最近バタバタしてたから本当の意味でゆっくり休むか……――

 と、考えてから頭を悩ませることになった。
 どう、休めばいいのか現状中々思いつかない。

 精神と肉体、両方を休ませる方法が思いつかないのだ。

――読書で……いや、場合によっては頭がつかれるな、どうするべきか……――

 前世なら、好きなものを食べて、ゆっくりお風呂に浸かって、ゲームをしてぐっすり寝るというのができた事もあるが、今はそうはいかない。

 そもそも、一人暮らしでもなんでもないし。

 フィレンツォだけではなく、クレメンテやエリアとも一つ屋根の下で生活しているのだ。

 前世少しだけできた長期という名の短期休暇の間に行った自堕落な生活などできる訳もない。

――どうしようかなぁ?――

 勉強の方は母国で進めすぎたおかげで大分まだ「貯蓄」はあるけど、それにうぬぼれる気はないのでこっちでもちゃんとやってはいる。
 勉強をする姿勢はフィレンツォのおかげで身に着いたのだが、休むことに関しては前世からのマイナス要素とかの所為で今もうまく休めない。

 転生したらできなかったことをできるようにするとか、やれなかったことをやれるようにするとか、そういうのが割と多いと思う。
 でも、私はそういう類じゃないんだろう。

 幼い頃からの体に疲れをため込んで休日吹きだして壊すという性質は多少マシになったが社会人として働いていた時とは違う精神的な疲れも日々増やすようになったので結果としてはプラマイゼロ状態。
 その上私は無自覚に無理をしているらしく、結果マイナスにやや傾いているらしい。

 確かにチートとか神様の加護とかそう言った類のものはあるけど、私の神様はそんなに優しくないので割と転生前の私の要素を多く引き継いでいる。
 だから、どれだけ私の能力があろうが、私は私のままだったのだ。

 それに「悪役令嬢」ものや「追放」といった類のような強い人物では私はないし、きっと周囲が魅力的だと要素は上辺だけだ。

 賢すぎる訳ではない、神様がいるから何とかなってる、フィレンツォがいるから何とかなってる。
 根性があるわけではない、例えるなら天からぶら下がる縄に必死に捕まり、落下しない様にしているだけ。

 その縄は下がなく、落ちたら最後。
 何とか掴んでいるか、昇るしか選択肢がない。

 私には覚悟はあるけれども、覚悟はない。

 決意はしているけど、できていない。

 美鶴が死んで18年、ダンテとして生きて18年経過したのに――

 私はまだ、どうしようもない位、大人になれない、未熟な存在なのだ。

――本当に、みんなを幸せにできるのかな?――

 決意はしているけど、不安は消えない。

 神様がそうなるように導いてくれるとは言っているものの、私は神様の言葉というより、今も自分を信じられないのだ。

 自分ほど、信用できない存在はない事を私は理解しているから――

「結局何も思いつかないまま寝てしまった……」
 目を覚まして体を起こした私は、そうぼやいてため息をついた。

 昨夜は神様は助言無し状態に入ったので私は完全に寝るだけで終わった。

「……いや、本当何をしよう」
 頭をわしゃわしゃと掻くが、案がないものはないのだ。

 怠惰に惰眠を貪るのも悪くはないが、それをやるとフィレンツォが確実に何かあったと心配し、よりピリピリしかねない。

 そううだうだ考えていると、ノックする音が聞こえた。

 フィレンツォの音だ。

「フィレンツォか? 起きているよ、入って来てくれ」
 私がそういうと、フィレンツォがワゴンに朝食をのせて入ってきた。
「お早うございます、ダンテ様。今日は予定は入っておりませんのでゆっくりとお過ごしください。クレメンテ殿下とエリア様はまだお眠りのようですので……」
「ん?」
 フィレンツォの言葉に疑問を持ち時計を見るが、平日よりやや遅めの時刻。
 それなのに、二人はまだ眠っているとフィレンツォは言っているのだ。
「フィレンツォ、もしかして二人は無理をしていないか?」
 私は思った事を口にした。
「ダンテ様が優秀なのは誰もが理解しています。それ故ダンテ様についていこうとお二人は必死なのです」
「……まぁ、うん、留学するまでに勉強し続けてたからね、相当……」
 私は言葉を濁しながら返した。
「それだけではありません、ダンテ様は幼い頃から全てにおいて同年代の子ども達より遥か先を進んでおられました」
「あ゛――……うん、一番最初に覚える火の魔法で大炎上させたからね……」

 否定はできない。

「勉学や魔法等の分野においては他の子ども達よりも才に溢れておりましたし、それにうぬぼれるような事はしておりませんでした。ただ……」
「……ただ?」
 私が問いかける様に言うと、フィレンツォはため息をついた。
「ダンテ様はあまりにも『人見知り』と『対人関係の構築が苦手』であることが強いのにそれをごまかす癖を幼い頃既に身に着けておりました。私も見抜くのに相当時間がかかりました」
 フィレンツォの言葉に私は顔を引きつらせる。

――はい、全部それ美鶴の時前世から引き継いだのです、すみません――

 なんて、思っても言うことなんてできない。

 そうだ、未だに人見知りが酷いのだ。
 その上、交流したいと思う反面、交流したくないという感情も強い。

 美鶴だった時と違い、今の学生生活はきっと違うものになるはずなのに、交流とかそういうのをやってみたいと思いはするものの――

――やりたくない――
――他人が怖い――

 と、私を悩ませる。

 本当に、浅い交流や立場的な交流なら取り繕ってできるのだけれども、そう言うのを抜きにした交流をするとなると、私にはハードルが高すぎる。

 フィレンツォは重そうに息を吐きだした。
「……ダンテ様、あの日から14年近く私は貴方様にお仕えしております。だからこそ、分かっています。ダンテ様が――」

「無理をしている事は」

 フィレンツォのはっきりとした言葉に、私は何も言えなくなる。

 自覚症状のない私は、いつだって知らぬ間に自分を削って心身の状態を悪くしてきたのだ。
 美鶴の時は、社会人の時は仕方なかった。

 毎日が必死だったから。

 今は、そうじゃない所が多いはずなのに、願いの為に身を削ってしまっていることが多い。

 臆病者の私は、本当に――

 みんなを、幸せにできるのだろうか?



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