第八十三話:対抗心の理由~全てを救うなんて御伽噺~
時間の経過というのは早いもので、もう二ヶ月が経過していた。
季節は夏、前世的に言えば初夏。
慌ただしかった最初とは違い穏やかに日々を過ごせるようになった。
けど、外面で色々と人になれた風にしてはいるが本当の意味で慣れて話せるのはエリアやクレメンテ、アルバート、カルミネの四名。
――後、若干認めたくないけど――
「一人だけ満点だと?! ええい、またあの次期国王か!! 何故だ!!」
何かにつけて、私に勝負を挑むベネデットにも慣れてしまった。
呼び捨てにされるのも慣れてしまった。
最初の頃はフィレンツォが鬼神の様な圧と、笑ってない笑顔で対応していたが、私が辞めさせた。
正直、何度もご両親とかに頭を下げさせるとかもう面倒くさい事この上ないのだ。
後、実害があるわけじゃないし。
エドガルドの悪口を言ったのはあれっきりだし、エリア達の悪口は言わない。
まぁ、幼馴染であるアルバートとカルミネとは割とこうそれらしいやりとりはするのを何度も見ている。
『アルバート、カルミネ……お前ら悪趣味だな本当』
『『次それを行ったらお前を殴った上で、ロザリアに言うからなベネデット』』
何が悪趣味なのかはともかくとりあえず、ベネデットがそう言う事を二人に言うことはしなくなった。
面倒な奴に絡まれたなぁと思いはする者の、神様は「相手をしとけ、プライド軽くへし折っておけ」程度ですませるので家を潰すなどの行動はしない。
が、やっぱり面倒ではある。
休日、休息と観光を兼ねて、四人とフィレンツォでメーゼを歩き回り、公園で一休みしている最中だった。
フィレンツォが近くのショップで飲み物を買ってくると言っていなくなったタイミングで、ベネデットとプラチナブロンドの長い髪に、青紫の目、少し焼けた肌の美しい女性が一緒にいた。
ベネデットは自慢するように歩いていて、女性は苦笑しながら聞いている。
女性がこちらに気づいた。
「アルバートにカルミネ、久しぶりですね!」
女性は嬉しそうに笑って、近づいてきた。
ベネデットの顔が引きつる。
「ロザリア! こうして直接会うのは久しぶりだな! 元気だったか?」
「ロザリア様、お久しぶりです」
「ええ! あら……もしかしてそちらの御方が?」
女性――ベネデットの婚約者ロザリアさんは私を興味深そうに一瞬だけ見てから、すぐ微笑んで丁寧に挨拶をした。
「初めまして、ダンテ・インヴェルノ殿下。私はロザリア・オルテンシアと申します」
「始めまして、ロザリアさん。どうぞ、よろしくお願いいたします」
私も挨拶を返す。
ロザリアさんは、頬を赤らめて、アルバートやカルミネ達と私を交互に見る。
「ロザリア、頼むから言わないでくれよ!」
「ロザリア様、お願いですから言わないでください」
「ああ、ごめんなさい。つい顔に出てしまったわ」
アルバートとカルミネの言葉に、ロザリアさんは心の底から申し訳なさそうな顔をする。
――なんのこっちゃい?――
『気にするな、以下略』
――ああ、いつものですね、分かりました――
神様とのこのやり取りにも、もう慣れた。
「ロザリア!! その男にあまり近づくな!! ソイツは種馬――」
バキィ!!
メキィ!!
メキョ!!
「「……」」
クレメンテと、アルバート、カルミネの拳がストレートにベネデットの顔面にめり込んだ。
エリアは慌てふためいている。
「ダンテ殿下、ベネデットが申し訳ございません」
ロザリアさんは心の底からベネデットの件で謝罪をし始める。
「ロザリア、もう少しベネデットの事は〆た方がいいんじゃないかと私は思うよ?」
「私もです、ロザリア様」
「再起不能になるまで今ここで殴り続けた方がいいんじゃないかと私は思うのですが、ダンテ殿下は?」
「ちょっと待ってください、一度落ち着きましょう」
私は明らかに冷静さを欠いている三人にストップをかけて説得を始める。
「――もう、取り潰すようにカリーナ陛下に言った方が宜しいのでは?」
「フィレンツォも賛同しないでくれ!!」
フィレンツォが来た事で、頭痛が痛いと言いたくなるレベルで面倒事になってきた。
「何で彼はそこまで私に対して対抗心を出してくるんだ……」
より面倒なことになる前に、ロザリアさんとベネデットの執事に頼んでベネデットを引き取って帰ってもらって良かったと心から思った。
「あの……」
「ロザリアさん?」
ロザリアさんが従者と共にやってきた。
「ダンテ殿下、ベネデットがダンテ殿下にあそこまで対抗心を持っている事についてお話しても宜しいでしょうか?」
「勿論です」
ロザリアさんの申し出はラッキーだった。
ベネデットが何故ここまでうっとおしいのか原因がわかるのだから。
「ベネデットは……ジラソーレ伯爵家の跡継ぎの中でも最も優秀と言われて育ちました、それどころか辺境伯に匹敵する程の才能の持ち主だと。だからこそ彼は自分は誰よりも優秀で、そして他人を守らなくてはならない、そう思っていたのです」
「……」
──なんかあるあるだなー……──
──優秀すぎる故に拗れたんかな?──
――ん?――
――ちょっと待て、つまり……――
「もしかして、それは国王陛下を守るために、王族よりも優れていなければならないと無意識に思っているという事ですか?」
「――その通りです」
ロザリアさんは重く頷いた。
思わず私は額を抑える。
ベネデットの根幹にあるのはある種自分は「選ばれた存在」だという認識から来る責任感である。
地位は伯爵だが、自分は多くを守らなければならないだけの力を持つ。
国民はもちろん、国王、他国さえも。
だから、自分は常に一番でなければならない。
全てを守るだけの「責任」がある。
とでも、思っているのだろう。
「そんな事、できるものではない。大切な存在を守る事すら、ままならない者が多いというのに……」
「ダンテ殿下……」
私の言葉に周囲の空気が重くなった。
だが、事実なのだ。
助けるのだけで、守ろうとするだけで精一杯。
全ての人を救うなんてできっこない。
ただ、私が何とかできるのは。
手を伸ばしてくれたその人が、私の手を掴んでくれた時に何とか掴み返して引き上げる。
それが精いっぱいだ。
講義の日、講義が終わると私はフィレンツォに関わらないように言って、ベネデットに声をかける。
「――ベネデットさん、宜しいでしょうか?」
「……何用ですかね、ダンテ殿下?」
何処か苛立った様子の彼を応接室に案内する。
「私は暇ではないのですが?」
「すぐ終わりますよ」
そう言って、私は彼に微笑みから冷たい表情に顔を変えて向ける。
「ベネデット・ジラソーレ。お前は何も分かっていない、全てを救うなど御伽噺だ。目の前の大切な存在を救うか、救えないかその瀬戸際に皆がいる。それを自覚しない限り、お前は前には進めないだろう」
私の淡々とした言葉に、ベネデットの表情は凍り付いた。
「では、失礼する」
そう言って、私は応接室を後にした。
そう、全てを救うなんて創作物でしかありえない。
誰もが、目の前の大切な人を救うか、自分を救えるかどうかも分からない中で苦しんでいるのに、全てを救うなんて無理難題だ。
そんな英雄になれるほど、誰もかれもが強くない。
サロモネ王でさえ「自分は全てを救えなかった」と残しているのだから――
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