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第五十六話:私は彼の味方です~だからお前の味方ではない!~

 エルヴィーノは、自業自得とは言え精神的にぼっきりと折れているように見える。
 とりあえず、ただ兄であるエルヴィーノのだけにこういうのは不思議だった。
「クレメンテ殿下。ところで姉君は?」
「姉様たちは……無視するようなそぶりを見せて、ブリジッタに他の者に悟られぬように手紙を渡して……やりとりをしてました……」

――こりゃ、どうしようもねぇな――

 どうやら、クレメンテの姉達は兄であるエルヴィーノよりも随分を頭が回るらしい。
 しかし、助言ができないというのも何か変な気がした。

「――ブリジッタさん、クレメンテ殿下の御兄弟はもしかして全員ある種の差別をされておりましたか?」
「……その通りです、次期国王になるエルヴィーノ陛下は手厚く扱われ、嫁に出すことができる姉君――ミリアム殿下と、ミア殿下も手厚く育てられましたが、エルヴィーノ殿下と関わらないように育てられておりました」
「……随分奇妙な育て方ですね……エルヴィーノ陛下? そこで死人のような顔をしていないで説明をお願いいたします」
 態々兄妹達を区別、差別し、その上関わらせないというのが妙だ。
 なので今だ死人のように呆けているエルヴィーノの名を呼んで、問いかける。
「!! は、はい……現状分かっている事ですが、父にそこまで忠誠を誓ってはいないが国内での民の信頼と力のある貴族を取り込むために、妹達を嫁に出そうと考えていたようです……」
「お二人の意思を無視して?」
「はい」
 エルヴィーノは頷いた。
「妹達は、父達の目を欺くためにあえて傀儡を演じていたようですが……今回の事でその必要がなくなったそうです」
「成程」

 何と言うか複雑な状態だ。
 というか父はそれに何か言わなかったのだろうか?

「ダンテ様」
 悩んでいるとフィレンツォが私にしか聞こえない声で話し始めた。
「ジェラルド陛下のみならず、他の国王も散々苦言を呈してきたそうです。ですが、話を聞く耳持たず、それどころか戦争を起こすぞと喚きだしたきたらしく……」
「あ――……」

 私は額を抑えたくなった。

 この世界の国々……四つの国は争う――国家間の戦争を主神より禁じられている。
 そんなことをしたら何が起こるか分からない、前例もないので、他の国王も中々どうにもできなかったのだろう。

「……で、ジューダ元国王はどうするおつもりですか?」
 そんな厄介な奴に我慢をさせられてきた国王達が黙っている気がしないので問う。
「その証消失による退位を他の国王陛下方は感知したらしく、即座に王宮に護衛と共にやってきて……その殴り倒してから部屋に監禁して、現在処刑、処分について話し合っている最中です……私はその『君には他にやることがある』と言われて……」

――父さん達、色々と事情知ってるからこそそうしたな?――

 父達が言う他の事とは確実にクレメンテの件だろう。
「――さて、エルヴィーノ陛下。貴方様は妹君であられるミリアム殿下とミア殿下とは異なり、クレメンテ殿下に対して謝罪もなく、ただ行動が結果としてあった、そういう状態です。拒絶されるというのは、深く心に傷がつくのですよ?」
 私が言う前に、フィレンツォがエルヴィーノに言う。
「ダンテ殿下は、留学中誰にも言えず一人病み苦しんでいるエドガルド殿下に返事がなくとも毎週手紙を一通送り続けました、エドガルド殿下はそれが心のよりどころであり、返事ができない程の状態にあることを苦しく思っていらっしゃいました。だからそれらから解放された今はとても仲が良く、無理をしがちなダンテ殿下支えておりました」
 フィレンツォは淡々と喋っている。
「ダンテ殿下が留学をしている今、ダンテ殿下が手紙を出す前に自分から手紙を出すなどエドガルド殿下は常に弟君であるダンテ殿下を愛し、気遣っております――ですが、エルヴィーノ陛下。貴方様は――どうなのですか?」
 微笑んで、エルヴィーノに問いかけている。

――いや、これ微笑んでねーわ、目が笑ってねぇ――

 エドガルドが嫉妬で拗れていたのに毒で更に悪化したのを知っているだけではない気がする反応に見えるんだけども……問いただすのは止めろと神様言いそうだなぁ。

『分かってるではないか』

 予想通りの神様の言葉に内心げんなりする。

『お前のそういう所は今のままでいい』
――全くもって意味が分かりません――
『深く考えるなということだ、そっち方面に深く考えたなら――』
――分かりました分かりました!!――
――どっち方面か分からないけど、考えません!!――

 何と言うか、時折神様の言ってることが良く分からない。
 とりあえず、私は全員を幸せにするために尽力しよう。
 それを最重要項目としつつも、うまくいけるなら学生生活を送りたい。
 前世とは違う青春を送ってみたい。

――なので、ゴタゴタはさっさと解決するに限る!!――

「――エルヴィーノ陛下」
 いつものように「戻ってきた」ので私は仮面の笑みを張り付けてエルヴィーノの名を呼ぶ。
「私と兄は互いに大切だからこそ傷つけまいとすれ違っただけ。ですが陛下、貴方は大切だけれども傷つけ、その後傷をつけたままより傷ばかりつけた。それではクレメンテ殿下が陛下の事を『大嫌い』と言っても仕方ありません。どれだけ陛下がクレメンテ殿下を愛しいと思っていたとしても、やってしまった事は傷つける行為ばかりでしたから」
 止めを刺すように私は言う。
 でもちゃんとフォローもするつもりだ、ただし現状は最低限だ。
「陛下が弟君であるクレメンテ殿下と仲良くしたいのであれば――誠意をもって対処するのが一番望ましいでしょう」
「ええ、ダンテ殿下の言う通りです。環境を良いものに変える、衣食の質を上げる――等単純な方法をお考えでしたらそれは誠意ではありません、そこにはお気を付けください」
 私の言葉を補足するようにフィレンツォが言う。
「だ、ダンテ殿下……う、噂ではかなり慈悲深いと聞いていたのですが……私に恨みでも……?」
 明らかに狼狽えている様子のエルヴィーノに私はにこりと微笑んだ。
「私は、クレメンテ殿下の味方ですから。大切な友を蔑ろにした方に優しくするほど、慈悲深くはないのです。ですが真摯に向き合うのでしたら――私も考えますとも」
 私は「お前の味方じゃなくてクレメンテの味方だぞボケェ」を丁寧にきっぱりと宣言する。
 ただし「真面目に向き合うなら手伝わない事もない」ということも付け加えて。

 とりあえず、クレメンテの両親や関係者の処遇は私の父達――他の国王に任せておこう。
 私はまだ国王ではないし、それにやる事は色々と残っている。
 アウトゥンノ王国の国内に関してはエルヴィーノに任せておこう、国政ではヘマはしないと思うしヘマをしたらエルヴィーノより明らかにしっかりしている王女基妹――クレメンテの姉達がどつきまわす気がする。
 どちらかと言えばエルヴィーノの悩みの種はクレメンテとの仲だろう。
 作り直すような仲なんてあったもんじゃないので、新しく関係を築くことになるだろうが、自業自得の為かなり難しいだろう。
 けれども、真面目に考えるなら手伝いはするとは言っているが、エルヴィーノ側に立つ気はないと表明をしているので――

「……クレメンテ殿下、お疲れならベッドで休んだ方が宜しいかと……」
「……先ほど『お疲れになられたでしょう、私に何かさせてはいただけないでしょうか』とおっしゃられたのはダンテ殿下です……」
 と、ソファーの上に座っている私の膝の上に頭をのせて横になっている。
「そうですね……他に何かご要望はありますか?」
「……頭を、撫でてください」
「分かりました」
 まるで甘えたがりの子どものようだと思いながら、私はクレメンテの頭を撫でる。

 ブリジッタさんは、現在アウトゥンノ王族の屋敷の方を見ている。
 何か色々ヤバイブツがあったらしいのでエルヴィーノや他の臣下、治安維持の方々等の立ち合いの元処理しているらしい。
 少々時間がかかるとのことなので、それまではインヴェルノ王族の屋敷――つまり私と同じ屋根の下で暮らすことになる。
 あと、言いたくないがフィレンツォの視線が痛い。
 クレメンテには向けられていない、私にだけ向けられている視線がめっちゃ痛い。

 軽蔑とか、そういうのじゃない、呆れの眼差しがめっちゃ痛い。

 しばらく撫でていると、クレメンテは眠ってしまっていた。
 やはり疲れたのだろう、ベッドに連れて行ってあげたいが、約束を破ったととられるのは困るので起きるまでこのままにして置くしかない。

「ダンテ様、クレメンテ殿下はお休みになられたようですね」
「そうだね、でもこのままにしておくよ。起きるまでは」
 フィレンツォの言葉にそう答えて、彼を見れば何と言うかやはり呆れているような雰囲気を漂わせている。
「……ダンテ様……」
「何だ、フィレンツォ。いくら長い付き合いとは言え言ってくれないと分からない事だって私にもあるぞ」
「……申し訳ございません。私からは今は言うことはできません」
「いや、本当になんなんだ?」
「……」
 私の言葉に、フィレンツォは呆れたようにため息をついた。

 何か言っているような気もしたが、私には分からなかった――





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