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ケンミンSHOWで泣く女

「もうそろそろ出かけーーー。えっ?泣いてるの?悲しいことでもあった?」
夫が仕事に行く前にダイニングにいる私に顔を見せて言った。
「あ、違う違う。あれ?でもなんでだろ?」
笑いすぎて涙が出ることはあるけれど、涙が止まらないということはまずない。
でもその日の朝、私はものすごく久しぶりに泣いていた。
 
私は朝の報道番組に興味がないので、仕事のない朝はYouTubeを見ながら30分くらいかけてゆっくりと朝食を取る。
その日は久しぶりにバラエティー動画でも見るかと思い、いつものようにスマホをスタンドにセットして『秘密のケンミンSHOW』を見ていた。
選んだ動画は『雪国に春が来た!』的なもの。
私は中部地方で生まれ育った。濃尾平野に位置するところなので雪は降るけれど、山間部のように生活に支障が出るほど雪が積もった記憶はあまりない。
でも2時間もドライブすればスキー場がたくさんある。
学生の頃は友達とスキーに行ったこともあるけれど、喜んで行くというよりは、断ってノリが悪いと思われたくないから行っておこうかなという感じだった。
生まれてこのかた東京より上に行ったこともない。
日本の冬が寒すぎて豪州に逃げてきたと言っても過言ではないほどで、帰国する際はなるべく冬を避けて帰るようにしている。
それなのに、そんな私が雪国の動画を敢えて見たのは自分でも不思議だ。
たぶん『春』という言葉に惹かれたのだろう。
とはいえ私にとって桜の時期はまだ十分に寒い。
私は豪州に来て18年もの間桜を見ていなかった。
その時期は春休みと重なるためか、はたまた海外から桜を見にくる人が多いのか航空チケットが高かったりする。
でもそんなに長く桜を見ていないと、さすがの私も日本の春を恋しく思い、寒いけれど帰る決意をした。
そして久々に見た桜に本当に感動した。
毎日、桜を見に出歩いた。京都の桜も伊勢神宮の桜も見に行った。
心が洗われるとはこのことを言うのだろうと思えた。
こんなにも美しい景色を作り上げる日本に生まれて幸せだと何度も思った。
「春先はまだ寒いしチェリーブロッサムは食べられないから」と、誘ったのに一緒に来なかった夫を可哀想な人種だとさえ思った。
 
話が逸れてしまったので元に戻すと、番組の内容は、春を迎えたので数年前の冬に訪れた人たちに再度会いに行くというもの。
そして雪国の人たちにとって春とは何かを聞き出すというものだった。
私のような甘ったれた人間は一年中初夏ならいいのにと思って生きているけれど、
雪国に住む人たちはあんなにも過酷な冬を生き抜かなければならないのに、ずーっと春が続けばいいとは思わないようだ。
あの激寒も春が来ると忘れてしまうという。
春が来るのをわかっているから冬を頑張れるという、素朴であって極論を語る。
まさに出産の辛さを知りながらまた子を産む女性の運命を思い出させる。
もう尊敬しかない。
そして、冬も友達だと言い切った小学生。『季節全員が友達』という名言を吐いた。
「雪と光が混ざってキレイになる。冬だからこそ楽しめる景色。」
確かに。この子の感性を見習いたい。
目の前にある風景を当たり前だと思わず、綺麗だと感じられる気持ちをいつまでも忘れないでいてほしい。
昨今は輸入のおかげで果物も生花も旬のものなど関係なく気軽に買えるようになった。
値段はともかく一年を通してその季節以外の野菜が手に入り、食べたいものが食べたい時に食べられる時代。
季節感のない時代になってしまったと嘆いていたけれど、こうして春に喜びを見出せる雪国の人たちを見て見習いたいと思った。
動画の最後に『なごり雪』が流れた。
インタビューされた人たちがひとフレーズずつ歌うのが流されるのだが、これまたみんな歌が上手い。
いつもだったら音階の外れた素人の歌なんて身震いするのだけれど、だれもかれも上手すぎる。
雪国の人はみんな歌が上手いなあとカラオケ嫌いの私はそのことすらも感動する。
そして私は、笑顔でなごり雪を聴きながら涙が止まらなかったところを夫に見つかったのだった。
夫はそんな私を見てオロオロするばかり。
私も調子に乗ってうえーんと大泣きになる。
全然涙が止まらないからここぞとばかりに夫の胸を借り、しっかりと泣かせてもらうことにした。
「えっ?ホームシック?」
とまで言い出す始末。
うーん、それとはちょっと違うけど、ん?違わないのかな?
古き良き日本の心が恋しい。
 
そして後日、私はこれを書くために動画を見返し、コメントも少し読んでみた。
なんだ、私だけじゃない。結構たくさんの人が泣いているじゃないか。
 
みんな自分の中に潜んでいる大和魂が疼いているのかもしれない。
 

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