それでもタコ、食べますか
つい先日、「タコはやはり宇宙起源だった!?」というキャッチーなニュース(?)が流れて話題になった。数年前に学術誌に発表されたれっきとした論文がソースなのできわ物ではない。論旨は、イカ、タコなど頭足類の起源には進化の流れのどこかで小惑星などから到来した地球外ウイルスが紛れ込んでいるのではないか、というのである。
専門家のあいだでも立証は不可能だろうとされている仮説であるが、なぜこうした推論が出てくるかといえば、頭足類の先行生物が不明なことにある。例えばタコは身体のわりに脳の容量が大きく、目の構造もヒトに近いらしい。身体が極端に柔らかく、瞬時に皮膚の色を変えて擬態する点も珍しい。なにより驚くのは、ヒトの遺伝子が22000から24000であるのに対し、タコのそれは33000(!)というからすごい。
ある生物学者によると、タコは他個体が他の水槽で受けている学習実験を観ているだけで、同じことができるようになるのだとか。これはサルでもむずかしいことらしい!
そこで思い出したのが以前読んだP.G.スミスの『タコの心身問題』という本。
タコが遊びやいたずらに興ずるという話は聞いた覚えがあったが、ある施設で飼われているタコが特定の人物を識別し、「嫌い」な人物が通りかかると水を吐きかけたというから驚き。当該人物が何を着ていようと、帽子をかぶっていようと、後ろ姿であろうと、間違うことなく特定できたらしい。
著者の友人が見つけた水深5メートルにあるタコのたまり場(ホタテ貝の堆積丘。著者はオクトポリスと呼ぶ)での観察報告が興味深い。タコの目の構造はヒトに似ていて、観察者の視線を避けずに見つめ返してくるらしい。どころか、やおら腕を一本伸ばしてきて軽くタッチしたり… さらには、ダイバーの手首に腕を巻きつけ、巣から離れて漂いだし、つまりはダイバーを連れて円を描くように海中散歩をしたあと巣に戻ることもあったとのこと!!
タコとヒトの解剖上の違いは神経細胞のあり方にある。ヒトでは神経細胞が脳に集中しているが、タコの場合、脳もあるが神経細胞は全身、腕の表面や吸盤にも散在しているとのこと。ただし両者の相互関係についてはいまだ推論の域を出ない。
進化樹上、ヒトとタコは随分離れた生物である。およそ6億年前に枝分かれしたらしい。よってタコにも「心」(知能)があるといってもヒトのあり方とは大いに違う。かくして生物進化はその過程で二度、別の仕方で心の生成を試みた、というのである。
ヒトでもタコでも心身問題はむずかしい問題だが、今回の新知見は、脳が筋肉にある指令をだしたとき、その事実は前もって体内に知らせておかねばならない。その信号(「遠心コピー」)の参照(自己再帰的回路)が意識の萌芽では、というもの。(この辺の深掘りを期待したが、空振りだったような気がする。それとも例によって劣化が止まらない老人脳のサビつきか…)
最終章に至ってビックリ。
単独生活者と見られていたタコのコロニーを発見したことが語られ、さらにショッキングなことには、タコの寿命は長くて2年(!)だというのである。かくも短い命になぜかくも「高度な」知性が必要だったのか、未解明の深い謎であるらしい。
おのずと「それでもタコ、食べますか?」という問いが浮かんでくるが、もちろんここまで読んでくれたあなたへの問いではない(畏れ多い)。
自己再帰的な問いである。
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