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賃上げと労働分配率を考える

先日、ある経営者様とお話している際に、次のような問いかけを受けました。

「賃上げのニュースがにぎやかだ。以前は大企業中心だったが、ここにきて中小企業にも波及していると聞く。しかし、基本給を含めた月例給与部分は賃下げが難しいため、一度賃上げすると半永久的にコストアップ要因になる。よって慎重にかからないといけない。周囲の企業を見て、賃上げの動きの実感値としてはどうなのか。」

中小企業にも賃上げの動きは広がっています。元請けから下請けへ、買い手から仕入先へ、荷主から運送会社へ、という感じで、賃上げの動きが波及しているのを身のまわりでも感じます。

例えば、4月3日の日経新聞記事「中小製造業、4%賃上げ 実質賃金、年後半にプラス見通し 物価上昇へ持続力焦点」では次のように紹介されています。(一部抜粋)

中小製造業の労働組合を中心に構成する「ものづくり産業労働組合JAM」は2日、2024年の春季労使交渉で中小の3月末時点の賃上げ率が4.12%だったと発表した。賃上げ率は前年同期を0.64ポイント上回り、過去最高となる。5%以上の回答が相次いだ大手企業に続き、賃上げが中小にも波及してきた。

組合員数300人未満の中小企業の回答状況を集計した。基本給を底上げするベースアップ(ベア)に相当する賃金改善額は、回答ベースで前年同期を4割上回る7270円だった。JAM結成の1999年以来、3月末時点の集計で過去最高となった。

賃金改善額1万円以上の回答を得たのは94単組に上った。回答を得た中小企業の25%に相当する。同日記者会見したJAMの安河内賢弘会長は「先行する中小企業は本当に粘り強く力強い回答を引き出した」と述べた。

24年の春季交渉は、大手を含めて製造業全体で高い賃上げ水準の回答が相次ぐ。JAMを含め主要製造業の労働組合で構成する金属労協は同日、3月末時点で回答があった1227組合のうち、87.8%にあたる1077組合でベアに相当する賃金改善を獲得したと発表した。

前年同時期は80.6%だった。賃金改善額の平均は前年比70%増の9593円となり、過去10年間で最高だった23年を大きく上回った。ベア率で3.5%に相当し、定期昇給を加えた賃上げ率では5%を超えるとみられる。

ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査部長は中小を含めた全体の賃上げ率が5%を超えれば、実質賃金は10~12月期にはプラスに転じるとみる。

法政大学の山田久教授によると、企業の利益などを人件費にどれほど振り分けたかを示す労働分配率は、中小企業で23年10~12月期に72.9%と前年同期比1.7ポイント増えた。大企業は同3.2ポイント減の37.7%だった。大企業の賃上げ余力改善が目立つ一方で中小は厳しい状況が続く。

商工組合中央金庫の調査によると、24年に賃上げを予定する中小のうち、景況感が悪化していても人手不足を感じている企業の賃上げ率は2.23%だった。前年同期の23年の見込み賃上げ率平均を0.3ポイント上回る。人手を確保するため、業績が苦しくても無理して賃上げする中小の実態がある。

賃上げは、商品・サービスの価格を値上げすることが、その前提となると考えるべきです。すなわち、継続的に賃上げをしていくのであれば、継続的に値上げをしていくことを想定する必要があります。

企業が生み出した付加価値をどれだけ人件費に分配したのかを表す指標が、「労働分配率」です。

当然ながら、労働分配率は適正な水準に保つ必要があります。高ければ従業員の士気は上がりますが、人件費が増えると他の投資に回す資金が減り、経営の継続性にも影響を与えます。低ければ従業員の納得感が下がり、士気の低下や他社への流出要因になります。

労働分配率(%)=人件費÷付加価値×100 で求めた結果になります。

賃金や福利厚生費などの人件費が増えれば%は上がり、企業活動の結果その企業が新たにつくり出した付加価値が増えれば、%は下がります。

「付加価値」には、控除法(中小企業庁方式)と加算法(日銀方式)の2つの方法があります。簡易な控除法は中小企業向けですが、付加価値=売上総利益(粗利)と考えれば十分だと言われます。

控除法:付加価値=売上高-外部購入価値
加算法:付加価値=人件費 + 金融費用 + 減価償却費 + 賃借料 + 租税公課 + 当期純利益

労働分配率を一定水準で維持しながら付加価値を増やすには、売上の金額を増やすか、外部購入価値の金額を減らすかしかありません。物価が上がっている中で外部購入価値の金額を削るのは限界があります。よって、売上の金額を増やすことが大切になります。

売上を増やすために、新規の商品・サービスを開発し高い値付けで売る、新規の顧客を開拓し販売数量を増やす、といった取り組みも大切ですが、既存顧客向けの既存の商品・サービスを値上げすることも大切です。もちろん、理由もあいまいで闇雲な値上げは顧客離反につながりますが、物価変動も恒常化している環境下で、自社だけ無理して経費増を抱え込んでの売値維持は、持続性がありません

同記事によると、中小企業の労働分配率は既に72.9%とたいへん高い水準です。付加価値額を維持したまま人件費だけを上げていく余裕は、これ以上ないと言えます。

値上げについては、世間的な認知度の高い事業、ビジネスモデルの競合が多い事業、社会的にフォーカスされている事業などのほうが、やりやすい面があります。例えば、大手製造業などで値上げに理解があるグループに納品している場合、2024年問題や社会インフラとしての維持が危惧されている運送や建設業界の場合などです。これらに属する企業では、比較的スムーズに値上げ交渉が進んでいる印象です。

一方で、ニッチ産業に属していたり、独自のビジネスモデルが強みになっていたりする場合は、値上げをしていない企業を見かけます。明確な比較対象がないため、競合他社などの動きを参考にしにくく、自社での判断により委ねられるためです。

冒頭の企業様に、「賃上げの動きは確実に波及している。そのうえで、賃上げは商品・サービスの値上げの動きと一体となっている面がある。貴社では、値上げの状況はどうなのか」と問いかけたところ、「組織として取り組めていない。改めて、値上げは重要ですね」という答えでした。

同社様は、独自のビジネスモデルを築いて発展してきました。小ロットで、業界をまたいで様々な納品、メンテナンスまで対応しています。加えて、主な取引先が決まっています。独自のビジネスモデルとはいえ、同社様が一貫対応している領域を切り分けて依頼先を分散させれば、他社でできなくもありません。値上げしていくと、どこかのタイミングで主要取引先に逃げられるのではないかと不安で、経営判断としては上げてない現状があります。

加えて、営業や製造が目標としている指標も、単価が低い商品の販売件数を増やすなどを促すような内容になっています。よって、普段の営業活動の中でも、従来の価格設定で売っていくことのみに腐心していて、適正な値段を提示していくという発想がないということです。

逃げられてもよいから値上げする。残ったお客さまに経営資源を集中して注ぐことで生産性を上げ、その余剰で商品・サービスの改良、新たな顧客獲得の流れをつくれている。そういった企業もあります。

改めて、値上げは難しい経営判断ですが、賃上げも含めた自社の競争力維持のために、必要な取り組みです。

<まとめ>
継続的な商品・サービスの値上げが、継続的な賃上げの前提となる。

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