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報酬制度の工夫で会社への自分事意識を高める

新規株式公開(IPO)を行う企業数や調達額が世界的にも低調だという記事を目にします。コロナ禍や地政学的なリスクの高まりによって、企業や事業に対する評価が慎重となり、計画段階で想定したような高い金額での評価・資金調達が難しい環境となっていることがその一因です。

誰もが知っているような大企業でも、株式市場で株式を公開せず非上場を維持している企業があります。例えばYKKは、その代表格です。

従業員数44,410人、売上高797,019百万円、経常利益63,964百万円(同社HPより)。一般的な感覚では、当然のように株式上場している規模と業容ですが、非上場です。

YKKグループのリクルーティングサイトでは、次のように説明されています。

一人ひとりの社員が経営参加意識をもって仕事に取り組むという「全員経営」の考え方の下、「従業員持株制度」を設けており、YKKグループの社員が、株を保有し自ら経営に参画することに対する報酬として、配当金を受け取ることを推奨しています。現在、従業員持株会は、YKK株式会社の筆頭株主となっており、社員は株主としての立場からも、会社の継続的な繁栄を目指します。

先週のTV番組「がっちりマンデー!!」でも取り上げられ、同社の社内預金制度について紹介がありました。従業員が社内預金を通じて株式を購入することで、会社の株主になることができます。会社側は、必要に応じて社内で資金調達することができるわけです。

株式上場の最大の目的は、事業に必要な資金を調達する手段を広げることです。同社の自己資本比率は70.7%です。2018年は63.5%でした。会社の総資産のうち、借り入れに頼らず自己資本で賄えている割合が7割以上で、その割合も年々上がっています。そして、その自己資本の最大の出資者が従業員持株会というわけです。上場を通してやりたい最大のことが、社内でできていると言えます。

株式上場には、資金調達以外にも、知名度を上げる、社外からの監視の目によりガバナンスを高めるなどのメリットがあります。一方で、敵対的買収の可能性がある、様々な報告義務など膨大な管理コストがかかるなどのデメリットがあります。別の手段で資金調達が十分にできるのであれば、上場しない(あるいは廃止)という選択肢も戦略としてはありです。

上記の社内資金調達による最大のメリットは、従業員の勤務先企業に対するオーナーシップ、自分事意識を高めることにあると思います。このことは、従業員の経営に対する意識を高めさせ、内部からガバナンスを高める効果にもつながると言えます。

10月15日の日経新聞で、「社員の気分を上げる経営」というタイトルの記事が掲載されました。同記事の一部を抜粋してみます。

経営者が直面するのは「物言う従業員」に限らない。「物言わぬ従業員」からも目を背けられない。米ギャラップが9月に公表した調査によると、米国では働く人の半数が「静かな退職者」だ。

実際に会社を辞めるのではない。行動を起こすほど強い不満はないが、仕事への熱意もない。最低限の業務をこなすだけ。

約130人が働くコンピュータ技研(大阪市)は、社員が自分の給与(年収)を自己申告して決める仕組みを20年から段階的に導入してきた。社員はまず、自分が業務や社風にどう貢献できるか、人生の目標とどう関わるかなどを専用シートに記載する。そういう自分に対する会社からの「投資」として給与額を求める。

シートの中身について社員とマネジャーが対話した後、松井佑介代表取締役とマネジャーによる投資準備委員会で各社員への投資の可否を判断する。認められれば松井氏と役員からなる投資委員会で最終決定だ。準備委員会を通るまで、社員はマネジャーと対話して納得のいく着地点を探す。

制度の導入後、社員の7割で年収がアップし、全社の人件費は三千数百万円増えたが、手応えもある。ずっと1~2%台だった営業利益率が4%を超えた。離職率も下がった。

「一部の社員に仕事へのオーナーシップが芽生えている」。詳しい分析はまだだが、松井氏はそうみる。顧客との価格交渉で安易な値引きに逃げないといった変化がある。「仕事は自分ごと」の気持ちが膨らんだのかもしれない。制度を通じ、社員についての発見もあるはずだ。どの会社も人的資本の熟知が今後の経営の核になる。

従業員が気分よく能力を発揮することで生まれる創造性をぬきに、企業の成長は望めないというシビアな現実が目の前にある。発想力やアイデアが決定的に重要となるソフト化・デジタル化した経済の必然だ。

「日本の会社員の熱意は世界最低レベル」だということが最近よく言われますが、上記記事を見ると改めて、それは日本企業特有の問題というわけではなさそうに見受けられます。米国でも同じで、企業経営を行ううえでどこでも起こりうる本質的な課題だと言えそうです。YKKの例や、上記記事中のコンピュータ技研の例は、その課題に対するアプローチの好例だと思います。

それらの例に共通しているのは、会社の成果・業績と自分の成果・業績が直結することを、制度として形にしている点です。その結果として、オーナーシップ(組織、課題、仕事に対して当事者意識を持って向き合う姿勢)が高まり、エンゲージメント(会社や仕事などに対する思い入れの度合い)が高まると考えられます。同記事中には、「詳しい分析はまだ」とありますが、自然に考えるとその仮説は正しいものと思われます。

「会社や仕事を自分事と思え」と叫ぶだけで、そう思うようになるわけではありません。やはり仕組みが必要です。自社では、従業員のオーナーシップを高める仕組みや取り組みがあるか。従業員の熱意が課題だと言われる中で、注目したい視点だと思います。

<まとめ>
制度面の仕組みを工夫して、オーナーシップを高める。


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