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長期賃上げの宣言

6月28日の日経新聞で「賃上げ継続、人に積極投資 AGCは30年まで 凸版も5年間決定 働きがい高める」というタイトルの記事が掲載されました。各社が賃上げの動きを強めていますが、そのことを改めて認識させる内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

物価上昇や人手不足感が強まる中、持続的な賃上げに向けた企業の動きが出始めている。総合素材大手のAGCは基本給を一律に底上げするベースアップを含む賃上げを2030年まで継続実施する方針を明らかにした。凸版印刷も今後5年の賃上げ継続を決めた。企業は当面の賃上げ持続を表明することで、優秀な人材を獲得すると同時に、従業員のエンゲージメント(働きがい)の向上にもつなげたい考えだ。

AGCは7月に2年連続で賃上げを実施する。賃上げ率は6.36%(うちベアと賃金改善分は3.35%)だ。14年ぶりにベアを実施した22年の賃上げ率(6.09%)と同水準を確保した。24年春入社の総合職の初任給も引き上げ、大卒では23年比4.2%増の27万1932円とした。

平井良典社長は「会社の成長には、来年以降も継続して賃上げしていくことが必要になる」とし、30年まで原則としてベアや賃金改善などで賃上げを持続する方針を明らかにした。賃上げ率については毎年、労働組合と交渉する。

企業向けビジネスが主体なだけに一般の知名度が限られ、人材確保への危機感が強い。22年7月のベア実施の効果もあり、24年春の新卒採用では応募者数が賃上げ前の23年春入社の採用と比べ1割以上増えている。「持続的成長のためには設備投資と同様に、人材への再投資が必要だ」(平井社長)と判断した。

23年春季交渉では高い賃上げ率で妥結した企業が相次いだ。連合がまとめた集計(6月1日時点)では、定期昇給を含めた賃上げ率は3.66%と、3%台後半の水準は1993年以来30年ぶりだ。物価上昇が続き、人手不足感も強まっているなか、24年以降も高い賃上げ率が継続するかに注目が集まっている。

凸版印刷は今後も継続的にベアを含んで4%の賃上げを実施する。同社は23年春に月額7000円のベアを実施した。定期昇給分と合わせた賃上げ率は4.3%で過去30年で最大だった。継続して賃上げすると、27年には賃金ベースで22年比約2割増える。グローバルな人材獲得競争の観点から賃上げの継続が必要と判断した。

同記事では、ゼンショーHDも30年までベアを行う宣言をしていることなども紹介していました。各社が賃上げする方針の積極的な発信は昨年以来よく聞くようになりましたが、今後7年間もの間ベースアップを宣言するといった長期的な約束の表明は、あまり見ないのではないでしょうか。

このことについて、2つの視点から考えてみます。ひとつは、従業員と従業員予備軍(これから求人への応募を考える可能性がある社会人や学生)への効果です。これは、とても大きいのではないかと考えます。

AGCや凸版印刷のような有力な上場企業(そうでなくても同じではありますが)は、一般株主による監視の目があります。表明した宣言を簡単に破るわけにはいきません。7年間もベースアップを約束するのは、人件費管理の観点からもたいへんなリスクです。まず、それができる財務状態と事業展望であろうということが言えます。そして、会社として従業員への還元意思を持っているということです。

そして、従業員が最も関心があるのは、「将来不安からの回避」ではないかと、私は考えます。今後7年間もの間具体的な収入増がイメージできることは、回避願望に大きく応えてくれます。明確な宣言をいち早く行ったことで、今後就職情報媒体などでも取り上げられると想定され、求職者にはプラスの影響を与えると考えられます。

もうひとつは、賃上げの動きが長期にわたるだろうということです。

賃上げは、自社としてどこまで可能か、自社の財務状態と相談しながら方針決定するのが基本原則です。そのうえで、求職者から自社を選んでもらうためには、他社の相場から外れた賃金水準に終始するわけにもいかず、外部の労働市場との競争が避けて通れません。

よって、一部の有力企業が始めた長期にわたる宣言は、多くの企業に追随する動きを促し、賃上げを迫る結果になるはずです。

企業によっては、「円安と物価高の動きは一時的なものかもしれない。今期は一時的な物価手当や賞与での還元でまず様子見」という判断だと聞くことがあります。その判断が必ずしも間違っているわけではありません。しかし、多くの企業で相応の賃上げが長期間継続する前提のシナリオが出始めている点を考慮した上で、自社の方針を考えるべき状況になってきているということです。

長期賃上げ宣言をした企業の、今後の採用ブランドがどのように変わっていくのか、注目してみたいと思います。

<まとめ>
長期間にわたる賃上げ宣言は、従業員の将来不安を和らげる効果がある。

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