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実質賃金の上昇

仕事でご一緒する機会がある中小企業の方とのお話で、賃上げについて話題になることが増えました。各社どれぐらい賃上げしているのか、それも参考にしながら自社でもどれぐらい賃上げするのが相応しいかを決めて取り組むことが、以前に増して重要な課題になっています。

コロナ禍前までの数年間は、「他社はどれぐらい賃上げしているのか」という質問に対しては、「年によっても違うがだいたい2%前後」と言い続けていればほぼ十分でしたが、明らかに状況が変わってきています。

5月24日の日経新聞で「実質賃金、年度内プラスへ」というタイトルの記事が掲載されました。同記事の一部を抜粋してみます。

モノやサービスを実際にどれくらい買えるかを示す実質賃金が2023年度後半に前年度比でプラスになる見通しだ。物価高が落ち着く一方で30年ぶりの高水準となった賃上げが底上げする。賃上げが続くには、デジタル技術による生産性改善や中小企業が価格転嫁できる環境整備が欠かせない。

厚生労働省は23日、物価変動の影響を除いた実質賃金が22年度に前年度比1.8%減ったと発表した。マイナスは2年ぶり。マイナス幅は消費増税の影響があった14年度の2.9%減以来の大きさだ。21年度は0.5%プラスで19、20年度はマイナスだった。

実質賃金は、労働者が給与からどれだけのモノやサービスを買えるかを示す。物価が上がればマイナス方向に、物価が下がればプラス方向に動く。その動向は日本経済で大きなシェアを占める個人消費を左右する。

22年度は新型コロナウイルス禍からの経済回復などで、額面にあたる名目の現金給与総額は増えた。一方でエネルギーや食料品などの物価の上昇が給与総額の伸びを上回り、賃金は目減りした。

値上がりは幅広い分野で続いている。23年度前半も名目賃金の上昇が物価高に押され、実質賃金はマイナスになりそうだ。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査部長は「賃上げ効果や物価上昇率の鈍化が見込まれる23年度後半に実質賃金はプラスに転じる」とみる。

連合によると、23年の賃上げ率は5月8日時点の集計で3.67%と30年ぶりの高い水準だ。半面、物価高は輸入物価の上昇一服や、22年度の高い上昇率の反動から年度後半には和らぐ見込みだ。

賃上げを中小企業にも波及させるには必要な費用を適切に価格に転嫁させることが重要になる。

中小製造業の労働組合などでつくるJAMによると、価格転嫁は十分ではなく賃上げも企業間でばらつきがある。安河内賢弘会長は「コスト転嫁が遅かった自動車関連を中心に価格転嫁が進展する必要がある」と語る。

同記事で紹介された賃上げ率は、次の通りとなっていました。

<経団連>
大企業:2022年2.35%、2023年3.91%
中小企業:2022年1.92%、2023年不明

<日経調査>
大企業:2022年2.28%、2023年3.89%
中小企業:2022年2.19%、2023年3.57%

<連合>
大企業:2022年2.11%、2023年3.70%
中小企業:2022年2.02%、2023年3.35%

中小企業では、上記の調査対象外の企業も多く、そうした企業は上記未満の賃上げ率のところも多いのではないかと想定されます。他の調査で中小企業では2%台という数値を見かけることもあります。ですので、中小企業全体では上記より少し控えめに見積もったほうがよいかもしれませんが、いずれにしても2023年は2022年までを上回って日本としては近年にない高い賃上げ率になりそうです。

上記から2つのことを考えてみます。ひとつは、今後実質賃金が上昇するトレンドが続くかもしれないということです。

同記事の指摘の通り、日本では企業の仕入れや経費の上昇分を、売値の価格に転嫁できていません。国内企業物価指数前年比(左)と消費者物価指数(生鮮除く総合)前年比(右)は、以下の通りです。企業の卸売物価は下がってきています。

1月:9.5%、4.2%
2月:8.3%、3.1%
3月:7.2%、3.1%

米国の卸売価指数前年比(左)と消費者物価指数前年比(右)は、以下の通りです。米国をはじめ他国でも、一時期10%を超えるような上げ方をしていた卸売物価が、かなり落ち着いてきています。一方で、消費者物価は下げ止まっています。

1月:5.9%、6.4%
2月:4.9%、6.0%
3月:2.7%、5.0%

米国でも例えば、1年前の2022年3月は11.7%、8.5%で、価格転嫁ができていなかった時期がありました。これが、今では消費者への価格転嫁と卸売物価の上昇が逆転し、しっかりと利益が出せるようになっています。

今後の日本の卸売物価は、資源価格の上昇や為替の動向に左右される輸入物価次第の面があり確実なことは読めませんが、他国の物価がある程度沈静化していることを踏まえると、さらに落ち着いてくる展開が想定されます。

一方で、長い間インフレという概念がなく、物価は変わらないものだという認識だった日本経済でも、物価は上がっていくものだという感覚に変わりつつあります。

日本企業においては、これまで消費者物価に価格転嫁しきれずに、利益を削りながらやりくりしていました。ここからは、米国の流れの一歩遅れのタイミングで、利益を確保する必要があります。物価上昇が常識となってきているわけですので、これまでのようなペースの値上げを続けるかはともかく、利益を犠牲にしてまでの価格据え置き、ましてや値下げは必要ないとも言えます。

だとすると、消費者物価が相応の上昇を続けながら、利益の一部から新たに賃上げ(人件費)に回す余力が出てくるということになります。その結果、恒常的な賃上げが可能となり、実質賃金がプラスで推移するかもしれません。そうなると、消費余力が増えて、経済環境全体が上向く状態となるかもしれません。

もうひとつは、上記も踏まえて自社にとっての適正な賃上げ率を見出していくべきだということです。

賃上げは長期にわたる人件費押し上げ要因になります。企業が適正な利益を確保し存続していくために、無計画な賃上げはできません。今後の市場の想定、それを踏まえての販売戦略、販売見通しから、自社の体力としてどれぐらいの賃上げが可能か見定める必要があります。

他方で、実質賃金が上がり利益も確保しやすい環境が進めば、他社が今までと相応程度の賃上げ率を維持していく可能性もあります。例えば、他社が3%程度の賃上げを行う中自社が賃上げ見送りを続けると、3年間で1割の賃金差がつくことになります。これでは、採用にかなりの悪影響があるはずです。また、消費者物価を下回る賃上げは、従業員の生活力を下げてしまうことになるという認識も大切です。

自社の内部環境で可能な人件費・賃上げ計画を組みながらも、外部の人件費・賃上げ動向に従来以上に敏感になるべき環境が、当面続きそうです。

<まとめ>
当面は賃上げ相場を従来以上に気にしながら、自社の賃上げ率を判断する。

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