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早期退職募集増加を考える

3月6日の日経新聞で「早期退職募集が昨年超え 上場企業、資生堂は国内1500人 迫られる賃上げで構造改革 若年に拡大、雇用流動化」というタイトルの記事が掲載されました。2024年の2月までの2か月間で、上場企業の早期退職の募集人数が23年通年分を既に1割上回ったということです。

同記事の一部を抜粋してみます。

東京商工リサーチの集計によると、上場企業が24年2月末までに募集した早期・希望退職者は14社の計3613人(応募人数含む)だった。23年通年は41社の3161人で、わずか2カ月で超えた。募集人数規模でみると、23年は100~299人が最多で22%を占め1000人以上の募集はゼロだったが、24年はすでに1000人以上の募集が2社となった。大企業による構造改革を伴う大規模募集が増える。

資生堂は2月末、国内事業を手掛ける子会社の資生堂ジャパンで約1500人を募集することを明らかにした。1000人規模で募集した05年以来の大規模な動きだ。23年12月期の日本事業のコア営業利益率は0.7%と中国(2.8%)や米州(9.7%)より低い。24年12月期の連結純利益は前期比微増で、収益性を高めるために構造改革に動く。

日本で早期退職の募集が増えるきっかけとなったのは、11年の東日本大震災や20年の新型コロナウイルス禍による景気低迷の影響で企業業績が大幅に悪化したタイミングだった。今回は背景が大きく異なる。

24年は歴史的株高に沸き、インバウンド(訪日客)需要拡大で国内景気は上向きだ。早期退職の募集を明らかにした14社で、業績予想を開示していない企業を除き今期の最終損益が黒字予想の企業は9割に上った。

黒字でも人員削減を進める企業が急増しているのは、インフレ型経済への移行で持続的な賃上げが焦点となり、日本企業が雇用人員の適正化を進めていることが要因にある。低収益事業を縮小・解消し生産性を向上しなければ、高い賃上げ率を維持することが大企業でも難しくなっている。

早期退職を募集した企業を業種別で分析すると、この傾向がよくわかる。全体の6割をソニーグループやオムロンなど製造業が占めた。電気機器や精密機器などエレクトロニクス関連や機械、化学産業が目立つ。23年は情報通信業が3割弱を占め最多だった。

近年の早期募集で特徴的なのが、対象が若年層に広がっている点だ。過去10年の募集状況を対象年齢別に分析すると、23年は対象年齢が判別した30件のうち、29歳以下を含む、もしくは年齢制限がない募集が社数ベースで初めて4割を超えた。

17年以降は40歳以上の募集が7割以上で推移していた。日本の早期・希望退職の募集はミドルシニア社員を対象とする枠組みが多かったが、その前提が崩れつつある。

雇用慣行に詳しい日本総合研究所の安井洋輔主任研究員は「日本企業がより転職しやすい若手層にも間口を広げて早期退職を募集することで、雇用の流動化が一段と進む可能性もある」とみる。

パーソルキャリアなど人材紹介大手3社の実績をまとめた転職動向調査によると、25歳以下の若手社員の転職紹介数は22年4~9月期に前年同期比42%増と年齢別で最も高い伸び率だった。足元でも全体平均を上回る伸び率で推移し、若年層が転職しやすい状況だ。

同記事にも言及がある通り、雇用の流動化がさらに進んでいくことを示唆している内容だと考えます。

これまで、早期退職募集は中高年層を対象としたものが中心でした。

日本企業の典型的な雇用慣行は、一度社員となった人材は長期間の勤続を前提とし、社内での最適な活躍の場やそれにつながる職能を模索しながら、配置や職務内容の転換を行っていくものです。役職定年制度で、雇用自体の定年前に賃金が下がる仕組みも一部ありますが、社員全体の中では限定的です。基本的には、一度上がった賃金は下がりません。

若手人材であれば、今これといった成果創出をしていなくても、将来的な活躍や職能の発揮を期待することで、賃金のさほど高くない当面の間はそのまま雇用するという考え方が主流でした。しかしながら、中高年層になると、将来的な活躍や職能の発揮を、長期の視点で見ることは無理が出てきます。

よって、賃金が高止まりしている中高年層に対しては、さらなる成果創出を期待するか、優遇措置をつけての早期退職の提案をするかし、後者を選んだ一定数分の人件費の余力で若手の募集や登用に充てるという方法がなされるようになってきました。

この早期退職の提案を以前に増して、それも若手世代も含めて全世代に行おうとする動きが出ている、というのが同記事の内容です。

個人的には、悪くない取り組みだと考えます。

世代に関係なく、職場や仕事とのミスマッチを感じる人材に対して、積極的にキャリアについて考える選択肢を増やすことにつながるためです。日本は、ジョブのミスマッチを要因とする解雇が一般的ではないため、早期退職の勧奨だと今すぐの導入には難がありそうですが、希望ベースの早期退職募集であれば選ぶのは本人の自由です。そうした混乱もないでしょう。

この動きにも関連しますが、雇用する企業の側も雇用される社員の側も、ジョブのマッチングに対してより能動的に向き合うことが、今後求められていくと想像します。

企業側としては、「早期退職募集をしたものの、残ってほしいと考える人材ばかりに手を挙げられてしまった」という結果もあり得ます。人材の流動化が進むということは、当然ながら残ってほしいと考える人材も流動化しやすくなるということです。残ってほしい人材に対して、適したジョブのマッチングとやりがいのある職場環境を日常的に提供することが、ますます求められると言えます。

社員側としては、賃金や賃上げも一律ではなく、多様化が進むことに向き合うことが求められるかもしれません。

同記事の背景には、各社が今試行錯誤している賃上げ、それに伴う人件費の上昇があります。賃上げの動きは、現在の水準かどうかはともかく、今後も継続して進んでいくことが想定されます。

それを受けて企業としては、総額人件費のコントロールを、これまで以上に注力して行う必要があります。例えば、賃金を払って厚遇するべき人材には賃上げをより積極的に行い、そうでなければ据え置きといった対応も一層出てきそうです。

よく「賃上げ=ベースアップ+定期昇給」で語られますが、ベースアップは物価上昇に合わせたもの、定期昇給は当該人材に対する期待値の上昇に見合う還元だと考えることができます。

期待値の上昇というのは、組織から見た「個人が今後生み出すことを期待できる付加価値の上昇」です。「来期は今期以上に成果を上げてくれるだろう」ということです。成果ではなく能力主義に基づく賃金制度の場合は、「来期は今期以上に、会社が求める能力を身につけ発揮してくれるだろう」ということです。よって、理屈上は、「来期に今期以上の成果や行動、能力の変化が何も見込めない場合は、昇給させる必要がない」ということになります。

とはいえ、日本企業の雇用慣行としては、成果創出や能力発揮の程度に応じて差分はつけながらも、成果や能力がほとんど高まらない人材に対しても、年度初めに何らかの昇給は行うところがほとんどでした。これを定期昇給と呼んでいたわけです。

今後は、その「定期」の概念がなくなっていくことも想定されます。今期も来期も担当する成果創出や職務内容、職能発揮の期待値が同じなら、物価に連動するベースアップはともかくとして、期待値の変化に連動した昇給は行わず、その人件費は期待値が上がっている人材や新たに社外から獲得する人材に充てようという考え方です。私の見聞きする企業の間でも、そうした動きを進める、あるいは検討するという話を聞くことが増えています。

2年前あたりまでは、「定期昇給はあるがベースアップはない」が、賃上げ関連の聞く話としては中心でした。これからは、「ベースアップはあるが定期昇給はない」という話が増えていくかもしれないと思います。

企業側も個人の側も、雇用や賃金に対してより能動的に向き合う必要性が高まることを、早期退職募集の増加という事象からは感じた次第です。

<まとめ>
早期退職募集は人材の流動化を促し、それに伴って賃金・賃上げの制度の多様化を招くかもしれない。

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