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優しい空気を纏う人たち

この街には防災訓練があるらしい。朝の9時前に坂を登り、高台へと向かう。新井の皆さんが集まっていた。ここからの景色が好きでMVに使ったり、花火を見たりした。ここが一時避難所になるようだ。それから魚市場へ移動して、AEDの使い方を教わったり、水を入れれば食べられる保存食の米をもらったりした。100年前の関東大震災で伊東市も津波被害に遭い、今でもこうして対策を行っている。海の近くに住めば、そういった災害に遭う可能性はあるだろう。引っ越す前は身内に心配されたりもした。でもどこに住んでいたって起きる現象が違うだけで、自分ではどうにもできない事態は起きる。1番避けるべきはこんなはずじゃなかったと後悔することで、必要なのは何が起きてもいいという自分自身への納得ではないかと思っている。新井地区の集まりや夏祭り、風景画展を通して少しずつ知り合いも増え、魚市場では色んな方から声をかけてもらった。この街へ繋がりができ始めている感じがして嬉しい。


そこへたまたま釣りへ来ていたおじちゃん。ご近所さんと一緒に声をかけてみた。たくさん釣れていたみたいだけど、まだ小さいため海へ逃がしていく。子供を逃がす優しさと、大きくなってから食べる残酷さ。人間は食物連鎖の中には入らないという説もあるらしいけど、自分たちは常に目に見えない循環の中にいるのだと、この街へ来てから意識するようになった。自分だけ上へ立とうとしたり、もらったものを止めたりすると空気の流れが悪くなり、よくないものが滞留する。私たちは無数の連鎖の中で結びつけられていて、そこから外れることは決してできない。だからこんがらがらないように常に流すようにしておくと、何にもしていないのに上手くいくようになる。感覚的なもので論理的には説明できないのだけど、どうやら世界はそういう風にできているらしい。

おじちゃんの奥さんは身体を悪くしてしまい、毎日温泉へ入れるようにするために伊東へ引っ越してきたそうだ。今ではすっかり元気になったらしい。確かにこの街の人たちは毎日温泉に入っているからかお肌が綺麗で、皆んな元気だ。今度遊びにおいでといきなりのご招待を受ける。その前に絵を描かせてもらいたいからモデルになってほしいとお願いすると、快諾してくれた。魚市場からは、伊東の市街地を包むように広がる海と山が一望できる。ここならいつまでも釣り竿を垂らしたくなってしまうだろう。描いたらまたここへ見せに来ると約束した。


風景画展で売れた絵の発送をするために、資材を買いにホームセンターへ向かった。ホームセンターは山の中腹にあり、自転車でそこまで行くのはなかなかいい運動になる。でも自転車へ資材をくくりつけた時は、いい加減燃料で動く乗り物が欲しくなった。その姿を見て旅人だと勘違いしたようで、どこから来たんですか〜?と聞かれた。それでも自転車でなければ見えない景色がたくさんあって、今回も気になる風景を度々見つけては自転車を止め、写真に収めておいた。バイクや車だったら早すぎてまず通り過ぎていただろう。私の風景画は、日頃から自転車に乗っているおかげでもある。


旅人のような資材をくくりつけたまま、紹介されて以前から気になっていた「本と音楽の店 つぐみ」へ立ち寄った。自転車で来たんですか?と聞かれる。もはやレアキャラである。店長のなほちゃんは私と同じく移住者で、さらには同い年。この街でタメに会ったのは初めてだ。伊東の海のように優しくて、ふんわりとした空気が店全体に漂う。そういう空気感の人が集まってくるのか、この街へ来るとそうなるのかは分からないけれど、皆んな同じような空気を纏っているように感じる。

ここへ来てから誰かと比べたりしなくなった、というなほちゃんの言葉には共感しかなかった。やっぱり田舎だし、時間の流れがゆっくりしているから皆んながマイペースなのもあるけれど、それが1番の理由ではないと思っている。この街には自然という圧倒的に大きな存在が常に側にあって、自分はなんてちっぽけな存在なのだろうと思わせてくれるのだ。比較や妬みなどの行為は、似たもの同士の間でしか生まれない。周りに同業者や、もっと大きな括りで言えば人間しかいなければ、本能としてそれらの行為は勝手に発動してしまうだろう。だから自分は大したことのない存在なのだと確認できる場所へ身を置くのは、とても大事だと感じている。それは決して自分を卑下するものではない。さっきも言ったように、循環の中の一部だと認識するような感覚だ。

1つ1つこだわって選び抜かれた商品の中から今回は雑貨を購入し、店を後にした。また色んな繋がりを感じられて、心が穏やかに温まる。

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