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アル・カポネと会計士

新型コロナウイルス災禍の話。

政府の休業補償が煮詰まる前に、ポツポツと、自分の周りの藤沢の飲食店が廃業や移転を決めはじめた。

いよいよ日常が壊れ始めたと感じる。週末の午後、こういう事態にあって、なにか参考になるものはないかと書庫を眺めていたら赤い背表紙の「民間防衛」が目に止まった。

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この本はスイス政府が国民一人一人に配っている「有事の教科書」とも呼べる本で、わかりやすい章立て構成とイラスト等で「情報戦」や「核戦争」といった、おおよそわれわれの縁遠い世界のことをつらつらと解説してある。

スイスは永世中立国家で、平和なイメージがあるが実は国民皆兵制度を敷いている。ある意味、平和に対して非常にリアリズムをもって対峙している国といえる。
三浦の記憶を紐解けば、確かもともと牧羊くらいしか産業のなかった国として、アルプスの山岳地帯で生活している頑強で強固な意志をもつスイス人自らを「傭兵」として輸出したという。しかしある日、外国の戦場の最前線に立たされた「スイス人同士」が殺し合いをするという悲劇があり、スイスは憲法で傭兵の輸出禁止を決めた。そして戦争に巻き込まれないためにどの国とも与しない「永世中立国」を名乗り、さらに万が一侵略を受けた時にどの国からも助けてもらう必要がないくらいに「強いスイス」を作ることを目的に、国民皆兵制度を敷いた。

そんなスイスの有事の教科書「民間防衛」においても、生物兵器・バイオ兵器の欄はあっても『新型感染症についての対策』のページは見つからなかった。しかし、ある一文が目にとまり、そのページで5分くらい、天を仰いで考えてしまった。曰く、

 遅かれ早かれ、われわれが巻き込まれるこの戦争について想像してみよう。
 戦争は、残虐、破壊、死、そして火によって、そのすべての重圧をわれわれに加えてくるだろう。その強さ、残忍さは筆舌に尽くせない。
 それは、われわれを容赦なく踏みにじるだろう。戦争は、嵐が草木を打ちのめすように、われわれを打ちのめすだろう。
 持ちこたえなければならないのは軍隊だけではない。全国民は、軍隊の背後で抵抗しなければならない。軍隊は、その背後に国民の不屈の決意があることを感じた時、初めてその任務を完全に遂行できるのだ。(「スイス民間防衛」-211ページより)

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日本には軍隊がない。
今回の新型コロナウイルスとの戦いにおいては、その代替となる自衛隊がその役を担う立場にはない。なので、きっとこの一文の「軍隊」と差し替えられるべきは「政府」なのではないか。

つまりは、

“政府は、その背後に国民の不屈の決意があることを感じた時、初めてその任務を完全に遂行できるのだ。”

と。

しかし実体として、「政府」はきっと、われわれ国民のことを信頼していないのだと感じる。給付金の変遷もそうだし、今回の緊急事態宣言を受けての休業補償の煮詰まらなさは特に、なんとか悪意の『ちょろまかし』を防ごうというきらいがある。『休業補償は出す。ただ、政府も全額補償をするのは財政上厳しいから、廃業しないでなんとか維持できるギリギリの金額を自己申告してくれる?』政府がそう言って全ての事業主が『ガッテン!』とその通りのギリギリの金額を提示するという信頼があれば、もっと大胆な策が打てたのかもしれない。けれど、そんな信頼という結果を得られるほどに、逆にわれわれはこれまで政府を信頼していただろうか? マスコミの偏った報道や、出所不明の情報や、大局を見失うような些末な出来事に踊らされて、無意味に政府批判を繰り返してはこなかっただろうか?

1920年代のアメリカ・シカゴを牛耳っていたアル・カポネを捕まえるために、シカゴ市警はまずお抱えの会計士から揺さぶった。「これからカポネを取り調べるが、カポネも会計士のお前も二人とも黙秘を続けたら、別件容疑で二人とも懲役3年だ。だがお前が白状すればカポネだけ懲役10年でお前は釈放してやる。逆にカポネが白状してお前が黙秘してたらお前だけ懲役10年。二人とも白状した場合は二人とも懲役6年だ」。これはのちに有名な『囚人のジレンマ』として心理学の教科書にも載ることになるわけだけど、本来得なのは二人とも相手を信頼して黙秘を続けること。だけど、「相手が自分を裏切って先に自白してしまうのではないか」、との意識が働き、結局二人とも自分だけ助かろうとして全て自白してしまったというオチ。

緊急事態宣言意以後、新型コロナウイルスの流行拡大を防ぐため人との接触を8割減らすことが求められている。しかしその8割を達成するという「不屈の決意がある」姿を国民総出で示せているだろうか? カポネと会計士のように、国民と政府が疑心暗鬼の関係性になってはいないだろうか。
自由主義国家の社会において、スイスのような強固な連帯を夢見るのは理想論なのだろうか(そんなスイスでもいろいろ批判はあるようだけど)。
中国やインドのように、秩序を乱すものを鞭打つことでしか、この目的は達成し得ないのだろうか。

夢物語。
願わくば、この混乱の最中にあっても、専門家の示す「接触8割減」を達成し、のちに「日本の奇跡」と呼ばれるような未来があることを信じたい。そのためにまずわれわれがあらためてすべき行動は究極的にシンプルで、政府を信じ、医療従事者を信じ、未来を信じ、「行動をしない」という行動をすることなのだろう。

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