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「直感」で行ったパラグアイが人生を変える:藤掛ゼミ1期生 田才諒哉(たさい りょうや)

 みなさん、こんにちは!藤掛研究室1期生の田才諒哉です。卒業生も含めた研究室のメンバーによるnoteがスタートするということで、僭越ながらトップバッターを務めさせていただきます。

「直感」で選んだ国際協力ゼミ

 僕が藤掛ゼミに入ったのは、本当に「なんか楽しそう」だからでした。もともと国際協力にはまったく関心がなかったですし、高校も理系でしたし、なんで藤掛ゼミに入ったかといえば、先生と初めて会ったときに、堅苦しいものだと思っていた「国際協力」を楽しく語っている姿が印象的で、この先生と一緒に勉強してみたいと思った「直感」だけで選びました。

 ゼミに入って初めて国際協力というものを学んで、あまりにも自分が世界のことを知らなすぎたことを痛感しました。この頃一度もいわゆる途上国に行ったことがなかったので、文献を読むだけではなく、現場に行って自分の五感で感じたいと強く思いました。そこから先生のおかげでたくさんの機会に恵まれ、最高な仲間たちにも支えられながら、本当に貴重な経験をさせていただきました。間違いなく日本で一番幸せなゼミだったと思います。

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人生を変えたパラグアイ渡航

 そしてやはり一番僕の人生を変えたのは初めてのパラグアイ渡航でした。僕はずっと本気で学校建設をしたいと思っていましたし(最初に学生で言い出したのもたぶん僕ですし)、やっと現場に行けるワクワクが最初はありました。でも、実際にパラグアイの農村に行ってみて、なにが正しいのかまったくわからなくなりました。「学校をつくることは本当に必要なのか」「教育は大事だけど、今この場所では教育が最優先なことなのか」「村人はどこまで本気なのか」「そもそも自分たちの自己満なんじゃないか」、いろんな想いが交錯して、うまく言語化もできず、もやもやし、そして今でも正直なにが正しいのかわからないままなのですが、正直僕にはパラグアイの人たちの方が幸せそうに見えました。いつも笑顔でテレレをまわしてくれ、家族のことを一番に考える。なんでこんなに幸せなのに、なんで僕たちは学校建設なんかしてるんだろうって思いました。国際協力ってなんなんだろうって、その答えがわからなくて、知りたかったから、この初めてのパラグアイ渡航で、将来も国際協力に関わる仕事がしたいと思ったのだと思います。

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農村部でぬかるんだ赤土道にはまった車を押す渡航メンバー

 それから僕は休学してパラグアイに行く選択をしました。結論からいえば、なにも現地には残せなかったですし、本当に自分の力不足でした。ただただ時間がすぎていくだけの時間をすごしていたときもあったなって今は思います。強いていえば、この期間でパラグアイへの愛が深まりました(笑)。パラグアイで出会った友人には本当に助けられましたし、地球で一番遠い距離をこうして出会った友情でつながっているって、かけがえのないものだと思います。日系人の方々は本当に優秀で、人間としても素晴らしい方ばかりで、刺激を受けてばかりでした。これからも人生をかけて日系人の方やパラグアイとはつながっていたいと思っています。

田才さんがゼミで学んだこと

 振り返ってみて、ゼミで学んだことってなんだろうって思ったときに、本当にたくさんの学びと貴重な経験と世界中の人たちとのつながりを得たのですが、僕は「すべての人とまっさらに接することができるようになったこと」だと思います。堅苦しくいえば「人類みな平等」というところでしょうか。それはアジアやアフリカ、南米などたくさんの人たちと触れ合えたことも大きかったと思いますが、どんな人もかけがえのない素晴らしい人生を送っていること、どんな文化や価値観も偉大なものであり、自分と違うからそこで壁をつくるのではなく、自分と違うからこそ、自分にはない素敵な考えや生き方をしている方々がいるんだと。

 藤掛先生に何度も何度も「人の気持ち」や「人への感謝」を考えられていない場面を指摘されて、ゼミに入りたての若かりし頃は、そんな細かいところまで、、と思ったことも正直ありましたが、でも細かすぎるくらいの人への配慮と感謝を感じることができること、生きていく上でとってもとっても大切なことだと今は心から思っています。先生に何度も指摘される中で、まだ不十分ではありますが、少しずつ人への配慮と感謝を自然に体現できるようになってきたかなと思っています。

サントドミンゴ小学校

 今の世の中って、排除されている人やモノばかりな気がしますが、藤掛先生のどんな人でも排除しない精神というか、そこからの学びは本当に大きかったです。だから僕もどんな人生を送っている人もどんな考えの人も絶対に排除したくないと思いましたし、みんなが幸せになる権利があって、みんなが笑顔でいられる権利があって、幻想的な理想かもしれませんが、そんな社会になるようにこれからは自分の力を使っていきたいと思っています。

 僕にできることってなんだろうと思ったときに、なにかの専門的な知識があるわけでもないし、語学も堪能なわけでもないし、本当になんにもできないなあと思っていたのですが、藤掛先生から学ばせていただいた「人への配慮や感謝をしすぎるくらいしすぎること」がもっとしっかりできるようになれば、きっと誰かの人生や社会を「もっと幸せに」「もっと笑顔に」することはできるかもしれないし、僕は道路や井戸は作れませんが、みんなの笑顔は作れると思ったので、「笑顔をつくる国際協力」をモットーに頑張っていこうと思います。藤掛ゼミの仲間とも、たくさん思い出がありますが、いつも笑顔で楽しくすごしていたなとぱっと思うくらいだから、みんな誰かを笑顔にしたり喜ばせる天才なのでしょう。

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 藤掛ゼミに入れたことが人生で最大の成功だったと思っているので、これからもそのときのきっかけと同じように「なんか楽しい」ことに「直感」で取り組んでいこうかと思っていますが、きっと僕は、藤掛先生やゼミの仲間との出会いで「良い直感」が働くようになったと信じているので、今まで以上に成長して、藤掛先生やゼミの仲間や社会に恩返しができるように、自分らしく頑張っていきます。

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