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井登友一『サービスデザイン思考』(2022年)を読んで。

非常に分かりやすく「デザイン思考」の先にある新しい概念を紹介している。確かに、複雑な課題を解決するために、使い古されているマーケットイン発想やデザイン思考には限界がある。「すでに自社では顧客重視ですよ」という企業がほとんどである。もはや、副題ともなっている「モノづくりから、コトづくりへ」を超えた先にある事を考えていかねばならないフェーズにあるのだろう。

また本書は新しい概念の紹介だけではない。具体的にどうすれば、デザイン思考を回せるのか、その先にある概念にリーチすることができるのか。そのヒントが述べられている。手法そのものは従来のものをコラージュしたものにすぎないかもしれないが、全体を通して見ると、デザイン思考の先にある新しい意味の創造へのアプローチにつながる。
著者自身が起業家なので、取り上げられている内容や事例は現場感と再現性があるように感じる。

本書を読む前に、ロベルト・ベルガンティの『突破するデザイン』を読んでおくと、より深く理解が深まると思う。良書である。

◇ 気になった個所

マンズィーニは著書の『日々の政治』(ビー・エヌ・エヌ新社)の中で、「デザインとは、『実用的な機能(問題解決)』と『意味(意味づけ)』の両方の観点から、ものごとのあり方を批判的に検討し、どのようになってほしいかを思い描き、その実現過程に使えるシステムとツールを身近に得ることだ」と言っています。つまりデザインとは、現状の問題を機能的・合理的に解決することだけでなく、ひとや社会をもっと良い状態にしてくれるものごとはなにか、世の中がより幸福になるためになにが必要なのかを深く考え、カタチにしていく実践活動だということです。

(p15-16)

マンズィーニは、次の四つの能力をデザイン能力だとしています。
①批判的思考(ぼくたちの現状の状況では受け入れられないものを理解できる)
②創造性(ものごとがどうなっていくのかを構想する)
③分析能力(利用できるシステムやリソースの限界を正しく理解し評価する)
④実践的思考(システムの制限範囲内で利用可能なリソースを最大限に活用して、構想を実行に移す)

(p16)

ひとや社会は、意識をしていないとついつい日々のルーティンに流されてしまうことについてもマンズィーニは指摘しています。そのような他の選択の自由がないガチガチの慣習に縛られた行動や発想を無意識にしてしまう「慣習モード」から脱して、本来の問題に目を向け、新たな意味や可能性を探求し、行動する原動力となってくれる「デザインモード」こそが、わたしたちがより良い状態になっていくために必要なことだと言います。

(p17)

企業にとってビジネスとは、製品を顧客に「売り切る」一時的なものから、「良い体験を提供し続ける」継続的なものへと変わりつつあるのです。

(p19)

サービスデザインとは、顧客が自覚していないレベルのニーズや欲求に対して、顧客との共創関係のもと価値を提案し、良い関係を持続する仕組みを持った製品・サービスを創りだすこと、それによって、自社と顧客の双方のみならず、多様なステイクホルダーで価値を共有し、循環できるビジネスの実現をめざすもの。

(p20)

つまりサービスとは、製品を通して企業とユーザーが関わり合う中でお互いに価値を生み出していくプロセスそのものなのです。

(p40)

デザイン思考とは何か、を一言で表すなら「デザイン的なものの考え方を誰もが実践しやすいフレームワークとして体系化したもの」だと言えます。

(p50)
(p61)

社会が生産性や効率性をもっとも重要なことだと考え、近代化=工業化をめざしていた時代には製品のもつ「機能」にこそ価値があったのですが、技術の進化によって高機能化・多機能化が飽和状態になり、経験経済の時代に変化した現在では大きく様変わりしました。ひとびとは機能的な便益以上に、自分にとって特別な意味のある、目に見えない「経験」に価値を感じるようになったからです。しかし、「目に見えない良い経験」はそれがひとびとに経験されない限り実感されることはありません。だからこそ、目に見えない経験価値を予期させたり、自分にとって意味のあるものだ、と認知させるための「目に見えるモノ」が重要な役割を担うのです。

(p66-67)

ひとは必要があるから製品やサービスを使うのではなく、製品やサービスを使うことを通して、後付けでそれらを使う「意味」や「必要性」をつくりだしている、とも言えるのです。

(p68)

皆さんは、一般的なひとが普段自分が関わっている製品やサービスについて、はっきりと言葉で語ることができるニーズや問題はどの程度あると思いますか? 驚くべきことに。ハーバード大学経営大学院の名誉教授であるジェラルド・ザルトマンの研究によると、たった五パーセント程度なんだそうです。つまり、多くのひとは本来自分が持っているであろう欲求や不満のほとんどを、言葉にして説明することができないのです。

(p75)

ユーザー自身が自覚できていないニーズやどこかで自覚しながらも無意識に諦めている問題に切り込んでいくことが、単なる顧客満足を超えた「顧客体験の革新」を生み出す道筋になるのです。

(p77)
(p83)

KA法とは、紀文食品で現在チーフ・マーケティング・アドバイザーを務める浅野和実氏が考案した価値抽出方法で、グラウンデッド・セオリー・アプローチと呼ばれる社会学領域で用いられる質的解釈のための分析方法を、浅田氏が著書『図解でわかる商品開発マーケティング』(日本能率協会マネジメントセンター)の中で、製品開発やマーケティング企画の領域で使いやすいようにアレンジしたものです。
具体的な手順は、まず最初に複雑なコンテクストを背後に持っている発言などの事実から、ユーザーの「心の声」を前後の会話や文脈から解釈・推測するところから始めていきます。そして、そのように推測した「心の声」が求めているであろう「価値」はなにかを考え「〇〇という価値」という表現で言語化します。このように段階を踏んで変換していくことで、その場の文脈を理解していないひとには解釈できない質的な情報の意味を丁寧に翻訳し、誰もが理解不可能な本質的な「価値」を明確化する方法です。

(p118-119)
(p121)
(p124)

個々の価値についての意味を深く理解しつつ、会地の全体像を俯瞰的に見渡せるようになってくると、ひとつひとつの価値がつながって見えてくる瞬間が訪れる時があります。その瞬間、まるで統合価値マップの中に、有機的に価値のつながりで構成された「人格」のようなものが浮かび上がってくるのです。しかもその「人格」は一つとは限りません。ひとりの人間の中にもいくつかの顔があるように多様な価値観を持った複数の人格が立ち現れることもあるのです。

(p127-128)

もっとも大切なユーザーであるペルソナが定義できたら次にやるべきことは、ペルソナを主人公とする製品・サービスとの幸せな関わり合いの旅を描きだすことです。このような手法をサービスデザインでは「カスタマージャーニー」、そしてビジュアルにアウトプットしたツールを「カスタマージャーニーマップ」と呼びます。

(p136)

カスタマージャーニーマップは、リサーチによって明らかになった現状の姿(As-Is)を描きだし、問題点や課題を発見することで解決策を発想するパターンと、リサーチで得られた発見をもとにした仮説によって理想の姿(To-Be)を発想し、その理想の世界を実現するために必要なアイデアを発想するパターンの二つがあります。
前者は、主に既存の製品やサービスのユーザー中心発想による改良・改善に有効で、後者は既存製品が顧客にもたらす意味を根本的に革新したい場合や、今はまだない製品やサービスを一から考えるプロジェクトなどに向いています。

(p137-140)

「今あるもの」を、市場ニーズを起点により良くすることはできるけれども、世の中に「まだないもの」を考えるには、マーケットイン発想は向いていないのです。たしかに顧客にとっては、自分が「欲しい」と思っている製品やサービスが手に入ることは嬉しいし、役に立つし、満足もするでしょう。でも、自分自身が想像できる範囲の良くできた製品やサービスばかりだと、なんだか少しつまらないですよね。(中略)
かつて、マーケットイン発想は、行き過ぎた「作り手視点」であるプロダクトアウト発想を乗り越えようとしました。しかし今、行き過ぎたマーケットイン発想もかつてのプロダクトアウト発想と同じように限界に直面しています。

(p156-157)

イタリア・ミラノ工科大学でマネジメントを研究し、現在ストックホルム商科大学で教鞭をとるロベルト・ベルガンティは、このプロダクトアウトとマーケットインの二項対立に疑問を持ち、どちらでもない第三の道を提案しました。それが、「意味のイノベーション」です。

(p157-158)

ベルガンティは『突破するデザイン』の中で、自分の三人の子どもたちについてこう書きました。
彼らが生まれた時、「歩く問題とニーズ」をこの世に送り出したつもりはない。…もちろん、ひとびとは問題やニーズを抱えており、わたしたちにはそれを解決する責任がある。しかし、人生はもっと大切なものがあると私は信じている

(p164)
(p168)

サービスデザインとは、新しい意味と価値を持つ製品やサービスそのものをデザインすることだけでなく、それらの製品・サービスが持つ意味や価値が社会に受け入れられ、浸透し、根付いていくための最適な環境や状況を考えてかたちにする実践活動のことなのです。そして、そのような実践を通じていずれは新しい「文化」を生み出していくことまで視野に入れながら考えていくことだとわかっていただけると嬉しいです。

(p172)

解決の糸口を探すために多くの起業家が実践しているアプローチの一つに、「まだないもの」を少しずつでもかたちにして世にだし、世の中やひとびとにそのアイデアの価値を問うていくことで具体的な評価(データ)を集め、検証を繰り返しながらブラッシュアップを重ねること。そのような実践の中で自分たちのビジネスの実現可能性を少しずつでも高めていくという考え方があります。
このような考え方を、米国の企業家エリック・リースは、スタートアップ企業がすばやく実践できるように「リーンスタートアップ」というコンセプト、フレームワークとして体系化し、『リーンスタートアップ』(日経BP)において方法論と実践方法をまとめています。

(p227-228)

エフェクチュエーションを簡単に説明すると、「不確実で見通しがつかない環境の中でビジネスを成功させようとするならば、先のことを予測するのではなく、今、自分が手の中に持っているものを使って、できることをする。そして、その中で得られる学習を通して新たなゴールを発見していく事業創造のための実行理論」と表現できるでしょう。

(p231)
(p251)

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◇プロフィール

藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/株式会社ソーシャル・エックス 共同創業者

1978年10月生まれ。京都大学公共政策大学院修了(MPP)
2003年に人材ビジネス会社を創業。2011年にルールメイキングの必要性を感じて政治家へ転身(2019年まで)。2020年に第二創業。官民協働による価値創造に取り組む。現在、経済産業省事業のプロジェクト統括も兼務。
議会マニフェスト大賞グランプリ、グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。
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