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「早く辞めたい今の仕事」の超意外な価値

「早く今の仕事を辞めて、フリーの“ライター”で食えるようになりたい……」

 時間や場所にとらわれず、全国各地を取材で飛び回りながら著名人にインタビューする。エッセイストやコラムニストとして自分なりの表現を突き詰め、きちんと書店に並ぶような本を出版する……そんな夢を持ちながらも一般社会であくせく働き、“副業”として文章を書いている人も多いかもしれない。

 現実では家族や恋人との暮らしがある。収入の不安も大きいなかで、今の仕事を簡単にはやめられない。一方、SNSを見渡せば、どうやらライバルたちがうまくいっている様子だ。焦燥感ばかりが募る。見て見ぬふりをして、そっとスマホを閉じる。

 ああ、憂うつになっちゃうよ。文章とは関係のない今の仕事に、いったい何の意味があるのか……。

新卒では夢のメディア関係とは真逆の業界に就職

 冒頭のセリフは、僕(藤井厚年)が金融機関で働いていた頃に毎日思っていたことだ。

 現在、雑誌やWebメディアの編集者・ライターとして“本業”でなんとか頑張っている。書いた記事がYahoo!ニュースのトップに掲載されたことも多々あるし、商業出版した複数の著書がヒットした(※1万部以上売れた)。

 しかし大学卒業後は、キラキラしたイメージのメディア関係ではなく、むしろ真逆の地味でお堅い金融機関に就職した。当時は自分でも“ずいぶん遠回りをしている”と思っていた。

 目的地まで辿り着ける気がしなかった。一生このままなのだろうか。街の景色が急に色を失って見えた。職場に向かう足取りは重かった。

 あれから月日が流れたが、ぶっちゃけ、むしろ“一般社会で働いた経験があって本当に良かったなあ”と心底思う。決して無駄にはならなかった。それどころか、大きな強みにもなったのである。

 じつは、これからnoteを書いていくうえで、いくつか伝えたいメッセージがある。そのうちのひとつが「今は無駄に思える経験が、いつか必ず役に立つ日が来る」ということだ。

“社会人としての一般常識”が大きな強みに

※写真はイメージです

 まずは、“社会人としての一般常識”である。メディアの世界は、基本的にはゆるめ……。そこに苦手意識をもっている人が多いからこそ、ライターとして長所になり得るのだ。

 金融機関に新卒で入ると、基本的な電話応対から名刺交換、ビジネス文章の作り方まで、さまざまな「研修」や「講座」を受講することになった。当時はダルくて早く終われと思っていた……が、まさかそこで学んだことが、15年以上経った今でも自分にとって「礎」のようになっているとは、このときは知る由もなかった。

 この世界にどっぷりと浸かるようになってから驚いたのは、大手をのぞき、研修などの制度が整っていない会社も少なくないことだ。会見やメディア発表会なども含めて取材の現場であまりにも不躾な態度の編集者やライター(記者)に、見ているこちらがヒヤヒヤしてしまったこともある。

 また、決められた期日やルールが守れなかったり、TPOに合わせた服装やマナーを知らなかったり、書類などの事務処理が苦手という人も多い。

 芸能やファッション、クリエイティブ系のジャンルでは「まあ、仕方がないか」と許容される部分も確かにあるが、だからと言ってOKでもなく、実際に仕事から外されてしまった人も見てきた。

 金融機関においては、たった1円の誤差や1文字の記入漏れも許されなかった。もしも不備があれば、再度お客様のもとへ足を運ぶはめになったり、最悪の場合は始末書・顛末書扱いになったりすることも……。そんな緊張感のなかで働いていたので、編集者やライターになってからは「ちゃんとしている」「めちゃくちゃ細かい」とよく言われる。

一般社会の“普通”や“当たり前”を知る意味

※写真はイメージです

いやあ、“普通”はそんなことありえないですよね?

 編集者やクライアントの担当者から指摘を受けて、イラッとした経験が誰でも一度はあるはず。

 まるで、あなたがズレているかのような指摘に「意味不明、“普通”ってなんやねん」とつぶやいて、PC画面の向こう側に中指を立てる(苦笑)。

 20代の頃、僕は一般企業で働く友人たちと飲みに行ってもいまいち話が噛み合わなかった。ライターたちの会話では当たり前のように「最近話題になっている“アレ”」で通じることが、ぜんぜん理解してもらえない。自分が思っている以上に、みんながニュースのトピックスを知らないことに驚いた。

 その結果、一般企業で働く友人・知人と疎遠になってしまった時期もある。だが、「一般読者」がターゲットのメディアを中心に仕事をするようになってから、“ギョーカイ”の外にたくさんのヒントがあることに気づいた。

 すでにライターとして活動している人ならば、なんとなくわかると思うが、この世界で仕事を始めると、“ふだん付き合う人たち”が変わっていくものだ。同業のライターや編集者、カメラマン、スタイリスト、漫画家、デザイナー、タレント、モデル、お笑い芸人。つまり、クリエイティブな人たちと会う機会が増える。もちろん、切磋琢磨して刺激をもらうのは良いことである。しかし同時に、一般社会の感覚と自分がズレていくことを“認識”しなければならない。

 いわゆる「一般読者」をターゲットにしたメディアで仕事をしているならば、この“普通”や“当たり前”から目を背けているとうまくいかなくなる。

 企画を立てたり文章を書いたりする際は「世間の感覚」が前提(基準)となる場合がほとんどだから。メディアごとに違いはあるにせよ、これを掴んでいないものに対して、読者は違和感を覚える。

 たとえば、マクドナルドのハンバーガー(※執筆時点では170円)や、吉野家の牛丼(※執筆時点では468円)を「高い」とするのか、「安い」とするのか。ここが一般読者の感覚と大きくズレていると、辛辣なコメントが付いたり、最悪の場合は炎上したり、厳しい結果になりがち。

 自分の“普通”や“当たり前”を世間と合わせろと言っているわけではなく、ズレていても構わないが、世間が言う“普通”や“当たり前”の範囲をしっかりと認識したうえで書く。そうでなければ、企画や文章がたんなる自己満足(ひとりよがり)になってしまい、「コイツなんもわかってねえな」と思われてしまうだろう。

 逆に言えば、“普通”や“当たり前”を知り、そこの範囲に落とし込めれば、どんなテーマの企画でも通しやすくなる。

大嫌いな“今の仕事”が武器になる

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「この仕事はつまらないし、大っ嫌いだ……」

 金融機関の仕事は難しい専門用語のオンパレードだった。証券外務員やFP(ファイナンシャルプランナー)などの資格も取得しなければならず、数字に対する正確さも求められる。ぶっちゃけ、働いていた頃は“ぜんぜん向いていないなあ”と思っていた。

 好きなこと(文章)で本業を目指している人にとって、“今の仕事”は一刻も早く辞めたいぐらいにツラいものなのかもしれない。しかしそんな今の仕事が、将来はライターとして間違いなく武器になる。活かせるタイミングが必ずやって来る。これは本当に声を大にして言いたい。

 当時は吐きそうになりながら勉強して“マジで苦手”ぐらいに思っていた「金融」のジャンルだが、いざ自分がライターになってみると、本職として仕事していたぶん、びっくりするぐらいに知識が通用することに気づいたのだ。

 とはいえ、辞めてしまえば当然、解像度は下がっていく。もしかすると、兼業で書いているライターにとって、大嫌いな今の仕事こそ、今のいちばんの強みなのかもしれない。

 ライターの仕事においては、無駄になることなんてなにひとつないのだ。まだ先が見えなくても今いる場所での経験、いっしょにいる人たちを大事にしてほしいと思う。

<文/藤井厚年>

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