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いとしい銀色の魚へ①

これはすっかり書いたことを忘れていました。

というのも今日アップするところまででたしか、高校の時はこのお話を書くのをやめていたんです。
読んでもらった時に文芸部顧問の先生に
「この結末は1番イージーなんじゃない?」
と言われ、拗ねまくったことだけ記憶していました笑。

拗ねまくった結果、続きを書いていなかったはずが、一体いつ思い直したのかしっかり書いていたことを見つけたのでわたしも読み返しながら上げていきますね。

さっと振り返った感じ、ちょっと勇気が要りますが。
すごく若く淡く、危うく揺れていた10代の自分に気が付きます。

でも物語で自分を表現するって、これをさらけ出すことなんだよなと思います。
形は違えど、自分を表現し続けている先人たちに敬意を表しながら。

どうぞ最後までよろしくお願いします。



 まだ日の昇りきらない薄青い時間に、わたしはガラス戸を開けて教室の内側へ忍び入った。
 昨夜降った雪のせいで、ここへたどり着くまでの道はどこもまっ白だった。誰も通ったことのない道へ、わたしひとりだけがさくさくと小さく歩いた証をつけていた。自分唯一があのまっさらな道を歩く人、と思うと静かに心は満ちる。
 靴底の雪を落として中に入れようか迷って、やめる。足跡をつけた名残をそのままに外へ並べておく。前もって鍵を開けておいた戸を閉めて、今度こそ締め切る。
 教室を見渡した。
 これは何の光景だろう。
 海の深く沈んだところの水が満ちているような、そうでなければ、あの太陽の近づいた遠い空の裾あたり、そこの濃紺を水に溶いて流し込んだような空間の色味。それがこの冷たさにひたりと固められて、教室に密閉されている。
違うかもしれない。似てはいる。そもそも、こうしてたとえてみることはない。寂しさではなく静けさ。ここにそれさえあればいい。あとには、ただのわびしさが。
 わたしはダッフルコートを脱いで床に落とした。身が軽くなる。呼気が泡のように白い。水槽を気の向くまま泳ぐ魚のようになる。この水は慕わしい。
 昼間ここで、わたしは人でしかない。皆はきちんと魚でえら呼吸をする。それも鮮やかな熱帯魚達だ。わたしは息苦しくなって、しょっちゅうこの場所を出て行かなければとてもいられない。何ということもないところで喘いでいる。ぶざまだ、と言ってやる。
 巨大な回遊魚のつもりでゆっくりと泳ぎ続ける。
そのうちに空がじわじわと色合いを変えていく。
 ふと隅の棚を見ると、その上に細い透明な花びんが置いてある。生けてある何本かの花のうち、白いただ一輪に見とれた。他の花の凍てついて色も萎えているのに、こればかりがみずみずしく生きている。この花がほしいと思った。他をすべて引き抜いた。冷たさに映える白い花弁をしたものだけが残った。
 淡く日が、わたしの席に差している。
 そっと花びんを運んでいく。机の上に下ろして、やっと手放す。花はわたしに代わって居場所を占めた。
 長く見つめる。
白い花弁のくぼみに光が溜まっている。ほの明るく揺らいで匂う。
 今太陽が空を白けさせ、あおみを照らし出す。
さぁもう二度と人にはなるまい。何も考えないで泳ぎ続ける魚を願おう。 
わたしは静かに身を引く。花の白さを損ないたくない。
ポケットの冷たいものを、指先で繰り返しなぶる。
 水の中にわたしと花は漂っている。
手の内のものの正体は、これも銀色のやさしい魚。首筋にキスしてくれる。
いよいよすべては白く明けるだろう。
目を閉じて、この朝日の中かき消える。


つづく

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