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エッセイ⑮「飛び出すクッキー」

本文ではうまく表現出来ていないような気がしますが笑
クッキーのアイシングが3Dに飛び出てしまったというおはなしですね。

お菓子作りは好きなのですが、とても不器用なので普通の人の3倍は時間がかかってしまいます。
だから、わたしにとってお菓子作りは経済的にも時間的にも大変贅沢な趣味なのです。

普通の料理とは違い、お菓子を作る時はきっちり材料の分量を量らなければならないよ、と母に教わりました。

調理の中でも、お菓子作りは最も化学な分野ですね。



 東京から地元に戻ってもう6ヶ月近くになる。
 実家のある福島で、今のところのんべんだらりと暮らす日々だが、なにせこちらには友達がいない。
 中学校や高校でできた友達は、だいたいが都心へ出て働いているのである。
 現在のわたしの話し相手と言えば犬と猫。彼らは一日のたいがいを家で寝て過ごす。なのでわたしはよく彼らがお昼寝をしているところに話しかけている。つまり犬や猫がいてさえ、ひとりごとと何も違わない。

 そんなわたしでも、唯一地元で会う友達がいる。
 すでに人妻となり、栄養士として働きながら、会うたび旦那さんののろけを無意識に披露してくれる、うらやましい限りの高校からの女友達だ。
 そんな可愛い彼女が、先日手作りのジャムをくれた。
 りんごと、ゆずの手作りジャム。
 前もって、りんごのジャムは果肉がゴロゴロしたもの、というリクエストまで聞いてくれた。
 その日、仕事帰りに自宅までジャムを届けてくれるというので、わたしは同じ日にお返しを用意することにした。
 お菓子作りの機会である。

 何かお土産をいただいたとか、何人かの集まりがあるとかいうと、わたしはしめしめとお菓子作りにいそしむ。
 なぜ「しめしめ」かというと、どちらかと言えば人に渡すよりも自分が食べるために作るからである。
 出来立てのお菓子を食べられるなんて素敵なことだと思うのだが、作るにはなんというか、勢いというものが必要なのだ。
 50メートル走でまずクラウチングスタートのポーズをとり、ぱんっと銃声を鳴らされないと走り出せない、という感じ。
 一度はじめてしまえば最後まで楽しんで作るのだけれど、まずはアスリートのように体と心の準備を整える必要がある。ふだん料理をすることもないので、なおさら最初だけは途方もなく勢いがなければならない。
 だから、機会をいただくという意味で他力を借りる。
 今回は、美味しいジャムをいただける上に出来立てのお菓子を食べられる。楽しい一日の始まりである。

 アイシングクッキー、というものを作ってみることにした。
 作ると言っても、ほとんどすべての材料がひと箱に揃ったキットを買っておいた。
 あと必要なのは食塩不使用バターだけだ。
 午後いちで買い物に行き、帰宅してさっそく取り掛かることにした。
 始めに、大きいボウルに材料を入れて混ぜ込んでいく。
 常温にしたバターを練って砂糖を入れる。そこにキットに入っていた粉(これは結局、なんの粉なんだろう……。薄力粉? 小麦粉? ホットケーキミックス? とにかく、クッキーができる魔法の粉だ)、牛乳を加えて粉っ気がなくなるまで混ぜれば、生地は完成。
 生地を半分取ってココアを混ぜれば、ココア生地も完成。
 どちらも薄く伸ばして、冷蔵庫で30分寝かす。
 くり抜くための型もキットに入っていた。クリスマス用のクッキーという仕様なので、ツリー型や、天使の型だった。
 それらで型を抜いたら、170度に予熱したオーブンで焼いていく。
 その間にアイシングを作るのだが。

 これがなんというか、べたべたのぐちゃぐちゃだった。
 まず、色を3つに分けるところから面倒だ。洗い物が多くなる。
 絞り袋は付属のペーパーで形作るのだが、うまくできない。だいたい、入れ口が小さすぎて、スプーンですくったアイシングが溢れ出す。
 それでもなんとか、無事に焼き上がったクッキーにアイシングを絞っていく。
 人型の顔に目となる点を描こうと思ったものの、絞った線がうまく切れず、平たく言うなら目からビームが飛び出たような状態になる。
 クリスマスツリーの飾りを描こうとしても、同じく突き刺さりそうな立体のオーナメントとなってしまった。
 何度か挑戦したが、わたしは途中で残りのクッキーにはアイシングを付けないという苦渋の決断を下した。
 友達にお礼としてあげるものには、目からビームさせるわけにはいかない。

 こうしてわたしは無事に友達からジャムを受け取り、クッキーを手渡した。
 余った「目からビームクッキー」はむしゃむしゃとおやつに。さとうきびを使ったためか、素朴でおいしい。
 いただいたゆずのジャムはお湯に溶いて飲んでみた。皮がきちんと残っているのが、またほろ苦くていい。
 りんごのジャムは、後ほどパイ生地を使って母とアップルパイにしようと話している。
 それにしても、こうして気にかけてくれる存在がいることが、何よりも替えがたい。
 ありがたく思いつつ、そしてアイシングって難しいんだなあと思いつつ、次のお菓子作りの機会をわたしはまた楽しみにしている。

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