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清和源氏十五段(せいわげんじじゅうごだん) [現行上演のない浄瑠璃を読む #2]

初演=享保12年[1727]2月 大坂豊竹座
作者=並木宗輔・安田蛙文

並木宗輔が立作者となった第1作。

兄・頼朝に遠ざけられ京へ登った義経の流浪の物語。構造は『義経千本桜』と近い。有名キャラが多数登場、義経絡みの有名な逸話も入っているのでオールスター浄瑠璃風になるかと思いきや、いいことが何ひとつなく、暗く寂しげな印象が漂っている。最後には義経と静御前が再会しハッピーエンド風になっているが、そのあとの義経の運命を知っていると、あまりにもつかの間の喜びでしかなく、むしろ陰鬱に感じる。
話は半二時代ほど複雑ではなく、質朴な印象がある。もちろん「実は」的な意外性は盛り込まれているものの、あまりに狂った言動の登場人物や展開はない。


四段目は『安宅』からきた内容になっている。

義経・弁慶らは山伏に扮して陸奥へ向かうが、その途中、安宅に頼朝によって新関が築かれており、一行は関守・富樫によって止められる、というところまでは同じ。
文楽で『勧進帳』を見ていると、普段、思いつめすぎ&激重な人々を見すぎているせいか、話が単純に感じる。富樫の覚悟、ヌルないか……? 頼朝の命で関守をしている以上、義経を意図的に逃したら、単なる温情かっこいい話では済まされず、そこで浄瑠璃的な葛藤が起こるはずでは……? と思ってしまうが、本作ではそこが大幅に厚盛りされている。


安宅の関に差し掛かった義経・弁慶一行は、梶原景時の息子・景季(出向で来ていたアホ)に怪しまれ、鎌倉へ引っ立てられそうになる。しかし関守である富樫左衛門は決定的な証拠がないとしてそれを留める。富樫は弁慶へ山伏である証拠を求めるが、ここが『安宅』や『勧進帳』とは異なる。「存在しない勧進帳の読み上げ」や「義経を打擲する」のは、弁慶がやりだす前に富樫によって「その手は食わない」と止められ、弁慶らは富樫の詮議を逃れられず捕まってしまうのだ。弁慶らは富樫の屋敷へ連行され、閉じ込められることになる。

富樫の屋敷では、彼の一人娘・かるよ姫が大切に育てられていた。かるよ姫はかつて都で出会った男への恋煩いで寝込んでいたが、その男の正体というのが実は義経だった。本作の義経はチャラ男のためそこらじゅうの女に声をかけまくっているのだが、物語冒頭に登場する名前の出ない田舎風の姫君というのがこの段への伏線。冨樫が義経一行を家に連れ帰ったことで、姫と義経はお互いの素性を知る。弁慶から富樫の持つ通行切手を盗み出すよう要請されたかるよ姫はそれを承諾し、もし失敗したら自害すると誓う。

そこへ島台を持った冨樫が現れ、かるよ姫と義経に祝言の盃をさせる。冨樫は頼朝・義経兄弟の和睦を願っていたことがわかるが、通行切手の融通は主人である頼朝に義理が立たないとして拒否する。かるよ姫は父の刀を奪って自害しようとするが、冨樫はその刀を自分の腹に突き立てる。冨樫は兄弟で争う境遇を嘆きつつ、頼朝への忠義は捨てられないと語り、姫へは義経の足手まといにならないために尼になるよう言いつける。冨樫は義経らに切手を与え、義経を見逃したの夢の中の出来事だったと語って、一行を見送る。


謡曲『安宅』だとシンプルすぎ、かといって歌舞伎『勧進帳』だと人情押しが勝ちすぎのところに(現行の『勧進帳』はこの作品より後発だと思うけど)、「娘のため」「主人兄弟のため」といった浄瑠璃らしい葛藤と相克を持ち込んでいるのが面白い。そのため、段の主役は弁慶から冨樫に移行している。

かるよ姫の腰元ズが姫の恋を応援しているのも浄瑠璃らしくて良かった。恋煩いで寝込んでいる姫がホントのことを話してくれないから私たち辞めます!!!!!みんなで京都にその男を探しに行ったら見つかると思う!!!!!!!って、勢いありすぎだろ。ツメ人形腰元の顔が目に浮かぶよう。浄瑠璃の腰元ズには、昔も今も変わらないキャピピピピピとした女子感がある。


義経絡みの有名な説話でいえば、若き日の義経に討たれた強盗・熊坂長範の説話を取り入れた段がある。といっても熊坂長範がらみの話であることは途中まで伏せられており、旅人に宿を貸す事情ありげで不気味な一家の怪奇味、正体不明の旅人を巡るサスペンス風の展開に面白さがある。ここには『義経千本桜』の権太を思わせる無法者の息子が出てくるのも興味深い点である。

最後には山伏接待をする不思議な老婆が登場する。老婆は山伏に化けて接待を受けていた静に源平の戦いを所望し、静は「道行初音旅」を思わせる戦物語を語る。老婆は実は佐藤継信・忠信の母で、奥州の佐藤一族が義経に加勢することを語る。この場面は祝儀のようになっており、『北條時頼記』同様、むかしは最後の段でも何か華やぎを添える工夫がされていたのかと思った。
(っていうか、静一行、山伏に化けての忍び旅なのに「ここに山伏接待してくれるって書いてあるとこがあるから、入ってこうよ」ってノリになるのがすごいな)

読む方法(翻刻)
鳥越文蔵=監修、義太夫節翻刻刊行会=編『義太夫節浄瑠璃未翻刻作品集成 6 清和源氏十五段』玉川大学出版部/2006

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