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古典擬人化キャラと軍記物語パロの世界 [伊藤慎吾『擬人化と異類合戦の文芸史』三弥井書店/2017]

伊藤慎吾『擬人化と異類合戦の文芸史』(三弥井書店/2017)を読んだ。

日本の説話・物語等にみられる「擬人化」について書かれた本。ここでいう「擬人化」は、「なにかを人間に見立てている」パターンのみを指して取り扱っている。付喪神等の妖怪や、神霊が人間の姿を借りて現れるもの、狐や狸が化けてる系は含まない。

文芸史といってもこれ1冊で通史的に日本の擬人化がわかるなどの通史、総論的なものではなく、著者の方の講義ノートや学術誌等への寄稿を寄せ集めた本なので、内容は各章でちょっとブツ切れ気味。同じ内容が繰り返される煩雑さがある。しかし、擬人化キャラの図像的な分類と、擬人化文芸の一大ジャンル・合戦物については複数論があり、結構まとまっていた。


読む前は擬人化の図像的な部分以外はちょっと退屈かなーと思っていたが、実は異類合戦物の項目が一番面白かった。めちゃくちゃ笑った。

異類合戦物とはその名の通り、動物やら器物やらが合戦をする話。異類合戦物は中世から近世にかけて御伽草子、仮名草子、赤本、浮世草子、戯作などに多数書かれたビッグなジャンルで、絵画や歌謡、民間芸能といった他分野にもみられる物語テンプレ。明治の近代化とともに衰退した。

何が合戦するのかは実にさまざま。精進料理vs魚類、淡水魚vs海水魚、薬vs病気、勝手道具vs座敷道具、酒vs餅、カマキリvsマムシ、タコvsイモなど、人間の見ていないところでいろんなものたちがいろんな大戦を繰り広げていた。
この著者の方、「草花×樹木」「酒×餅」等を連呼してくるので(?)、なにかこうそういう先鋭的なカプの強火担の方かと思った。


本書ではそれらの作品があらすじ要約と原文一部抜粋で紹介されているが、書かれているあらすじが3晩徹夜している人が4日目の夕方にトイレへ入って便座に座った瞬間寝落ちしたときに見た夢としか言いようがない狂気の沙汰になっていて、良い。多分、本当にそういう話なんだと思うけど、文楽のパンフレットに載っているあらすじのように1行目から「なんで?」となるスピード感と勢いがすごすぎて突っ込みが追いつかない。あらすじ読んだだけでおなかいっぱい状態になる。

 『草木太平記』は『墨染桜』とも呼ばれる。美女八重桜と薄が良い仲なのを横恋慕した梅が樹木たちを集めて戦を仕掛ける。薄は破れて自害。桜は出家して墨染桜となる。
 『魚太平記』は淡水魚と海水魚の領土問題が高じて合戦に及ぶ。結果、京都から大阪湾に流れる淀川に棲む鵜は深刻な食糧不足に悩まされる。そこで両者の仲裁に入り、和睦させる。
 『諸虫太平記』は虫たちと蜘蛛たちとの合戦。蝉の倅が蜘蛛たちに袋叩きにあったのをきかっけに、全面戦争に入る。結果、蜘蛛が苦戦して降伏する。
 オーソドックスな作例としては萩原荻声『茶漬原御前合戦』(文化2年(1805)序)が挙げられるであろう。これは軍書講釈の体裁で綴られた物語で、茶漬と一膳飯屋が擬人化して合戦をするものである。茶漬の店が近年繁盛し、それを妬んだ一膳飯屋が加勢を募る書状を各所に遣わす。これが茶漬方に知れて合戦が起こる。最後は俵兵太玄米ら米の一族が仲裁に入り和睦する。

設定も展開も「なんで?」感がすごい。
実際の物語をいくつか読んでみたが、1行目から勢いよく奇妙な展開をしておられた。
でも、食べ物の世界で皇統は穀類というのはよくわかる。穀類に対する敬語は地の文であっても最高位で然るべき。米を伏し拝むべし。

高校生の頃、武田雅哉の『桃源郷の機械学』を読んで、口から愛人の男を吐き出す女やひょうたんの中に神仙世界があるという中国の古典物語を知り、文章でしか表現しえない奇想の世界に衝撃を受けて中国文化の発想力ってすごいなと思っていたんだけど、前近代の日本も本当にすごいと思った。


これら異類合戦物は文体が『太平記』や『平家物語』などの軍記物を模しているため、設定はアホでも文章は格調高い。当時の価値観でどこまでがギャグなのかさっぱりわからないが、いまの感覚からすると、ものすごいエレガントな調子で低レベルのギャグをやっているような印象がある。

登場人物はみな人外だが、軍記物パロディなので、軍記物の定番にのっとって、大音声で名乗る。

 城の中にも、是を聞きて、あぶみふんばりつつ立ち上がつて、大音あげて名乗りけるは、
「神武天皇よりこのかた、七十二大代の後胤、深草の天皇に五代の苗裔、畠山のさや豆には三代の末孫、大豆の御料の嫡子、納豆太郎糸重」
と名乗つて、二羽矢の味噌鏑をうちくはせ、よつぴきめいて、ひやうと射る。
『精進魚物語』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1882625/7

納豆太郎糸重(読みは「なっとうの・たろう・いとしげ」?)、名前の時点ですごいが、うすーーーーーーーーく皇統を引いてるのが驚き。途中からつる系植物にすりかわってるのが若干気になるけど……。
納豆太郎は『精進魚物語』ではイケメンモテキャラ。ポジションとしては、文楽なら『ひらかな盛衰記』の源太、『絵本太功記』の十次郎等の二枚目武士の最高ランクキャラに相当する。若手には遣わしてもらえませんな。しかし一番すごいのは、一番最初に登場するときは藁の中でよだれを垂らしながら寝ているところ。やっぱり納豆なんだ…………………………。起きたら藁から出たみたいなんだけど、歩行中など、どうやって原型(?)を保っているのか、謎。

異類合戦物の登場人物の名前には、上記「納豆太郎糸重」のように器物等の名称を武将風にもじってつけているものが多いんだけど、その名前が最高にかっこいい。

・永井牛蒡守(ながい・ごぼうのかみ)
・栗伊賀守(くり・いがのかみ)
・饂飩之助あつもり
・蛍左衛門尉尻照(ほたるさえもんのじょう・しりてる)
・たいこどん太郎
・鮭の大介鰭長(さけのだいすけ・ひれなが)
・玉鯛(ぎょくたい)

最後の「玉鯛」というのは「ぎょくたい」=「玉体」、つまり帝のこと。
……………。
こういう名前を考えて日がな一日過ごしたい。

本書には、『世帯平記雑具噺』という勝手道具vs座敷道具の合戦物に登場する全キャラリスト・元ネタ付きが収録されている(狂気)。
「茶々の茶む郎茶が綱」(佐々木三郎盛綱)とか「薬缶の太夫にへゆのあつもり」(無官太夫平敦盛)とかに混じって「雑木の松王」というのが載っており、その元ネタは松王(平清盛の側仕えの少年で、兵庫に築島が造成された際、人柱用に捕まえられた一般人たちに代わって人柱となることを志願した)とあって、リスト上はその松王のことを指しているとされていた。ただ、ほかに「堅木の梅王」という登場人物もリストアップされており、それなら「桜」もいるのではないかと思って『世帯平記雑具噺』自体を参照してみたところ、やはり「桜」も出てきた。
原文を読むと、「松王」「梅王」は勝手道具の将軍・かまど将軍火の元の土塗壁公の家臣で、焚付け材料というか、いざというときは火に飛び込んで燃料になってくれるっぽかった。「松王」「梅王」のあとに続く「桜」はすでに薪になっているようで、爆笑した。切腹したからかな。

さて、勝手方の総大将は、火の用心とかいたるはたを真先におしたて、竃将軍火のもとの土塗公、その日の出立にはけやきがはのあつ板に、金物打たる大鎧、消つぼの甲をいくびに着なし、そふどうこのあかゞねづくりの太刀をはき、灰毛のこまに打またがり、従ふところの勇士には、真木わりてつの助焚炭、大まさかりをまつかうにかまへたり、引続ひて雑木の松王堅木の梅王さくらまきつがう主従、よき一てう割こみ/\てきのやつばらひとつぶしいぶしてくれんをたきつける、(後略)
『世帶平氣諫畧卷 後篇』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1882625/347

このリスト、実在の人物か中世以前の軍記物に登場する有名人物に絞って元ネタを書いているようなのだが、実際問題として、近世の文芸に登場する有名キャラも混入しているのではないかと思う。


異類合戦物で文楽好きにおすすめなのは、ブログにも書いた『忠臣瀬戸物蔵』。『仮名手本忠臣蔵』を食器の世界に移したもので(なぜ?)内容を読んでいくとたしかに『仮名手本忠臣蔵』の忠実な(?)パロディになってるんだけど、とにかくすべてがひどすぎてめちゃくちゃ笑いました。
おかるパパは徳利で、勘平のため中に酒を満たして帰宅中、山道で出くわした斧定九郎(こいつも徳利)に中身を飲まれてしまうのが最高だった。(とくに割られたりせず、そのまま逃げてた)(パパが死なないので、勘平もとくに切腹したりしない)
翻刻 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1882625/275
原文(絵あり) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9892388/1

殿中刃傷の段。

祇園一力茶屋の段。


本書には、いままで翻刻が出ていなかった3つの物語の翻刻が収録されている。
1つ目は「精進魚類問答」という精進料理vs魚類の合戦物語。2つ目は「伝忘太平記机之寝言」で、無人の寺子屋で日頃乱暴に扱われている文具たちが寄り集まり、天神様の掛け軸に子供たちからの待遇改善を訴える物語。3つ目は「猫狐合戦記」という原文が漢文体の猫vs狐のディベート戦争的な話で、これのみ明治時代に書かれたもの。
このうち「精進魚類問答」は浄瑠璃調と紹介されており、ふだん近世の文芸を浄瑠璃しか読まない自分にとってはどのへんがどう浄瑠璃なのかわからなかったが、確かに道行がついてたり、お姫様が敵軍の恋人のもとに走ったりと、話の構成が「あるある」だった。
「伝忘太平記机之寝言」はおとぎ話風。寺子屋に来る子供へ物を大切にしましょうと教える教訓的な話で、天神様が最近の子はわしのいうこと聞かんからのーと師匠へ責任転嫁(?)してくるのが可愛らしい。


異類合戦物はすっとぼけたチャーミングさが文楽にも通じるので、文楽になったらきっと楽しいと思う。「伝忘太平記机之寝言」をアレンジして、「寺子屋」の前日譚として大道具・人形流用でやってほしい。
寺子屋チルドレンに雑に扱われた硯や筆や教科書たちが動きだし、源蔵が床の間に据えている菅丞相から授かった巻物(? 寺子屋の途中、松王丸が来るときに源蔵が回収するやつ)へ救助を訴えるが、巻物は子供たちは菅丞相を知らないから自分が叱っても効果がないため、師匠たる源蔵に頼んでくれと言われる話にするとか。源蔵は気が狂っているので子供たちを本気でしばいてEND。夏休みの親子劇場でやって欲しい。ALL勘十郎手作り人形でオナシャス。


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この本に紹介されている異類合戦物は、帝国文庫『万物滑稽戦記』に多数収録されている。『万物滑稽戦記』は国会図書館デジタルコレクションで公開されており、ネットで全文を読むことができる。
載ってる話ぜんぶ異類合戦というものすごい奇書で、イッキ読みすると具合が悪くなってきます。

石井研堂=編・校訂『万物滑稽合戦記』博文館(1901)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1882625/3

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