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ならば、どうする?お口のトラブル予防

前回の記事では、お口が何かとトラブルに見舞われやすい原因として、細菌の量、細菌と身体との距離の問題、細菌に対するバリアとして考えたときの歯の代謝の問題を挙げました。では、こうした不利な点を克服して、お口のトラブルを予防するにはどうしたらよいでしょうか。皆さんの中には歯科の病気の予防の話は歯科医院などで聞いていらっしゃる方も多いと思います。ですので、今回は歯科医院で聞く話の一歩手前というか、あまり現場では語られないキモ(基礎?)の部分を含めてお伝えできたらと思います。

キーワードは炎症

お口の病気は炎症が原因となっているものが多いと言われています。もちろん、癌や遺伝的な病気など、炎症でないものも挙げればいろいろあるのですが、全体に占める割合からいうと、炎症が占める割合は圧倒的です。ですので、お口のトラブル予防のとりかかりとして、まず炎症に対して何ができるか考えてみましょう。ただ、注意していただきたいのは、炎症は身体の防御反応です。ですので、単純に炎症を「悪者」として排除すればよい、というわけではありません。例えば、歯科でも口内炎に対してステロイド軟膏を出すことがあります。このステロイドは炎症反応を抑え込む強力な効果があります。ステロイド軟膏であれば塗ったところの免疫を抑制する、つまり炎症を強制終了してしまうわけです。でも、考えてみて下さい。敵が攻め込んで来た時に、戦闘は良くないからと防衛態勢をさっさと撤収したら、国土が蹂躙されて大変なことになるのではないでしょうか。同じように、細菌が原因の化膿性炎症が起こっている場所にステロイド軟骨を使うと細菌の更なる深部への侵入を許し劇症化することを助けていることになってしまいます。何が何でも炎症を止めるのではなく、まずは、炎症の原因を正しく見定めなければなりません。その上で炎症をひきおこす原因をとりのぞくことが、予防でも治療でも炎症に対応する基本方針になります。

炎症の3つの原因

炎症を原因となるものにはどんなものがあるでしょうか。大まかには3つに分類されると言われています。それは生物学的因子、物理的因子、化学的因子です。(なんだか中学、高校の理科の科目名ぽいですが、残念ながら地学はございません)。生物学的因子というのは、感染症一般が相当します。前の記事で紹介した歯周病やむし歯は細菌が原因で生じますからそれに伴う炎症は生物学的因子による、と言えます。それでは、物理的因子には何があるでしょうか。例えば野球ボールが頭にあたってコブができた、ころんでヒザを擦りむいて痛い、など強い力が加わってできた傷は物理的因子による炎症と言えます。お口で言えば、硬いものを噛んだ、歯ブラシの当たり所が悪く歯茎が傷ついた、といったところでしょうか。そのほか、火傷や凍傷なども物理的因子に該当します。そして、最後の化学的因子ですが、例えば、強い酸性、アルカリ性の洗剤に皮膚や粘膜が触れたとき、生体のバリアが障害を受けると炎症が生じます。このような化学物質が炎症を引き起こした場合、化学的因子による炎症に分類されます。口の中では刺激の強いスパイシーなものを食べたときに口が荒れてしまった、などがこれに該当するかもしれません。
以上、三つのうち圧倒的に多いのは、むし歯、歯周病に関係する生物学的因子による炎症で、やはり口の中の細菌の数と身体との距離が関係していると思われます。次に多いのは物理的因子です。なんといっても嚙む力は強大です。成人男性では噛みしめたとき平均して70kg重、成人女性でも50kg重弱、自分の体重ぐらいかそれ以上のパワーが歯や顎にかかります。力の入れ加減次第ではどこがケガをしても不思議ではありません。一方、以上の2つと比べると、化学的因子による炎症はお口の中では少ないという印象を私は持っています。そこで、私はお口のトラブルの予防は細菌と力のコントロールがキモ!(基本)と強調したいと思います。

細菌のコントロール

では、いかにしてお口の中の細菌をコントロールするか、ということですが、問題は数と距離というお話でした。細菌の数を減らすには、どうしたよいでしょうか。すぐ思い浮かぶのは、消毒薬でブクブクうがいすることです。でも、残念ながらそれだけでは十分ではないというのが現実です。消毒薬は、唾液中をひとり漂っている一匹オオカミ的な細菌には効果てきめんです。でも、前の記事に書きましたように、細菌は何千万、何億と集まった塊であるプラークとして歯の表面にへばりついて生活しています。なんでへばりついていられるかというと、自分の周りにネバネバ、ベタベタしている非水溶性グルカンというゼリーを出して、その中に埋め込まれているからです。イメージとしては細菌の都市国家がゼリー状のバリアで覆われている感じです。ここでの重要ポイントは、この都市全体を覆うゼリー状バリアが消毒薬を通さない頑強なものであるということです。そのため、今のところむし歯、歯周病を予防には、うがい薬だけでなく、どうしても歯ブラシを使って、物理的にゼリーごと細菌を剥がす(プラークを除去する)必要があるのです。「だったら、プラークを分解する薬でうがいすればいいのでは」と思う方もいらっしゃるでしょう。私が研究室で行った実験では、プラークが付いた歯を5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液で洗うと、ブラシでこすらないでもプラークはさらさらと溶けて流れ落ちました。5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液は歯科ではよく使用する消毒薬で、歯の内部の神経の部屋の治療でもとても頼りになる強力な薬剤です。成分的には例えば家庭で使用するキッチンハイターが近いですが皆様の中に、キッチンハイターを口に含んだことがある方はいらっしゃいますでしょうか。まあ、いるわけないですよね(- -;)。恥ずかしながら、私は湯呑の茶渋をとるためにキッチンハイターを入れていたのを忘れて、間違えて原液を口に含んだことがあります。瞬間で吐き出しましたが、しばらく口の中の粘膜がただれて情けないことになりました。まさに、先ほどの化学的因子による粘膜炎症ですね。プラークのネバネバを瞬時に破壊するほどのインパクトのある薬液はヒト粘膜にもインパクトがあることを身をもって知りました。5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液は有機質なら何でも溶かす非特異的な分解作用があることが知られています。粘膜には安全で、かつプラークの非水溶性グルカンのみを特異的に分解するうがい薬ができたら、ひょっとしたらですが、歯磨きが必要ない時代が来るかもしれませんね。ですが、今のところは歯ブラシでプラークが付いているところを1か所、1か所狙い撃ちしてお掃除していくしかなさそうです。次に細菌と身体との距離のコントロールについても触れておきます。実は、むし歯の治療では昔からこの点に配慮された治療が実践されてきました。むし歯の治療は、歯に空いてしまった穴を人工の材料で詰めて塞ぐことが基本方針になりますが、その目的としては歯の形を元に戻し噛めるようにすることだけでなく、材料で覆うことで細菌が歯と直接接触しないようにして再びむし歯となることを防ぐということも考えられています。お子様などのむし歯予防のために歯の表面のシワシワに樹脂を流し込むシーラントと呼ばれる処置はとても有効ですが、これも材料を介して細菌と生体との間の距離を維持する予防法と言えます。

力のコントロール

次に力のコントロールです。ケガの治療方針は特に急性期(痛みが強いとき)は痛みをやわらげて局所安静が基本方針となります。口の中も同じで、強く噛んでしまい歯が浮いてしまったら、かみ合わせを調整してあたりを弱くする等の対応になります。別の記事で書きましたが、歯にはそれぞれ役割分担があり全体のバランスがありますので、かみ合わせの調整は専門的な判断ができる歯科医師が行う必要があります。治療はこのような当たり前の話になるのですが、予防となると難しいですね。噛む力の強さや食いしばりなどの習慣などは、その人の生活習慣やストレスの受け止め方などの性格も関係し、歯だけ見ていても解決がつかないことが多いです。さらに悪いことに、歯は代謝していないので一度生えたら身体が自然に修復することはありません。欠けたら欠けっぱなし、亀裂が入ったら入りっぱなし。筋肉や骨と違って鍛えて強くなることはありません。歯そのものの長持ちだけを考えるならば、むしろ、かける必要のない力は出来るだけかけない方がよいでしょう。そう考えると、食いしばりの癖がある方はそれを取り除くことがお口の中での力のトラブルの予防になるかもしれません。食いしばりの治療としては、認知行動療法を応用したものがあります。手短に言うと、上の歯と下の歯の間をぴったりかみ合わせず隙間を開けている時間を長くする習慣をつける治療です。というのは、ちょっとでも上下の歯が当たっていると、力を籠める方向に筋肉が働くからです。詳細は顎関節症に対応した歯科医院で相談下さい。個人的にはマインドフルネスなんかも、力のコントロールに有効なのではないかと思っています。

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