第一章 いつだっていつだって始まりは 気づけば目に止まる、性分のせいだろうか。 いや、もうすでに鳴り始めているのだが、当人が気づいていないだけのこと。 それは、往々にして、日常の中に起こりうるのである。 起床 耳元で響くラッパの爆音、生き急ぐ叫び声を片手で止めて、今日も私の世界は目を覚ました。 顔を洗い、席につく頃には、朝ごはんが用意されている。 父は、音楽の鳴り響く忙しないリビングで 『お前ら元気だな』 と小言を言いながら家を出て行く。 私は、なんだかんだと支度を
不変 紫蘇色のジュースをくれた 本屋に行った 映画を見た ご飯を食べに行った 謎解きをした 並んで歩いた 手を繋いだ ご飯を作ってくれた 美味しい唐揚げ作ってくれた 世界一美味しい唐揚げを食べた 気持ちを受け止めてくれた お部屋でお茶をした お部屋でだらだらした 夜の街を歩いた オムライスを食べに行った ポップコーンを作った 美味しいディナーを食べた 電話をした 夜行バスに乗った 美味しい角煮をくれた 世界一美味しい角煮を食べた 観光地を巡った お酒を飲んだ 新幹線に乗った
遺伝 寝巻きが長袖だったか、半袖だったのか そんなことも思い出せない夜。 母は、ビールを飲みながら私に言った。 『あなたには、祖母の良いところが上手く隔世遺伝したみたいでよかったわ。』 平常時に至って彼女は、悲観的な発言をあまりしない人だが、お酒が深く入った夜には自己肯定感を少し欠く節があるようだ。 隔世遺伝。 個体のもつ遺伝形質が、親の世代には発現せず、祖父母やそれ以前の世代から世代を飛ばして遺伝しているように見える遺伝現象のことである。 婆ちゃん。 祖母(私から見
あとがき 後書 この百合樹をどれだけの人が一読下さったのかわからないのだが、まず、『後書』を読んでいただく前に書かなければならない。 このnoteに投稿している文章は、日々つらつらと書き続けたのではなく、過去に時間をかけて書いた文章を分割、再編したものなのだ。 これから読んでいただくあとがきも、作品のようなものとして読んでもらいたい。 後書 私の中で、どうにも折り合いがつかずに靄ついていた心境を、一度文章に書き起こして整理してみようと試みたのが『百合樹』の始まりである。
最終章 漠然とした、未来の中に 相手が選んだ答えは、時に自分に極限の選択を迫ってくる。 厄介なことに、ぶつけられる問いには選択肢を与えられていないのだ。 選択肢を得ない選択問題。 答え合わせの時にはすでに、解き直しも利かないらしい。 百合 同じ名を持った二つの植物は、大きさの変わらない花を咲かせる。 大きさに変わりはないはずなのだが、どうも咲き方に違いがあるらしい。 一方は、人の目につきやすいような背丈で、多種多様な色や形をしている。 片やどうか、高く樹木のようなそれ
最終章 漠然とした、未来の中に 相手が選んだ答えは、時に自分に極限の選択を迫ってくる。 厄介なことに、ぶつけられる問いには選択肢を与えられていないのだ。 選択肢を得ない選択問題。 答え合わせの時にはすでに、解き直しも利かないらしい。 選択 『今日は仕事終わりに会って、新幹線乗り場の近くでお茶をする。』 『お店は彼女が決めてくれているようだし、着いたらとりあえず甘いものでも飲むとしよう。』 『駅人多いな。』 『というか二人で会うの何ヶ月ぶりなんだ。』 『この辺でミルクテ
最終章 漠然とした、未来の中に 相手が選んだ答えは、時に自分に極限の選択を迫ってくる。 厄介なことに、ぶつけられる問いには選択肢を与えられていないのだ。 選択肢を得ない選択問題。 答え合わせの時にはすでに、解き直しも利かないらしい。 生活 食欲の秋、味覚の代表格と言えば秋刀魚であるが、それらを生で食べることは滅多にない。 旬の魚と聞けば、その種の脂が一番乗った美味しいタイミングなわけだが、秋刀魚本来の味を楽しむため、活け作りとすることには大きなリスクを孕んでいるらしい
最終章 漠然とした、未来の中に 相手が選んだ答えは、時に自分に極限の選択を迫ってくる。 厄介なことに、ぶつけられる問いには選択肢を与えられていないのだ。 選択肢を得ない選択問題。 答え合わせの時にはすでに、解き直しも利かないらしい。 下限 『栄えるでもなく、いやに田舎臭くもない、良く言えば中庸的な市街地が広がっている、そんな街中を歩けるだけ歩いてみよう。』 あい変わらず我が家に音沙汰なく現れた彼と二人、今日は、あてもなく街を歩いてみることにした。 いつもと変わらず目的
最終章 漠然とした、未来の中に 相手が選んだ答えは、時に自分に極限の選択を迫ってくる。 厄介なことに、ぶつけられる問いには選択肢を与えられていないのだ。 選択肢を得ない選択問題。 答え合わせの時にはすでに、解き直しも利かないらしい。 存在 私は、冷蔵庫の奥底に眠ったまま、とっくの昔に保存期間を過ぎてしまったカキ氷シロップを見つけ、自分がどこか大人になってしまった気がしている。 何も単純に月日が経ったことにそれを感じたわけではない。 昔は、その季節が来ると、次季を待たず
第六章 馬鹿だねって言われたって 何を自分の信念に据えるべきか。 正しいと信じたものを否定されることは往々にしてある。 が、他人の否定を信じないのに肯定だけ信じるというのはいかがなものだろう。 どちらも信じられないのであれば、最後に信じるべきはきっと。 常識 林檎は木から落ちるし、火は触れると熱い。 父の父は祖父であり、朝には太陽が昇って、夜には月が出る。 芝生に寝転べば気持ちがいいし、シュークリームは有無を言わさずに美味い。 これらは世の中において、常に決まり事とし
第六章 馬鹿だねって言われたって 何を自分の信念に据えるべきか。 正しいと信じたものを否定されることは往々にしてある。 が、他人の否定を信じないのに肯定だけ信じるというのはいかがなものだろう。 どちらも信じられないのであれば、最後に信じるべきはきっと。 転回 私は、万事無事とはいかず、道中戦友を失ったりしたが、なんとか試験勉強という長い戦いを終えた。 以降、面接が残ってはいるのだが、筆記試験さえ乗り越えてしまえばなんてことはない。 余暇を大量に得た私は、何をするでもな
第六章 馬鹿だねって言われたって 何を自分の信念に据えるべきか。 正しいと信じたものを否定されることは往々にしてある。 が、他人の否定を信じないのに肯定だけ信じるというのはいかがなものだろう。 どちらも信じられないのであれば、最後に信じるべきはきっと。 絶命 季節をニつほど遡る。 いや、季節とはいったものの、どうやら最近、日本の四季は境界が曖昧になりつつあるらしい。 回りくどいため要すると、コートを着ていなければ外を歩けなくなってきた。 そんな寒い夜まで遡る。 これ
第六章 馬鹿だねって言われたって 何を自分の信念に据えるべきか。 正しいと信じたものを否定されることは往々にしてある。 が、他人の否定を信じないのに肯定だけ信じるというのはいかがなものだろう。 どちらも信じられないのであれば、最後に信じるべきはきっと。 期待 まだだろうか、ついには声だけでなく腹までもが呼応して鳴いている。 この生活もかれこれ二ヶ月近く経った。 鯖になった気分で部屋に篭り、毎日同じ時間に起床、同じ時間に参考書と睨み合って、同じ時間に風呂に入り、眠る。
第五章 まあこんなもんだ、これでいいんだ 相手と対峙するとき、相手がなにを考えているのか、私をどう思っているのか。 時として、相手の持っているものが全くわからないことがある。 目に見えないそれは、一体どこに存在するのだろうか。 互いの手の内ではない、二人の間、ひとりとひとりの隙間には一体何があるのだろうか。 隙間 これはどうにかならないものか、またしても狭い空間に潜っては、頭を打ちながら這い出てくる。 執拗に私の資料や文具を吸い込んでいくこの空間。 机と私の間。 この
第五章 まあこんなもんだ、これでいいんだ 相手と対峙するとき、相手がなにを考えているのか、私をどう思っているのか。 時として、相手の持っているものが全くわからないことがある。目に見えないそれは、一体どこに存在するのだろうか。 互いの手の内ではない、二人の間、ひとりとひとりの隙間には一体何があるのだろうか。 水平 帰り際、駅舎から見る海の先は、どこまでも長い直線だ。 どこまでも穏やかでフラットな景色のみである。 その直線の長さに海の偉大さを感じる。 『来て、見て、よかっ
第五章 まあこんなもんだ、これでいいんだ 相手と対峙するとき、相手がなにを考えているのか、私をどう思っているのか。 時として、相手の持っているものが全くわからないことがある。 目に見えないそれは、一体どこに存在するのだろうか。 互いの手の内ではない、二人の間、ひとりとひとりの隙間には一体何があるのだろうか。 火煙 火を起こすのは割と難しい。 煙は出るのだが、どうにも炎をあげてくれない。 燻る火種に何度人工呼吸を施しただろうか。 今ここは、日本海と陸地の境界、灯台下のコ