何処までもやせたくて(75)なみちゃんの異変


「私、大嘘つきだよ!」

悲鳴みたいに、なみちゃんが喋り始めた。

「そりゃ、お母さんや妹さんの気持ちを考えたら、
逃げっ放しはよくないんじゃないかな、
って思ったのも、嘘じゃないけど。
でも、帰ってほしい最大の理由は、もっと他にあるの。
あのさ・・・冷蔵庫の中とか、見たよね?」

思い当たるふしのある私が黙り込んでると、なみちゃんは構わずに、
「私が食べそうにないもの、いっぱい入ってたでしょ。
あれね、片っ端から食べるの。
でさ、吐くんだよ。
気持ち悪くなるから吐くんじゃなくて、吐くために食べるの」

「・・・でもさ、吐くの苦痛だって、前に言ってなかった?」
「最初のうちは、そうだったんだけどね。
今はむしろ、逆。
もしかしたら、快感っていうか、ストレス発散になってるかもしれない。
食べて食べて、限界まで食べて、ブワァーって吐くと、
なんか、一瞬だけ、気持ちいいの。
やったあとは、また、自己嫌悪になるんだけどね」

「・・・ごめん、私、どう言っていいのか・・・」

「わかんない、よね。
そりゃそうだよ。
こんなの、まともな人間がやることじゃないもん。
でもさ、私、これがないと、もう生きられないの。
なんか、最近、ストレス多くって、
でも、食べてるときは、それを忘れられるし、
吐くのもつらいけど、変な快感みたいなのもあって・・・」

可哀そう。
なみちゃん、病気なんだ。
でも、それと、大嘘つきって、何の関係があるんだろ・・・

「だからさ、誰かが部屋にいると、困るんだ。
今も、食べたくて、吐きたくて、うずうずしてるの。
私の顔見て、変だと思わなかった?
食べ吐き、続けてると、唾液腺がふくらんで、
エラが張ったみたいになるんだって」

そっか。
昨日、顔つきが変わった気がしたのは、そのせいなのかな。
そういえば、前に入院したとき、
毎日、過食嘔吐してるっていう人がいて、
体はガリガリなのに、頬っぺたの後ろのとこだけ、
ふくらんでて、不思議に思ったっけ。

でも、その人にくらべたら、なみちゃんは全然普通だよ。
昨日の印象も「気がした」っていうレベルにすぎないし、
今だって、アイドルみたいに可愛いのに。

「ごめんね」

なみちゃん、涙目になってる。

「私、あなたのことをさも心配してるみたいに言ったけど、
出て行ってほしい一番の理由は、食べ吐きしたいからなの。
やってることも醜いけど、心はもっと醜いよ。
・・・なんか、泣きそうだから、洗面所、行ってくる」

なみちゃんが洗面所に行ってるあいだ、
身繕いをして、荷物をまとめた。
立ち上がった瞬間、まためまいがしたけど、大丈夫。
私は私で、なんとかしなきゃ。
なみちゃんは、病気なんだから。

洗面所の前に行き、声をかけようとしたけど、
嗚咽が聞こえてきて、とても声なんてかけられない。

「泊めてくれて、ありがとう。
体、大事にしてね」

手帳を破り、そう書き置きして、外に出た。

風が強くて、すごく寒い。

空を見上げると、西のほうに、真っ黒な雨雲。
天気、崩れるのかな。
今にも泣き出しそうな、不安な空模様。

なんか、私の心みたいだ。

泣き出しそうなのは心だけじゃなく、体のあちこちが痛い。
昨夜、慣れない場所で、腰や背中にあてるバスタオルもなしに寝たせいだ。

これから夜まで、どうやって時間潰そうか。
それに、そろそろ何か食べなきゃ。
でも、何なら、食べられるんだろ・・・

とりあえず、図書館に行くことにする。
パソコンがあるから、なみちゃんのこと、
ネットの友達に、相談してみよう。


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