2084年(5)クレイジーSを着るために③

「あのー、この組み合わせに決めました。
どのお洋服も素敵で、いろいろ目移りしちゃいましたけど」

少女がテーブルの上に自分の選んだ服を置き、そう告げると、女主人は満足そうな笑顔になり、
「あら、その組み合わせ、すごく似合いそうね。
まるで、あなたを待っていたみたい。
じつはそのマーメイドブルーのブラウス、去年作ったものなのだけど、1着だけ残っていたのよ」

その瞬間、少女の胸はいっそうときめいてしまう。
特に「マーメイドブルー」という言葉の響きときたら!
それこそ、童話の人魚姫が海から地上に出たときのようなふわふわした興奮につつまれ、すぐにでも、この組み合わせを着て、街を歩きたくなった。

あ、でも、スカートはお直ししてもらわないと。
これから、その相談をするんだよね。

その後、実際に着たうえで、女主人と補正の相談をすることに。
後日、補正したものを少女の自宅に送ってもらうことになった。

「ごめんなさいね、何日もお待たせすることになってしまって」
と、申し訳なさそうな女主人に、少女は、
「いえいえ、そんな」
あわてて細い首を横に振る。

「でも、そのかわりと言ってはなんだけど、あなたにお渡ししたいものがあるの。
じつはこの店では内緒のサービスを用意していて、お客さんにはもう1着、差し上げることにしてるのね。
あなたにはぜひ、これを着ていただけたけたらなって」

女主人がそう言いながら、少女の前に置いたのは、白地に淡い紫と朱の細かい模様があしらわれたワンピース。
手にとってみると、かなり細身のデザインだ。

「あのー、これ」

サイズが合うかどうか、きつくて入らなかったらどうしよう、という少女の心配を見抜いたかのように、女主人は、
「よかったらとりあえず、着てみてくださらない?
予約時に伝えてもらってるデータに合わせて作ったものだから、サイズ的にはほぼ大丈夫だと思うけど」

実際、着てみると――。
完璧にジャストフィットとはいかないまでも、ややゆるめくらいの着心地。
ダイエットを始めて以来、サイズは合わなくなる一方だったから、こんな着心地は久しぶりだ。
しかも、さっき自分が選んだ組み合わせより、色もデザインも自分に似合っているようにすら見えた。

「あ、ありがとうございます。
こんな私なんかのために、その、なんていうか」
こみあげてきた感情が涙になって、あふれ出す。

「いえいえ、感謝したいのはこっちのほうよ。
こんなに素敵な感じで着こなしてくれて。
デザイナー冥利に尽きるというか、あなたのようなお嬢さんが服選びで苦労するなんて、気の毒でならないの。
ダイエットしてるだけでも、大変な苦労なのにね」

少女の涙は止まらず、感激を伝えたくても、言葉にならない。

そのとき、スタッフの中年女性が近づいてくるのがわかった。
店内の時計を見ると、10時55分。

どうしよう、私の時間、あと5分しかない。
涙を止めて、ちゃんとお礼を言葉にしなきゃ。
精算だってまだだし、しっかりしてよ、私。


※つづきます※


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