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春小雨手打ちそばとおじいさん

 この前の日曜日、二日続きの来客にお出しするお茶菓子を バスに乗って駅前まで買いに出かけた時のこと。

 天気は春の小雨模様に時折吹く風は まだ北風で冷たかった。
フードをかぶるが、すぐに風で脱がされる。けれど、やはり小雨は春を告げているようだ。
 駅前の「Tsaito」のビル一階に おいしいバームクーヘンのお店がある。
私はそこで 二日分のお客様と私の分を購入した
「お箱にいれますか?」と店員さんに 聞かれて
「ううん、いいの、お客さんにお出しするからそのままで!」と答えて
「これ おみやげに頂いて、とってもおいしかったから…」というと
店員さんが うれしそうに笑った。

 それから もう一品を何にしようか?と 考えてやはり「果物」がいいなあ!と 思ったので、地下へのエスカレーターに乗る。
ガラス張りのエスカレーターだから 少しは感じていたけれど、地下売り場に着いた途端、目の前が急に明るくなって果物畑が広がった。
 この時期、果物売り場に広がるのは やはり「いちご」だ。
畑が広がるように いろんな種類の「いちご」が並べられていた。
そんな「いちご畑」に 私は目を見張った。

「さちのか」もその他のいろいろな種類もあったけど、やっぱり ここは「あまおう」でしょう!
お値段は 高めでも、おいしさのお値打ちがグーンと あがる!
私は 誘導されるように 大粒の「あまおう」のコーナーへ 歩んでいた。
ワイン樽の上に敷かれたまっ白なクロスの上に並ぶ「あまおう」は 真さに「いちごの王様」だった。
けれど 値段を見て
< え! なんで~ こんな 安いのォ…?>
よ~くよく見てみると、値段札にこんな言葉が 付いていた
【雨の日の 大サービス!】
ああ、なるほどねえ、雨の日はお客が 少くない。
そのうえ、イチゴは「抑えぬように、つぶさぬように!」と、そろりそろりと持って帰らなければならない。
買ってもいいけれど、お持ち帰りが大変!なんでござ~ますのよ。ねえ
でも、私にとってはラッキーなことで、二パック購入した。

 バームクーヘンは リュックに入れ、エコバックに入れた「いちご」は
ひたすら「抑えぬように、つぶさぬように!」と心がけながら、バスに乗り 雨傘をさして しとしと雨のなかを 家路へと急いだ。

すると、目の前を一人のおじいさんが 大きなリヤカーを手押ししているのが見えた。その姿を見た途端
< あれ? あんなして歩いてはるおじいさん 前にも見たことがある…
いつやったかなあ? ああ、あの時は 朝やったかぁ? ゴミ出しの日やったから… けど、今日は夕方や!えらい重そうな荷物やけど、何積んではるんかなあ… >
  今までは 小雨だったからなのか、おじいさんは 雨を気にせずに
しょうちゃん帽を深めにかぶり、使いこなされた黒のダウンジャケットを着こんでいた。しかし 防水加工がしてあるのか小雨が染み込まずに、小さな雨粒が ころりころりと帽子やジャケットから転がるように落ちていた。 そして 着るための雨コートは 手押し車の上にかぶせるように 置かれていた。
< 今は 何処かからの帰り? 私と同じ方向やし… >

 いくらか 私の歩みの方が 早かったのか、追いつくまでに おじいさんは 二回ほど、手押し車を止めておおきなため息を「ふ~ッ!」とついて、腰を延ばすのを 私は見ていた。そして、追い抜きざまに 声をかけた。
「雨 降ってきましたねえ。車 重たそうで一緒に押してあげたいけど、私も荷物持って歩くのが ようようで…」
おじいさんが 私にはじめて気がついたようで、ニッコっと笑って
「ええんです。好きでやってるんやさかい…。ああ、お宅【そば】好き?」いきなり聞かれて
「好きやけど、茹でるのたいへんやから…」
すると、おじいさんが 通りのすぐそばの医院の駐車場に 台車を引き入れ「お宅何人さん?」と聞いて来た。
「私は 一人やし、お蕎麦の乾麺も家にあるから…」と、断ろうとしたが
おじいさんは 一向にお構いなしで
「そんなら お友だちにでも挙げて~」と、台車の雨具や箱にかけていた ビニールを放り出し、「私の同級生がな、【蕎麦打ち】が趣味でな、ほんで神戸から来てもろて、教室ひらいたんやけど、【志】を受け取ってくれへんね。そんなん 何か無いやんか!なあ」私も そのおじいさんの気持ちが わかったんで、同調した。
「そやろ、取ってくれへんかったら、キイ(気)重おてな、どないしたら 返せるかって、考えてたら しんどうなってな!」「わかるわあ」「そんで
あんた 蕎麦打ちの先生の打った蕎麦 もろうてくれへん、わしに何か  返そうと思わんと、そのお返しの気持ちは お宅の友達か誰か他の人に返したらええねん」
私はそのおじいさんの言葉に感動した。
さすがわ、このおじいさんは 立派にお年を取っておられる方。
私は 即座に返事していた。
「あ~、そういう考え方もあるんやねえ。そうやねえ、明日私の友達が来るんで、そうさしてもらうわ!」
おじいさんは 機嫌よく「ほら、【見本】って書いてあるやろ、これは先生の打った蕎麦やから間違いない。3本くらい持って行くやろ!」と、半紙とサランラップに包まれた蕎麦3人前を大きめのビニールに詰め込んでくれた
小雨の粒が 大きくなってくる。
おじいさんは 雨粒でインクが滲んだ「茹で方の説明書」を 一枚加えながら、「大きな鍋で水を沢山いれてな!」私は うんうん首でうなづいて
おじいさんが 雨コートを羽織るのを 手伝っていた。
不器用そうに重ね着をする間、私は雨傘でおじいさんを庇っていた。
「年いくと、身体がいうこと聞きよらへん」
「おいくつですか?」
雨コートをようやく着終わって、台車の荷物を積み始めて
「82や!」と言った。
「いや~、私80なん!」
二人は顔を合わせて 二ッと笑った。

雨の中 相合傘でいくけれど、二人はしっかり濡れていた。
一時、雨が止んだと思う間もなく、霰が風に舞い始める。
「うわ~、霰が 降って来た!どっちの方へいかれます?」と私
「上の方や!」と、顎を突き出した
「え~、上のほうやと、登坂ですよ」心配げに言うと
「大丈夫や、いつものことや、こんなんせんと、もっと年いくさかいにな!」と、頼もしい強気な返事がかえってきた。

お互い 年いったら、いったなりに 若い時と違うがんばりをせんとあかんのやなあ…!と、つくづく思った。


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