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今宵魅せられて 月

日中の暑さはやわらぎ、夕方になると風が冷たくなってくる。夜になると、虫の声がする。

夏が終わりつつあり、秋の気配がひっそりとし始めていたことに気がつく。

月が美しい季節になった。

月は、そのときどきによって、表情を変えるのがおもしろい。

青白いときもあり、赤いときもある。これは、大気の厚さの影響による。

自然現象なのだとわかってきたのは、最近のこと。

この月の表情の移り変わりに、いにしえの人々は、神秘性を感じ、崇高な面持ちで仰ぎ見たことだろう。

人はその月に様々な想いをよせた。

神を、仏を、そして愛する人を想った。

歌人の西行は、月の歌も多くのこしている。

弓張りの月にはずれて見し影の
      やさしかりしはいつか忘れん     西行

(弓の弦のような月の光がはずれるように、届かぬところでひっそりと見ていた優美な愛しい人の面影を、私はいつか忘れることができるだろうか)

この歌は、西行の報われなかった恋を思わせる。

これほどまでに、西行が周りをはばかって相手を見ていたとなると、やはりかなりの身分の女性だと推察される。(みんな、そう思った)

噂の女性は、待賢門院璋子(たいけんもんいんしょうし)。

西行の出家の原因のひとつは、待賢門院璋子だという伝説がある。

待賢門院璋子は、鳥羽天皇の皇后だった。さらに、驚くべきことに、天皇の祖父白川法皇の寵愛をも受けていたのだった。

17歳年下の西行まで、心を奪われていたのだとするのなら、待賢門院璋子の魅力はかなりのものだったのだろう。

ただならぬ男性たちをとりこにしたのだから、魔性の魅力と言えるかもしれない。

芸術には、インスピレーションを与える対象が必要だ。待賢門院璋子は、西行にとってのミューズとなった。

決して手の届かない高貴なお方への恋心は、西行の創作意欲をいっそうかきたてた。

月にその想いをたくしながら、西行は歌を詠んだ。狂おしく。

時は流れて、人も歴史も変遷したが、西行の歌は今も心に響きわたる。

それは、月の美しさが、この現代においてもロマンチックに心をかきたてるからにほかならない。

今宵、月を見ながら、いにしえの人々の心を想う。


西行   武士 23歳で出家 歌人(1118~1190年)

待賢門院璋子 鳥羽天皇の皇后   (1101~1145年)




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