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「シャッター アイランド」あらすじ解説【マーティン・スコセッシ】

例えばですが、あなたの周りのひとたちが、財政破綻論を信じてまして、信じないのはあなただけ、周りは必死に説得しますが、あなたは絶対認めない。あなたはだんだん嫌われはじめて、モンスター扱いされだしました。

その時あなたはどうしますか?人間関係重視しますか?自分の信念重視しますか?


あらすじ

患者脱走の報告受けて、犯罪者専用の精神病院の島に渡った連邦保安官デカプリオ(エドワード・ダニエルスという役の名前がありますが、面倒なのでデカプリオで統一します)。

なにやらあやしい病院でした。翌日患者は見つかりますが、嵐で本土に戻れません。病院に対する疑いを膨らませたデカプリオ、最終的に一番臭い灯台に乗り込みます。

そこで明らかになったのは、精神を病んでいるのはデカプリオ自身だったということです。デカプリオは子供たちを殺した自分の妻を殺してしまい、そんな事実が受け入れられなくて精神を病んでいたのです。

彼は自分の罪を認めます。精神病が治ったのです。治らなかったらロボトミー手術(脳梁を切断する手術)が必要だったのですが、不要のようです。実は患者の脱走も、自分の考えの矛盾をデカプリオに気付いてもらうためのロールプレイだったのです。病院の2年間の苦労が実りました。

しかし翌朝、担当医シーアンが会話してみたところ、デカプリオの精神は元に戻っていました。こりゃアカン。院長にサインを送るシーアン。

そうか、アカンかったか。治らんかったか。横を向いて絶望する院長。

ロボトミー手術の準備をするスタッフ。

ところが、デカプリオはシーアンに言うのです。
「どっちがマシかな? モンスターとして生きるか、善人として死ぬか(周りから奇異の目で見られながらも信念を保持するか、信念を放棄しても周りに合わせるか)」

シーアンは驚きます。自己の立場と病院の立場を、この男は上から見ている。つまり、狂っていない。

しかしデカプリオはシーアンの呼びかけに耳を貸さず、自発的にロボトミー手術に向かいます。

(あらすじ終わり)

内容解説

不確定物語

本作は非常に難解です。最後に手術に向かうデカプリオが実は正しいのじゃないかと思いながらも、明解な証拠を見つけられずに、視聴者は煩悶させられます。明解な証拠は無いのです。病院サイドとデカプリオサイド、両方それなりに正しく見えるように、あえて意図的に作られてます。逆に言えば両方それなりに正しくない。正解はどこにもありません。情報全てが不確定です。視聴後、心になんだかモヤモヤしたのが残ったならば、あなたは正しく映画を鑑賞できてます。

でも実生活でのイベントは実は大抵こうなのです。真相はたいてい不明確です。捜査に大人数かけた殺人事件も、時々冤罪発生します。はっきり言えるのはただ一点、意見対立の存在だけです。そう考えると本作は不確定さゆえに現実に近い、むしろリアルな物語です。もっともその不確定さはいささかやりすぎレベルです。

動く灯台

島に到着した日、保安官デカプリオは、海岸から少し上に行ったところから斜め上を指さして職員に質問します。「あの塔は?」「昔の灯台だよ。下水処理施設だ」

三日目にデカプリオは灯台に向かおうとします。灯台は海岸ぞいに移動しています。

四日目に灯台は離れ小島の中にあります。よく見れば周りを囲っている柵の大きさも変わっています。デカプリオは、意を決して灯台に泳いで到着します。

映画のラストシーンは灯台です。海辺にありますが地続きになっているかどうかは定かではありません。

地理的存在すら当てにならない、いわんや事件をや。全部グチャグチャ物語なのです。

高密度

全部グチャグチャ物語のくせに、信じられないほど高密度です。映画史上最高レベルです。高密度作品はたいてい難解になります。脳みそへの負担が大きいですから。その時その時登場人物が、何を考え行動しているか、それを読むだけで一苦労です。一回見ただけでは1/10くらいしか読めません。ところに加えて灯台まで動くグチャグチャ設定、正常な脳みそでは普通はわけがわからなくなります。

作品の構成はこうなっています。

前後対称になってます。一例として軍人ぽい警備隊長を見るのは

対称になっている赤部分です。こういう対称構造は、文学でも密度が高い作品に頻発しますが、映画でここまでかっちりするのは珍しい。つまり高密度です。

欲張り過ぎた渡航

わかりにくさの理由の一つはデカプリオの渡航目的が多すぎることにあります。

公的な目的は失踪したレイチェル・ソランドーの捜索です。

他に妻の敵討ちの側面もあります。妻はアパートの火災で死にました(と映画当初では彼は考えています)。放火犯はこの島に居ると言う情報持っています。

さらに加えて、昔ノイスという学生からここで異常なことが行われていることを聞いています。島で行われている不正を暴こうとしています。つまり

1、失踪者の探索
2、妻の敵討ち
3、病院の不正を暴く

三つも目的持っています。渡航目的まで高密度。少人数で多方面作戦は普通は失敗します。デカプリオもやはり失敗します。デカプリオの失敗に押し出されるように視聴者も内容理解に失敗します。

相棒裏切り物語

もっとも味方候補は存在しました。シーアン医師です。彼は初日に島に渡る時、デカプリオの相棒の保安官としての役割でした。

ところが四日目の最終決戦では、2年間デカプリオの主治医を務めていた、と言い出します。

それがどこまで本当か、証拠がないのでわかりませんが、病院サイドの人間なのは事実です。しかしデカプリオと二人で行動しているうちに、少し気持ちが寄った瞬間がありました。
二日目雨の中建物に寄った時、密室なので安心して、デカプリオは状況説明はじめます。これこれこういう理由で島に来た。だが自分は大戦中ダッハウでドイツ人捕虜を虐殺した経験で、殺人だけはこりごりしている。レディスを見つけても殺しはしない、証拠をつかんで暴露する。すると相棒(実はシーアン医師)が、踏み込んだ反論してきます。

相棒:待てよ。ここのことを調べてたら、たまたま保安官が呼ばれたのか?

デカプリオ:運よく患者が脱走してチャンスが来た。

相棒:そうじゃない。世の中そううまくは運ばない。
施設の周囲には通電フェンス。
C棟は南北戦争時代の砦。
院長は諜報局とつながり、資金の出所はアカ狩り組織(非米活動委員会)。
黒幕は政府だよ。
あんたはハメられたんだ。嗅ぎまわったから。
そもそもレイチェルって女が存在してた証拠が?

デカプリオ:保安官の中でなぜ俺が?

相棒:目をつけられてたんだよ。「脱走事件」をエサに奴らはあんたを釣り上げた。

シーアン医師、ついつい本音を言ってしまうのです。


構造上、二日目の4節と対称になるのが四日目の15節、灯台の中での最終決戦です。黄色の部分です。

相棒はここで、自分がシーアン医師であると身分を明らかにし、全てはロールプレイであったと告げます。病院サイドにつきます。

元来病院サイドの人間だから当たり前です。裏切られたデカプリオは怒ります。

構成上の最大のポイントはこの黄色の箇所の対です。実際所要時間も長く取られています。



最後の希望

デカプリオは前日の三日目には、既に相棒を少し疑ってます。最初にここがヤバい病院だとデカプリオに教えたジョージ・ノイスが示唆したからです。だからデカプリオは警戒して、相棒が持ってきた書類に目を通さなくなります。

そんなデカプリオに相棒は不満を訴えますが、

デカプリオは邪険に扱います。すると相棒が消えます。探します。崖下に落ちています(誤認です)。

それならそれで仲間なんだから助けなきゃという気持ちが異常に強いデカプリオは、焦って崖を下りて助けに行きます。しかし相棒は居ません。

翌日も相棒を探しますが居ません。自分が死んでも仲間を助けるタイプのデカプリオ、疑わしい灯台に単騎突撃してあえなく敗北します。仲間と思っていた相棒=シーアン医師が敵方についたからです

落ち込んで自分が殺人犯だと言い出すデカプリオですが、相棒の裏切りショックが一番大きそうです。だからその時はシーアンとは会話しません。

翌日シーアンが院長にサインを送っているの知りながら、

デカプリオは自分サイドに引き戻そうとします。

そして、「どっちがマシかな? モンスターとして生きるか、善人として死ぬか(周りから奇異の目で見られながらも信念を保持するか、信念を放棄しても周りに合わせるか)」と言ってロボトミー手術に向かいます。自分はこれから廃人になるけれども、自分の主張がせめて相棒の心の中に残ること、それがデカプリオ最後の希望だったのです。

病院のウソ

シーアンが崖下に落ちたと誤認したのですから、デカプリオの認識の不確かさは明らかです。つまりデカプリオの見たこと聞いたことは全てあてにならない。では病院側はウソをついていないか。明快にウソをついています。

四日目軍人に回収されて病院に戻って来たデカプリオ、院長と話している時、相棒がどこに行ったか質問します。

院長は「君は一人で来た」とウソを言います。

続けて、
「ここでの価値ある試みはなかなか理解されない。人はすぐ簡単な解決法に飛びつくからね。理解されなくとも私はあきらめずに闘う」と、まるで文脈に関係のない小演説をぶちます。

非常に不自然なのですが、「あきらめずに闘う」という言葉が好きなデカプリオはつられて笑顔で、「ご立派です」と同調します。

そのデカプリオの反応を確認した上で、再度院長は聞きます。「相棒の話を聞こう」と。

デカプリオは今度は、「相棒って?」と言います。一瞬で相棒の存在を忘れたようです。

院長は洗脳が成功して満足します。明快なウソで言いくるめたのですから大成功ですね。実は三日目に本物のレイチェルから、精神をコントロールする薬は36時間から48時間後に利く、という情報がありました。

It takes 36 to 48 hours for neuroleptic narcotics to reach workable levels in the bloodstream.
食べ物、飲み物、タバコも危ないと。デカプリオが島に来てから薬やタバコの供給を受けたのは、初日と二日目です。

四日目は効果が出ているかどうかギリギリですから、院長は十分薬が効いているのを確認して、しめしめと思ったのです。がしかし、薬効は本当は不十分でした。デカプリオは、すぐに相棒救出に動き出します。妻の幽霊に灯台に行くことを止められているにもかかわらず、振り切ります。

直後に相棒を探しにゆくという事は、相棒を忘れていないという事です。「相棒って?」というのはウソです。つまりデカプリオの演技に院長が騙されている。フェイク合戦です。局面的には勝っています。デカプリオは前日三日目にC棟ノイスと会話して、病院の意図を完全に読み切った状態になっているからです。

ノイスとの会話

ところが院長は院長で、発言の切り取りで説得しようとします。

病院は三日目C棟でのノイスとの会話を秘密裏に録音しており、「あんた自身とレディス、それが核心だ」というノイスの発言をとりあげて、デカプリオ=レディス説を打ち出します。実際のノイスの発言は、「俺は脇役」と続くのに、それは取り上げません。悪質な切り取りです。

C棟でのノイスとの会話は、作中最も「文学的」で、重要ですけど曖昧なので、聞いただけでは把握しづらい。作品理解最大のハードルです。長くなりますが、以下全て書き出して悪質な切り取りであることを証明します。

1・「ノイスとの予期せぬ再会」
2・「連れ戻されたノイス」
3・「迷路に放り込まれているデカプリオ」
4・「真実か彼女か二者択一」
5・「レディスは灯台?」

の五節で構成されます。

1・「ノイスとの予期せぬ再会」

ノイス:レディス。ここに戻さないと言ったろ?約束したはずだ。嘘をついたな。
デカプリオ:レディス、レディス?
ノイス:笑わせるな
デカプリオ:その声・・・
ノイス:この声を忘れたか?あんなに話をしたのに?嘘をつきやがって。
デカプリオ:顔を見せろ
ノイス:連れ戻された。二度と出られない。マッチが消えるぜ。
デカプリオ:お前の顔を見せろ
ノイス:また嘘をつく気か?真実のために?
デカプリオ:そう真実を暴く
ノイス:あんたと、レディス、それが核心、俺は脇役、ただの糸口。
デカプリオ:ジョージ・・・ジョージ。ノイス?あり得ない。君がここにいるなんて

2・「連れ戻されたノイス」

ノイス:よく見な〈傷を見せる〉
デカプリオ:誰がやった
ノイス:お前さ
デカプリオ:バカな
ノイス:お前がしゃべったから連れ戻された
デカプリオ:刑務所からまたここへ?全部調べて君を助け出す
ノイス:一度は出られても、二度出るのはムリだ

3・「迷路に放り込まれているデカプリオ」

デカプリオ:なぜ連れ戻された?
ノイス:奴らはお見通しなんだよ、お前の計画すべてをね、お前のために仕組まれたゲームだ。真実を暴く? お前は迷路に放り込まれたネズミさ。
デカプリオ:それは違うよ、ジョージ、それは違う。
ノイス:そう思うか?ここに来て独りっきりの時が?
デカプリオ:相棒と一緒だった。
ノイス:前に組んだ奴か?
デカプリオ:あいつは・・・連邦保安官だ。
ノイス:組んだのははじめてだろ?
デカプリオ:俺だって見る目はある、あいつは信用できる。
ノイス:奴らの勝ちだな。

4・「真実か彼女か二者択一」

ノイス:奴らは俺を灯台に連れて行って、脳を切り裂く、それもこれも・・・お前のせいだ!
デカプリオ:ジョージ、君を助け出す。灯台には行かせない。
ノイス:真実を暴きレディスを殺す?ムリだねどっちか選ばなきゃ。
デカプリオ:俺は誰も殺さない。
ノイス:嘘つけ!
デカプリオ:レディスは殺さないよ、誓う!
ノイス:彼女(妻)は死んだ、彼女は・・・忘れちまえ。忘れるんだ。
妻の幽霊:彼に話して、あの時の事を、
ノイス:言う通りにしろ。
妻の幽霊:あのロケットをくれた日、
ノイス:忘れろ!
妻の幽霊:胸が張り裂けそうだったわ、
ノイス:彼女はお前をおかしくしてる。
妻の幽霊:あまり幸せすぎて。
ノイス:彼女に殺されるぞ、殺される。
ノイス:真実を知りたきゃ彼女に構うな。忘れろ!
デカプリオ:そんなことはムリだ。
ノイス:じゃ島を出られない。
デカプリオ:ドロレス(妻消える)

5・「レディスは灯台?」

ノイス:奴はここにいない、この棟から他に移された、A棟でなきゃ居るところはひとつ。
デカプリオ:灯台か。

ノイス:おい、幸運を。(終わり)

まずは証明1です。
レディス以外にC棟に一時入れられ、その後他に移されるべき人物は他に登場しません。よってノイスの最後の発言は「レディスがここに居た、今はおそらく灯台に移された」という意味です。この時点でデカプリオが居るのは「この棟」つまりC棟です。レディス=デカプリオとするならば、レディス=デカプリオはここに居ながらここに居ないことになり、矛盾します。よってレディス=デカプリオは間違っています。院長の説は間違いです。

つぎに証明2です。会話中の、
4・「真実か彼女か二者択一」節

ノイス:真実を暴きレディスを殺す?ムリだねどっちか選ばなきゃ。

ノイス:真実を知りたきゃ彼女(妻)に構うな
の二つの発言に注目します。
(真実暴く or レディス殺す)かつ
(真実知る or 彼女に構う)すなわち
(レディス殺す=彼女に構う)
つまりレディス案件=妻案件と見当がつきます。「真実」とは病院の不正のことです。病院不正案件と妻案件との、多方面作戦は無理だとノイスは言っています。常識的な発言です。てゆうかノイスにまで多方面作戦癖をつっこまれるデカプリオってどうよ。ノイス自身は真実=病院不正の被害者ですから、もちろん真実優先で行ってほしい。そうじゃなきゃ廃人にされてしまう。でもまあデカプリオは妻のほうが大事だろうな、そう思っているから、

1・「ノイスとの予期せぬ再会」節

ノイス:あんたと、レディス、それが核心、俺は脇役、ただの糸口。
(言い換えれば、あなたは妻案件を優先させて病院の不正は探求してくれないだろう)

という発言になります。発言前半切り取って、デカプリオ=レディスとする院長の説明は、まったくのインチキとなります。(証明終わり)

そもそも三日目に、ノイスの居るC棟に潜入しようと提案したのは、相棒、つまりシーアン医師です。

想定される状況は以下になります。院長はデカプリオの言質を取るためにあらかじめノイスの独房に録音機を仕掛けておいた。手下のシーアン医師がその命令を受けて三日目午前にデカプリオをC棟に誘った。
C棟では最初に暴漢が襲ってくるのですが、

これも仕込みです。デカプリオが暴力を振るった危険人物だ、という既成事実を作るためです。

暴漢を除去するふりをしてシーアンは退出、間接的にデカプリオとノイスの再会をおぜん立てした。しかしあまり良い録音にはならず、やむなくさほど的確ではない切り取りをしてデカプリオ説得用の証拠としました。

実は教養人のデカプリオ

ノイスとの会話はわかりにくいです。デカプリオがその場で十分理解できたのが不思議ですが、彼は作中でかなりすぐれた教養人としてのキャラクターを与えられています。
初日院長の部屋でレコードがかかっています。相棒は「ブラームスかな?」と言いますが、デカプリオは「マーラーだ」と言います。

曲はこちら

1950年代当時マーラーはそれほど有名な作曲家ではなく、弟子のワルターやクレンペラーが交響曲を演奏していただけです。ましてや未完成のピアノ四重奏曲を知る人はほとんど居ません。それを記憶している、というだけでかなり強力な頭、手ごわい敵と病院サイドには映ったはずです。だから録音機を設置した病棟にわざわざ誘導して、なんらかの説得材料、証拠をつかみたかった。しかしノイスとの会話の局面に関しては、病院の手間をかけた作戦は失敗しています。

政府内部戦争

たかだかデカプリオ一人の説得です。病院はなんでここまでやるのでしょうか。それはデカプリオの役職が「連邦保安官」だからです。かなり重い役職です。西部劇の田舎保安官とは違うのです。

Mr. McPherson, we are duly appointed federal marshals.

この「連邦保安官」は、大統領が指名し上院が承認する、全米で94名しかいない役職です。管轄は司法省です。

一方病院は非米活動委員会(つまり政府反共組織)が資金源です。CIA(当時はOSS・・訂正です、1947年からCIAですから、映画の時点1954年ではCIAです。しかし作品中ではOSSと発声されています。意図的な間違いか、職員がマヌケという設定か、脚本家の勘違いかは探求しませんあしからず)ともつながりが強い。これは政府内部の戦争なのです。もしもデカプリオに不正を暴かれたら、問題とかクビとかのレベルじゃないです。病院全体即閉鎖、責任者が大量投獄。追求対象は政界官界の大物にまで及びます。日本でいえば東京地検特捜部が襲撃してきたのに近いですかね。ですから病院側も必死です。必死だから、

シーアン医師は連邦保安官の身分証を偽造してでも作戦を実行するのです。さりげなく映されるので気づきにくいですが、これは公文書偽造で犯罪のはずです。医療のためという言い訳が効かないレベルです。本当はやりたくない、でもやらざるをえない、今やらなきゃ後がない。一見デカプリオ一人がバタバタしているだけのように見えますが、病院側もそれ以上にバタバタしています。

デカプリオがさほど錯乱していないと仮定してのあらすじ

物語の前

第二次世界大戦で活躍したデカプリオ、今は連邦保安官をしています。妻と三人の子どもが居ました。いずれも死にました。レディスという放火魔の起こしたアパートの火災です。子供も死んだのが辛過ぎて、「元来子供は居ない」と思い込んでいます。すごいトラウマです。

放火魔レディスは、シャッターアイランドに収容されています。実はこの島のうわさはジョージ・ノイスという学生から聞いていました。精神研究に協力して精神を病み、教授を殺しそうになりました。島に収容されて治ったのですが、出て二週間後に三人殺します。治ってないじゃん。
ノイスは裁判では「死刑にしてくれ、病院には戻さないでくれ」と懇願しました。結果的には無期懲役になります。この島ではなにかとんでもないことが行われていると思っています。

初日

というところに、保安官への来訪要請が来ます。幸便とばかりに乗船します。船には相棒が居ます。同じ連邦保安官です。オール保安官という名前です。連邦保安官は94名しかいないので、近隣の保安官の名前はだいたい把握できています。でも聞き覚えがない。ポートランドに似たような名前の保安官が居たような気がしますが、本人はシアトルだと言います。実は彼は病院で働いているシーアン医師でした。相棒はデカプリオの上着からタバコをこっそり抜いて、デカプリオには薬入りタバコを渡します。徐々に精神コントロールしてゆこうという考えです。

島に到着します。レイチェルという女性が失踪したようです。周りは海ですから、患者が脱走しても騒ぐ必要ありませんが、レイチェルは元来女医で病院を告発する構えだったので、口封じに強制収容していました。下手をすると情報が洩れます。やむなく連邦保安官を招き入れたのですが、招き入れる前に仕掛けをしています。

1、デカプリオが子供三人死んだトラウマを抱えていることを察知
2、レイチェルの部屋に謎めいたメモを残し、デカプリオに発見させる。うち一つの項目は簡単で分かりやすいもの。自力で解いたデカプリオがより一層メモに食いつくようにするため。
3、看護婦を一人をレイチェル役として振舞えるよう準備しておく。
4、他のスタッフにも情報共有。
5、患者のうち数人にも、「レイチェルについて質問されたらこう答えろ」と教えておく。内容は「三人の子どもを殺した」という話。デカプリオのトラウマを刺激する作戦。

病院を臭いと睨んでいるデカプリオを招き入れて、一気に洗脳してしまおうと。レイチェル自身はあとで身代わりを作ればなんとかなります。とにかく保安官に解決したと言ってもらえているのですから。しかし女医の告発より保安官の告発のほうが恐い。司法の専門家だから当たり前ですね。

島で院長と話している時、デカプリオは頭痛を感じてアスピリンを所望してしまいます。なにが仕込まれてるかわからないのに、これは致命的ミスでしたね。

レイチェルの部屋を見ます。病院が仕込んであった「4の法則、67は誰?」のメモを発見します。デカプリオ、残念ながら食いつきます。

その後職員への聞き込みをして初日は終わります。タバコの影響か、アスピリンに別の物質が混ざっていたのか、夢を見ます。妻の夢です。妻は燃えてしまいます。レイチェルもレディスもここに居ると教えてくれます。

二日目

朝、ひどい雨だから屋外のレイチェルはどうせ死んでると、院長は気楽に構えています。しめしめ情報漏洩は避けられそうだ。あとはこいつだけだ。

デカプリオは患者たちに聞き込みしますが、判で押したような答えです。テンプレ仕込まれていると感じます。もっとも一人の女性患者は、相棒に隠れて「逃げて」と知らせてきます。やっぱりこの病院は臭いです。

雨をついて島の内部を相棒と探索します。人間殺して埋めても誰も気づかないような島です。探索中に相棒は本音を言ってくれます(前述)。

その後二人は回収されて病院へ。病院では理事会のようなものをやっています。理事の議論を聞いて、デカプリオは発見します。
「合計の患者数は66人、メモの67番目とはレイチェルのことだ」
発言を聞いた理事は「くだらん」とか言いますが、実はうまく洗脳できそうだと喜んでます。

押し付けられた情報に人は敵対心を持つものです。しかし自力で発見したと思った情報は、自分で疑うのは難しい。だからまずは自分で発見させる、そう仕向けるのが洗脳技術です。これなら安心と、デカプリオに実はレイチェルは戻ってきていると伝えます。

ニセレイチェルに面会します。ニセレイチェル役あてがわれた看護婦は打ち合わせ通り、湖で泳いだとか言います。洗脳の伏線です。一人で寂しかったとか言って、デカプリオに抱き着きます。これも洗脳目的の演技です。妻が忘れられないデカプリオはそれなりにダメージくらいます。

面会終了後、デカプリオは雷が目にチカチカして頭痛がします。薬を勧められてまた飲んでしまいます。これまた大失敗です。薬のせいで、また夢を見ます。長い夢です。

ダッハウの収容所にニセレイチェルと子供の死体があります。

次に院長の部屋に放火魔レディスが居ます。レディスはデカプリオを俺の友達とか言い出します。

レディスは相棒と入れ替わります。時間がないと言います。

突然叫び声が響き、次に同じ部屋に、レイチェルと彼女が殺した子供の死体があります。

デカプリオは「面倒なことになる」と言います。子供を抱えると「なぜ助けなかった」とデカプリオに言います。湖に行って、子どもを水に沈めます。

目が覚めます。まだ夜です。

というところでドアが開いて、レインコート着た妻が入ってきます。まだ夢の中だったのです。妻は「レディスは生きていてここに居る」と言います。「あいつを捜し出して殺すのよ」と。

こんな夢を見るということは、

1、この時点ですでに、病院サイドの薬、タバコ、レイチェル使った狂言が相当デカプリオに効いてきている。
2、ただし妻だけは別の階層の夢に出てきた、つまり妻だけは深層心理の別の領域に居て、病院サイドはまだここにアプローチできていない。

ということです。

三日目

相棒に促されてC棟探索、ノイスと重要な会話をしますが前述のため省略。洞窟で本物のレイチェル、女医レイチェルに遭遇します。彼女から病院のヤバい実態を教えられます。

「ナチスはユダヤ人、ソ連は囚人、我々はシャッターアイランドの患者を実験台にした」
その日は洞窟で眠ります。夢は見ません。薬は徐々にデカプリオの体の中に浸透していますが、知識としては今まで考えていたことを裏付けるものが得られた三日目でした。

四日目

朝、軍人に回収されます。
病院に到着、院長に「相棒は?」と尋ねた話は前述したので省略。やはり相棒はヤバいことになっている。救出しなきゃ。灯台さんは海中に鎮座されています。

泳いで渡って最終決戦です。以下病院サイドの攻撃列挙します。

1、洞窟の中のレイチェルはあなたの幻覚だ。2年間ここであなたを治療してきた。あなたは保安官ではなく、元保安官なのだ。
2、受入票を読め。退役軍人。元保安官。罪を反省していない。これがあなただ。
3、4の法則の説明。あなたはレディスなんだ。妻を殺した自分の罪が許せなくてもう一人の自分を作った。2年間その話を聞いてきた。
4、ダッハウでのドイツ人監視兵虐殺も本当かどうかあやしい。
5、ノイスがあなたをレディスと呼んだから、怒ってノイスをさんざんに殴ったのだ。あなたの精神病が治らないなら人を傷つけないようにロボトミー手術うけさせる。
6、シーアンはここの医者。あなたの主治医。
7、その銃はおもちゃ (お前はおもちゃの銃に気づかないほど病んでいる)
8、奥さんは鬱で自殺願望があった。彼女がアパートに放火したから、君たちは湖畔に引っ越した。湖畔で彼女は子供たちを溺死させた。夢に出てくる子供はそれだ。
9、再現イメージ、デカプリオ気絶

お読みのように、なぜノイスを再度入院させたのか、という説明はまったくありません。無期懲役で監獄に入っていたのに、ここに護送されています。ここを死ぬほど嫌がってました。死刑以上に嫌がっていました。当然暴れたはずなのですが、ノイスの傷はデカプリオがつけたと言い張ります。最終戦の目的は、ノイス案件=病院不正の隠蔽だからです。

受入票なんぞは簡単に偽造できますし、4の法則も病院サイドがひねり出したちんけな仕込みです。多分院長パズルマニアですね。それでもデカプリオが説得されてしまうのは、子供を失ったことが辛過ぎた、過去のトラウマに触れるからです。

極端に仲間意識が強いデカプリオですから、相棒シーアンの裏切りで落ち込んだ直後に、トラウマを上手に活用されてはひとたまりもありません。でも客観的に見れば病院が不正をしているという疑惑は、まったく晴れていないのです。責任回避方法としては頑張っています。しかし薬の効果ナシでこの説得が通用する人は多分いません。

デカプリオは失神します。ふと気が付くと病室に居ます。67番目の患者になっています。ニセレイチェル役の人は看護婦でした。デカプリオは、娘の名前が「レイチェル・レディス」だと言い出します。そして妻を殺したからここに来たと言います。

しかしもし仮に本当に回想シーン通りだとしても、妻が「楽にして」と言ったから銃殺しただけで、他の患者みたいに斧で殺したとか、目を切り裂いたとかではないんですね。残虐ではない普通の殺人、情状酌量の余地あります。それで2年この島に居たなんて、ちょっと不自然すぎますね。保安官バッジも返納せず、別の名前の身分証を偽造して2年間過ごしたのでしょうか。ノイスの顔は憶えていても、2年間見続けた院長やシーアンの顔は忘れていたとでも言うのでしょうか。

五日目

最初のあらすじ通りです。病院全員で四日間かけて、大汗かいて納得させて、一晩経ったら元通り。「こんな島から脱出しよう」とか言い出します。だめです。失敗です。ハイ手術手術。

と、手順を見てゆけば、病院の努力がこっけいに映ります。こんな茶番に納得するわきゃないだろ。

かくてデカプリオは手術に向かいます。廃人の誕生です。この後、病院サイドの人達は司法省に「暴れまわって手に負えないので、やむなく治療を施した」と言い訳するのでしょうね。デカプリオを説得できればよかったのですが、失敗したので仕方がない。

そもそも病院が「元保安官」にここまで大手間かける可能性はゼロですね。チャチャっと手術して、駄目なら死んでもOKです。どこかに埋めればいいだけです。ここはそういう施設です。ところが相手が現役連邦保安官だからこそ、凄い労力かけました。しかし努力は実りません。行政的にハイリスクな、自分たちも嫌な手術を強行するしかありません。メンツをつぶされた司法長官の激怒の表情が目に浮かびます。これから司法省全体を敵として生きていかなきゃいけません。きつい選択ですね。お気の毒です。

(デカプリオがさほど錯乱していないと仮定してのあらすじ終わり)

というふうに、デカプリオがさほど錯乱していないという前提でも全体を解釈することは十分可能です。しかし相棒が崖の下に落ちたと誤認した以上、錯乱していることも確実なのです。ただし、その錯乱の程度はわかりません。上記解釈がかならず成り立つとは言い難く、同時にかならず成り立たないとも言い難い。表をご覧ください。本作のバランスこうなります。

赤が初見でのイメージ、上記あらすじは青の解釈です。
デカプリオが正気であるほど病院は悪徳になります。逆にデカプリオは狂気ならば、病院は善意のかたまりとなります。あるいは中間のどこでも解釈を成立させることはできます。そしてどの位置にくるか、という決定的な情報はありません。どこかの位置に来るというだけです。確実に言えるのは、立場の違いが存在しているということだけなのです。

そもそも灯台の位置さえ動く設定です。善悪の解釈なんぞ動くに決まっています。ちなみに灯台=真実の象徴と捉えれば、移動の意味は明らかです。真実さえ移動するのです。歴史に領域に属する第二次世界大戦中の、デカプリオの回顧の中の、ダッハウのユダヤ人強制収容所のシーンでさえ本作ではそうなのです。

アメリカ陸軍第442連隊戦闘団

ダッハウのユダヤ人収容所の開放活動で主力となったのは、アメリカ陸軍第442連隊戦闘団隷下の第522野戦砲兵大隊です。第442連隊戦闘団は日系人で構成されます。彼らの活躍はこちらからどうぞ。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0B8TSY5XX/ref=atv_dp_share_cu_r

ダッハウでの活動は33:52より。
ダッハウで雪に埋もれた死体を見たのは彼らです。

映画では、

この連隊は勇猛な活動を示したようです。
「第二次世界大戦では、『アメリカ軍の歴史において最も多くの勲章を受けた部隊』である第四四二連隊戦闘部隊の功績が日系アメリカ人の愛国心を劇的に示し、一般のアメリカ人のあいだに日系人を強制収容所送りにしたことへの罪悪感をかきたて、それはやがてアジア系移民にたいする規制の撤廃につながった」(S.ハンチントン「分断されるアメリカ」p279)だそうです。だからデカプリオは本当は日系人だという解釈も成り立ちます。たまたま白人が演じているだけだと。

ところが、ドイツ人監視兵を虐殺したのは、別の部隊、アメリカ陸軍第7軍第45歩兵師団でして、白人の部隊です。

つまり他の部分の解釈と同じく、大戦中の状況も解釈は両方可能なのです。部隊の特定ができない。雪の死体を発見したのがウソで、虐殺したのが本当、あるいはその逆の解釈も可能です。しかしわざわざ院長が、

You were at Dachau,but you may not have killed any guards.

と言っている以上、虐殺したのがウソ、というポジションで解釈したくなります。相手の記憶の不確かなポイントを攻めるのが洗脳の基本だからです。
作中でデカプリオは、相棒を救うため全てを投げ打って頑張りますが、日系人で構成された第442連隊戦闘団最大の戦闘は、仲間を救出する作戦でした。

「テキサス大隊の211名を救出するために、第442連隊戦闘団の56名(617高地:第2大隊12名、失われた大隊救出:連隊本部等3名、第100歩兵大隊11名及び第3大隊30名)が戦死し、約800名が負傷した。 この戦闘は、後にアメリカ陸軍の十大戦闘に数えられるようになった」

856名の損害で211名救出です。無茶苦茶ですね。
ここでもしもデカプリオが日系人だと考えると、一気に作品の抽象的、神話的解釈が可能になります。たとえばデカプリオを、日系アメリカ人というより、日本人全体とみるとどうなるでしょう。様々な疑問点が明確になってきます。

なぜ妻が燃える夢の時、壁に日本の扇がかかっているのか。

なぜ「核兵器」の話が二回も出てくるのか。

なぜデカプリオは雷の閃光で気分が悪くなるのか。

なぜデカプリオは暴力的な人間とみなされているのか。

なぜ病院側は必死になってデカプリオを説得しようとするのか、

なぜ元来放火魔の火事で死んだ家族を、子は妻が、妻は自分が殺した水辺の物語に置き換えなければならなかったのか、

なぜ憎むべき放火魔が、いつのまにか自分自身となっているのか、

なぜデカプリオは廃人になることを受け入れなければならないのか、

なぜ口に指を当てる女は、放射能で抜けたように髪が薄いのか。

もっとも他の部分同様、そうでない解釈も本作では可能です。元来そういう作品なのです。

原爆投下暗示的批判作品

太宰治の「人間失格」は、やられたほうが批判する作品で、当時日本はGHQの支配下にあったのですから、こういう書き方になるのが当然と言えば当然です。今日では、「はだしのゲン」「この世界の片隅で」みたいに、ダイレクトに描写する物語が普通に成立できます。

しかしアメリカで作られる作品がここまで難解で、ここまで暗示的になるということは、日本よりもむしろアメリカ社会で原爆投下のタブー性が高いということだろうと思います。


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