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「ミッション: 8ミニッツ(Source Code)」解説【ダンカン・ジョーンズ】

監督はダンカン・ジョーンズ(1971生まれ)。デビット・ボイウの息子というほうがわかりやすいですね。寡作ですが、大変優れた映像作家です。


あらすじ

場所はシカゴ。主人公はアメリカ人。といってもアフガンに派兵されて瀕死の重傷を負い、上半身だけの存在です。栄養チューブをつながれてギリギリ生きています。

ところがギリギリ生きているだけのように見えながら、夢を見ます。列車に乗っている夢です。女性と楽しくお話しています。

しかし8分間の夢の終わりには列車が爆破されて、目が覚めます。

実は爆破された列車に乗っていたのは別の人物ですが爆破で死去、脳だけが残っており、その脳のデーターが主人公に移植されています。

列車事故以後の連続テロ発生を心配した当局は、主人公に、他人の死の直前の記憶を繰り返し再現させることによって、実行犯を特定して、この後のテロを防止しようとしているのです。

いわば人間モルモットです。かわいそうな状態です。主人公は何度も8分間の夢を繰り返し見て、じわじわと真犯人に近づきます。そしてついに列車爆破実行犯を特定、当局は犯人を確保します。めでたしめでたし。

しかし、主人公は、わがままを言い出します。

「もう一度過去へ。そして8分後に生命維持装置を切ってくれ」
主人公は女性担当者を説得します。
死んでしまった電車の人々を、助けようとするのです。
「事故は過去に起こったことだ。乗客はみな死んでいる」担当者は反論しますが、

彼の活躍に心打たれていたため、結局同意します。

女性担当者役のヴェラ・ファーミガの演技、絶妙です。絶賛に値します。
そして主人公は(記憶の中でしか存在しないはずの)列車爆破事件を解決して、本当に爆発を未然に阻止します。

8分後、女性担当者は主人公の生命維持装置を切り、列車の中の人々は止まります。主人公の脳が停止したからです。

翌朝女性担当官が出勤すると、列車爆破事件は、なかったことになっていました。犯行は未然に阻止され、犯人は捕まったと。主人公の脳の中の活動だけだったはずの努力が、現実世界を書換えたのです。

父と子と精霊

脳の中のデーターを処理することによって人々が救済されるのだから、これは典型的な宗教活動です。欧米で宗教的なストーリーを作れば、もちろん主役はキリストになります。主人公はキリストなのです。

物理的に損傷した状態であることもキリストですし、
人々を救済しよう、という強い意思もキリストです。

キリスト教教義は、三位一体教義といって、父と子と精霊を信仰することが義務付けられています。父は神(創造主)、子はキリスト、精霊は言葉によるメッセージです。

この映画では主人公は父の声を聞いて俄然頑張りだし、父に電話して涙を流します。
そしてキリストは精霊を発し、女性担当官にメールを出します。これが精霊です。

コンラッドの「闇の奥」

「闇の奥」あらすじ解説【コンラッド】|fufufufujitani (note.com)

そしておそらくコンラッドが参照したであろう、
ドストエフスキーの「罪と罰」

罪と罰 あらすじ解説【ドストエフスキー】|fufufufujitani (note.com)

いずれも足の状態が悪い人物を、倫理道徳的によくない人物と描いています。足が不自由を、蛇とみなすのです。聖書世界ではは、蛇はアダムとイブの敵です。楽園追放の原因です。

この映画では所長が足を引きずっています。主人公にむやみに頑張りを強要します。終わったら記憶を抹消しようとします(主人公を「再利用」するためです)。

身体障害を倫理道徳と結びつける、少々危ない表現ですが、伝統的表現というやつでして許容されているようです。それでも何とかテロの拡大を阻止しようとする役柄にすることで、バランスを取っています。

勇気

主人公は実態は上半身のみ、列車の中の記憶は他人のものです。ものすごく頼りない存在です。でも頑張って、ミッションを成功させます。犯人を特定し、連続テロの拡大を防止します。でもノルマの消化だけで終わらないところが、この映画最大の魅力です。主人公は過去すらも変えようとするのです。なぜ過去を変える必要があるのか、それは彼が列車乗客のみなを、愛したからです。

ミッション達成のために、「所詮は過去の記憶の中の存在だ」とばかりに、主人公はかなり無茶をします。殴ったり、罵ったり、ピストルを突きつけたり、8分後に終了するのでなければ、許されない違法行為の連続です。

そして人々とかかわっているうちに、どうしても乗客を救いたい、すでに死んでいるのだがそれでも救いたいという気持ちが沸き起こります。

これがイエスです。「熊と素手で戦える」「車を200キロでぶっとばせる」などの勇気とははまったく質の違う、途方もない勇気を持っている人物です。西洋文化は一言で言えば、この人物の勇気に魅了された人々の文化です。

乗客を救った主人公は、幸福な人々を見て満足の言葉をもらします。

「見ろよ、(乗客が)生き生きしている」
(Look at all this. All this life)

西洋はキリスト教社会ですが、これほどまでにイエスの魅力を端的に表現できた芸術は、それほどありません。監督ダンカン・ジョーンズの素晴らしい力量ですね。






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