北の魔女のボタニカルキャンドル【短編小説】
こちらの世界の北の果ては
いつも氷に閉ざされて
それはそれは寂しいものでした。
その奥地にあるお城には
それはそれは美しい魔女が住んでいて
その姿を見たものは誰もが
心を奪われるという。
そんな魔女とろうそくの話。
Ⅰ
その昔。
北のずっと奥にある森に一人で住んでいた魔女は
お城の周りにある広い森に生い茂る
貴重な植物を摘みに行くのが楽しみでした。
そうして、誰にもその植物が奪われないように
永遠に朽ちることのない魔法をかけて
氷の部屋の中にしまっておくのでした。
この植物たちのもっと美しい姿が見たい…
魔女はあらゆる魔法の書を読み尽くしましたが
納得のいく表現方法が見つかりません。
がっくりと肩を落とした魔女は
祭壇の前に座りキャンドルに火を灯しました。
メラメラと燃える炎を見ているとふと
思いついたのです。
この「あかり」だ。
そうして
魔女は魔術ではなく、ろうそく作りの勉強をし始めました。
どのくらい研究をしたのでしょうか。
植物を閉じ込めたキャンドルができたときの感動は
一生忘れないことでしょう。
できあがったキャンドルが燃え進み
炎が下がってきた時に見える植物のシルエットに
魔女はため息をつくのでした。
Ⅱ
ボタニカルキャンドルという
植物を閉じ込めたろうそくを作った北の魔女は
いつしか「作る事」に追われ
かつてのような花たちの声を聴く事を
すっかり忘れてしまいました。
こんなキャンドルが欲しい
誰かから言われるがままに
彼女はお気に入りの花たちの中から、気の合いそうな花を選んで
ロウの中へ閉じ込めていきました。
ところがある日。
草花たちの悲鳴が聞こえてきました。
「私はこんなところにいるのは嫌
外に出て、美しいこの姿を永遠に見てもらうの」
誰かの何気ない一言で
花たちは急に不安定になり、ロウの中で喧嘩をしては
お互いを傷つけあうようになりました。
Ⅲ
仕方がなく
魔女は人間界とこちらの世界のパイプ役をしている
不思議な便利屋に言う事を聞かない花たちを託し
かつてボタニカルキャンドルの作り方を教えた
ろうそく屋の孫にうまく使ってもらえるよう頼みました。
便利屋は魔女から託された黄色い花「ミモザ」の声を聴き
少し高飛車なその考えを正すよう諭しました。
少しの間しか輝けないのは命あるものすべてが同じ事
美しいものも、やがては朽ち果て
なくなっていくという事を改めて知ったミモザは
なぜか魔女が恋しくなります。
そうして
便利屋はろうそく屋の店主にミモザを預け
人間界へと戻りました。
ろうそく屋は花の声などは聴くことができず
届けられた黄色い花束を見て
しばらく途方に暮れていましたが
便利屋が帰り際につぶやいたことを思い出し
ろうそくを作り始めました。
ずっと一緒にいると、わかんなくなるんだよね。
あの人も反省しているみたいだから
許してやったらどうなのかねぇ…
照れくさくて言えない
ありがとうやごめんねが、どうにか届くように。
そうしてろうそく屋の作ったキャンドルは
1つは北の魔女の所へ
もう1つは、人間界の知らない誰かの所へ旅立ちました。
Ⅳ
北の魔女の所に戻ってきたミモザは
いつまでもひっそりと
魔女に寄り添って暮らしていきました。
魔女の大好きな黒は
時間が経つにつれて色あせてきて、
中に閉じ込められているミモザの色もまた
だんだんと色をなくし
茶色く変わっていきました。
ただ、それをゆっくり眺めることが魔女の癒しとなり
以前のように言い合いとなって
お互いが悲しい思いに浸ることもなくなりました。
ただゆっくりとそこにいて、
受け止めるだけの存在となっていることに
魔女はいつしか感謝の言葉をかけるようになったのです。
それでも、ミモザは一言も声を出さず
魔女のそばにいました。
魔女は知っていました。
もう、ミモザが声を出せないことを。
Ⅴ
ろうそく屋の店主が作った黒いボタニカルキャンドルとなって
北の魔女の元に帰ってきたミモザは、
少しづつ生気がなくなり弱っていきました。
美しい生花からドライフラワーとなり、
成熟したその姿を楽しんだ後は
ゆっくりと色をなくし、朽ち果てていく。
きっとロウの中に入っていなければ
ポロポロと落ちてしまうはずだった黄色い花は
今でも形を残してろうそくの飾りとなっていました。
そのミモザに
魔女は毎日「今日もきれいだね」と声をかけます。
朽ち果てたミモザは
心の中で「どこがキレイなんだ」と魔女に言い返すと
「朽ち果てた姿もまた、お前らしくていいじゃないか」
そう魔女が言いました。
それが、ミモザとの最後の言葉でした。
end
魔女はそんな黒いボタニカルキャンドルを
大事そうに手のひらにのせて
「あんたは絶対に渡さないよ。もうどこにも行くんじゃない」
そう言って、
お気に入りの場所に黒いろうそくを仕舞いました。
以前、氷の部屋として植物をしまっておいたその場所は
魔女がろうそくを作り、火を灯して眺める癒しの場となっていました。
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