生涯学習の現代的課題

私の仕事に関する上方落語習作1(1999年7月23日 旧サイトにて公開)


生涯学習の現代的課題(落語習作1)

 私は現在地方自治体で住民の社会教育および生涯学習にかかわる仕事についている(本当)。これはその仕事に関するひとつの理論的展開である(嘘)。ただ、上方落語ないし大阪弁についての素養がないと、かなり読みづらいと思われる(たぶん)。それと、古典落語のパスティーシュなので、ボケはかなりベタになってます。


 えー、しばらくの間お付き合いを願います。
 長屋でも有名なアホの喜六が、横町のご隠居、甚兵衛はんのところへ今日もやってきました。

1.生涯学習との出会い

喜「こんにちは」
甚「ああ、だれやと思たら、お前はんかいな。ま、こっちお入り」
喜「しかし、あれでんな、近ごろショウガイガクシュウちゅうもんがはやってまんな」
甚「ほお、えらいむつかしいこと言い出しよったで。生涯学習ときたか」
喜「そうそう、それでんがな。ほんでうまいんでっか、そいつ」
甚「わかってへんねやがな。うまいっちゅうことがあるかいな。食うもんやないで」
喜「なんやしょーむない」
甚「しょうもないのはお前の頭じゃ。そも、生涯学習というものは……」
喜「ああ、みなまで言いなはんな。わかってま、わかってまんがな。教育に関係おまんねやろ」
甚「そうそう、その通りや。お前も伊達に長いことアホやってないな」
喜「おかしな感心の仕方しなはんな。ほんで、教育いうたら、学校でベンキョ教えたりするあれでっしゃろ」
甚「まあ、そんなもんや」
喜「な、な、ほーれみてみい」
甚「なにをいばってる」
喜「いやいや、それがショウガイやねんさかい、貝の勉強でもしまんのか」
甚「なんでや」
喜「せやからアカガイとかホタテガイとかおまっしゃろ。ほんで、ショウガイ学習」
甚「アホ、ショウガイてな貝があるか」
喜「さあ、あるかないか、わたい知らん」
甚「訊いてるわけやない!」
喜「ややこしなあ」
甚「ややこしいのはお前や。生涯とは人生、一生という意味や。せやさかい一生学習が続くというこっちゃ」
喜「いやや、わたいそんなん。また学校行きまんのか。わたい小学校しか出てへんのに。学校キライでんねん」
甚「いや、学校へは行かんでええねん」
喜「やったぁー」
甚「喜ぶな、そんなとこで。学校やのうて社会教育の問題や、これは」
喜「そうでっかいな。はぁー、びっくりした。一生学校行かんならんかと思た。仕事やめなあかんようになるし、嚊また怒りよるやろし、虎公よそにやらんならんかと思た」
甚「なにをごちゃごちゃいうてんねん」
喜「いや、せやから、シャカイ教育でっしゃろ。ちょうど泉北に連れがいてまっさかい、そいつに尋ねたろ」
甚「その人は学者かなんかかいな」
喜「いや、荒物屋でんねんけど、泉北に住んでたらわかるかと思て」
甚「そうかいな」
喜「せやから……サカイ教育」
甚「帰れ、もう」

2.生涯学習の意義

喜「こんにちは」
甚「また来たんかいな」
喜「また来たんかはおまへんやろ。ゆんべ、帰ってから勉強したんでっせ。生涯学習の」
甚「ほんまかいな」
喜「失礼な。教育基本法第二条にいわく」
甚「お、教育の方針やな」
喜「さよう、さよう。教育の目的はあらゆる機会に、あらゆる、あらゆる……あらゆる……うーん、うーん」
甚「うなり出しよったで、おい。わかった、わかった、勉強してきたんはわかった」
喜「あ、鼻血出てきた」
甚「これこれ、上向いて、上向いて。あ、手で押さえてもあかん。血だらけやないか。紙を詰めとけ、紙を」
喜「うわぁ、えらいこっちゃ。あぁ、手ェ血だらけやがな。これでふいたろ」
甚「こら、そらうちの座布団やないか。なんちゅうことさらすねん」
喜「きたないこと言いなはんな」
甚「お前がきたないんや!」
喜「ああびっくりした。急に大きな声出したらびっくりしまんがな。……ほんで、何の話でした」
甚「もう、なんでもええから、帰って寝とけ」
喜「1981年、中教審答申にいわく!」
甚「また出たで。なんややぶからぼうに」
喜「第一章、我が国における生涯教育の意義っ!」
甚「そない力入いれんでもええやないか。また鼻血出るぞ」
喜「ほっときなはれ。生涯教育とは、国民の一人一人がジュウジュツした人生を……」
甚「いや、柔術はせんでええねん。充実した人生や」
喜「それそれ、その人生を送ることを……送ることを……メザシ食べて」
甚「いや、メザシは食わんでもええねん。なんやお前、無理からまちごうてるみたいやな。目指して、や」
喜「そう、目指してや、生涯にわたって行う学習を助けるために、救助制度全体を……」
甚「おいおい、学習を助けるていうても溺れてるんやないねんから。救助制度やのうて教育制度やろ」
喜「そう、その制度全体が、その上に打ち立てられるべき基本的な……シーツである」
甚「シーツ?」
喜「いや、テーブルクロスやったかいな。ちがうわ、ええと、生地の名前やねん」
甚「綿か」
喜「ちゃう」
甚「ブロードか」
喜「近なってきた」
甚「リネンか」
喜「そいつやぁ、そいつやぁ。理念である、と。どや」
甚「なにが、どやや。何を勉強してきたんや。いっこも覚えとらんやないか。なんで中教審にメザシやらシーツやらが出てくんねん」
喜「それが、わたいの深みっちゅうやつでんがな。えへん」
甚「早よいね、アホ」

3.生涯学習の実践(1)

喜「こんにちは」
甚「留守やで」
喜「さよか、ほなさいなら……こらこら、おるやないか。そない嫌うことおまへんやろ」
甚「もう、お前としゃべってたら、頭、痛なってくんねん」
喜「ははん、わたいがかしこなってきたもんやさかい」
甚「勝手にいうとれ。ほんで、今日は何しにきたんや」
喜「生涯学習、生涯学習いうてましたけどな、やっぱりわたい、むつかしいことはあきまへんわ」
甚「まあ、お前みたいなんが、ひと足飛びに社教審や臨教審やいうてもなあ」」
喜「そない思いまっしゃろ。せやからまあ、習うよりなめろ、言いまんがな」
甚「習うより慣れろ、や」
喜「おんなじでんがな。ほんで、生涯学習はするもんやと思いましてん」
甚「そらそうや。そこに気がついたとは、アホのわりにえらいぞ」
喜「アホはよけいでっせ。そこで相談でんねんけど、生涯学習はどこに売ってまんねん」
甚「お前、この二、三日、どんな本読んでたんや。そんなもんが売ってるかいな」
喜「ほな、どないしまんねん」
甚「あのな、自分でやりたいな、とか、勉強したいな、というのがあるやろ。それをするのが生涯学習の始まりや。そのために図書館を建てたり、公民館で講座したりするのが行政の仕事や」
喜「へえ、さよか」
甚「ほんで、お前は何がしたいんや」
喜「おなごにもてたい」
甚「お前、嫁はんいてるやないか」
喜「なあにが嫁でんねんあんなこって牛。こないだも、仕事から帰って寝転んでたら、棚のもん取るのに頭の上またぎやがって、ついでに顔へ向けてブウと屁ェかましよりまんねん。腹立ちまんがな。『こらあ、亭主の顔に向けて屁ェこくとはどういうこっちゃ』言うたらね、『ふん、けつくらえ』、こんなこと言いよりまんねん」
甚「そらちょっとえげつないな。それで、おなごにもてたいんか」
喜「なんぞええ手ェおまへんか」
甚「まあ、ちょっと生涯学習からはずれるかもしらんが、昔からおなごにもてよと思たら、一見栄、二男、三金、四芸、五精、六おぼこ、七科白、八力、九肝、十評判、てなことを言うな」
喜「なんぞのまじないだっか」
甚「いやいや、そやない。おなごにもてるためのもんを、ひとつずつ言うたもんや。まず、一見栄というのは、着物とか持ち物とか見た目の格好やな。ええ着物でもしゅっと着て、(中略。以下十評判までの説明。上方落語『色事根問』参照)。しかし、お前だけは、どうしようもないな」
喜「そない言わんと。なんぞおまへんか、なんぞ」
甚「また考えといたるわ。今日はなんや疲れた」

4.生涯学習の実践(2)

喜「こんにちわぁー」
甚「なんや今日は、はりきって来よったな」
喜「わたいのもてる算段はつきましたか」
甚「なんじゃ、もてることばっかりで、生涯学習はどっかいってしもてるな」
喜「いやいや、教育の主体は住民であるという点で、わたいおなご好きや」
甚「なんやそら。それで、夕べも考えたんやが、お前にちょうどええのがあった。芸や、芸」
喜「あのバスに酔うた子どもがやるやつ」」
甚「そらゲーや。汚いなお前は。そやのうて芸事、小唄とか踊りとかあるやろ。そういうもんをひとつでも覚えてみい、あの人ああ見えてなかなか粋やわ、なんぞと思てくれるおなごがおらんとも限らん。それこそ生涯学習の実践でもあるし、一石二鳥というやつやな」(後略。以下、上方落語『稽古屋』に続く)

5.生涯学習の限界

喜「こんにちわ」
甚「なんや、お前はん、行ったその日のうちにやめたんやて」
喜「あきまへんわ。もて方のもの字も教えてくれまへんねん」
甚「そんなもん教えてくれるかいな。そもそも踊りを習いに行たんとちゃうんか」
喜「あんたがもてる言うさかいに行たのに。わたいの生涯学習はどないなってまんねん。あらゆる機会にあらゆる場所で実現されんといかんのとちゃいまんのんか」
甚「わしに言うても知らんがな。お前がまじめに行といたらよかったんや」
喜「そんなこと言うたかて、『パンを求めて石を与えられた』とはあのことでっせ」
甚「お前の求めたパンがまちごうてんねん。むちゃくちゃ言うな、ほんまに」
喜「そやかて……」
甚「出だしがいかんかったんやな。女にもてたいというのは欲望であって、学習の欲求やないもんな。お前はん、なんか勉強したいことないのんか」
喜「おなごの口説き方」
甚「どつくで、ほんまに。なんかもうちょっと、こう、学問的なもんで……」
喜「もて学」
甚「そんなもんあるかいな。その女というのから離れられんか」
喜「離れないかんか」
甚「いかん」
喜「困ったなあ。女から離れて学問的で、習いたいことか……」
甚「そうそう」
喜「法律、かな」
甚「おお、立派なもんやないかいな。そら、社会は法のうえに成り立つもんやさかいな。それはたいしたもんや。ほんで、法律のうちで何を学びたい」
喜「いや、どこからが強姦で、どこまでが和姦かとか、キャバクラのつけをごまかす方法とか」
甚「もう二度と来るな!」

6.生涯学習の終焉

喜「こんにちわ」
甚「…………」
喜「こんにちわあ」
甚「来るなていうたやろ」
喜「そんな冷たいこといいなはんな。心入れ替えましたさかい」
甚「ほんまか」
喜「ほんまも、ほんま。わたいもう、社会教育も生涯学習もやめときますわ」
甚「ああ、それがよさそうや。この何日かで、わしもほとほとそない思た」
喜「さあ、それで考えましたんやけどな」
甚「もう何も考えな。おまえが考えてもロクなことにならん」
喜「いや、今度はちゃんとね、わたい植木屋でっしゃろ、せやさかい体動かしてるほうがよろしねん」
甚「そうかもしれんな」
喜「それで、近所の子ども集めて野球チームでも作ろかいな、と」
甚「えらいっ。やっとそこまできたか。それこそ社会教育の中でも社会体育の……」
喜「ほんでね、子どもらのまだ若い母親とねんごろになってね……」
甚「…………」
喜「…………ね…………」
甚「……………いっぺん死ぬか」

おしまい

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