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コロナ禍においてライブハウスにアイドルを観に行った話(後編)

 ビル1階の特典会場に向かう途中、ジルジルさんは連れの男性を僕に紹介しました。肩まで伸ばした髪の毛をきれいな金色に染めたおじさんで、佐々木さんと言い、有名な作曲家さんであるようでした。のちに帰りの電車のなかで佐々木さんのツイッターアカウントを見てみたら、なんと公式マークが付いており、「すごい人だ! ツイッターの公式マーク付いてる人に初めて会った!」と感動しました。

 エレベーターでビルの6階から1階まで降りた僕たちは、特典会場に足を踏み入れました。そこは剥き出しのコンクリートの太い柱が無数に並んでいる、荒涼という言葉がとても似合う広い場所でした。「ずいぶんパンクロックな特典会場だなあ!」と思いました。「地下アイドルらしいと言えばらしい会場だなあ」とも。

 僕はハニースパイスの宮花ももちゃん(みやももちゃん)のチェキ券を買おうと、ケツポケットの財布に手を伸ばしたところ、ジルジルさんが「チェキ券たくさん持ってるので、ぜひ使ってください!」と言うので、ありがたく頂戴しました。話を聞くと、チェキ券は1枚2000円らしく、「そんなに価値あるものをタダで貰っちゃっていいのかな、申し訳ないな。でも貧しいからとても助かるな」と思いました。しかも1回みやももちゃんとチェキを撮ってテンションが上がったジルジルさんは、もう1枚チェキ券をくださって、僕はジルジルさんのことを「神!」と思わずにはいられませんでした。このように、ジルジルさんは神だったし(あとでみやももちゃんに「なんで他の人にチェキ券あげちゃうの~?」と優しく怒られたらしいけど)、みやももちゃんのほうは神対応でした。

 僕はツイッターのタイムラインでよくみやももちゃんをお見かけしていたので、「あの有名なアイドルとチェキが撮れるのかあ!」と緊張していました。みやももちゃんの長いチェキ列は少しずつ進んでいき、とうとう僕の番がやってきました。

 僕は撮影係の者にチェキ券を手渡し、みやももちゃんの隣にぎこちなく立ちます。するとみやももちゃんは、透明なビニールのついたて越しに、ステキな笑顔でとても気さくに「はじめまして!」と言うので僕の緊張はとけ、好きになりそうになりました。「お名前は何て言うんですか?」と訊かれて、「田中です」と答えました。「ツイッターの名前もそうなんですか?」と訊かれ、「いや、違います。クラゲのアイコンの者です。あとでみやももちゃんのことフォローします!」と応じました。なぜ「ふちりんです」と言わなかったかというと、初対面のアイドルに「ふちりんです」と名乗っても、滑舌が悪くて聞き取ってもらえず、「え?」「ふちりんです」が繰り返されるからです。なので1枚目のチェキには「たなかさん」と書いてあります。ピースをしようとしたら、みやももちゃんに「1回目だからこうしよう!」と言われたため、急きょ指を1本立てました。

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 上記のように、ジルジルさんから2枚目のチェキ券をもらった僕は、再びみやももちゃんの長い列に並びました。ジルジルさんはとても幸せそうな顔をしています。「ジルジルさんが幸せそうで何よりだなあ!」と心から思いました。長いチェキ列はまた少しずつ進んでゆき、僕の目の前でジルジルさんとみやももちゃんがチェキを撮り、親しげに会話を始めました。そのなかでどうやら僕のことを説明したらしく、「ふちりんさん」という2人の言葉が聞こえてきました。

 ジルジルさんの番が終わり、僕の番になると、「ふちりんさんですね?」とみやももちゃんに言われ、「そうなんですよ。ふちりんです」と苦笑しながら答えました。こんどは2回目なのでピースをしてチェキを撮りました。みやももちゃんは若い女の子がよくやる横向きピースをしており、僕も横向きピースをしました。41歳のおっさんがするポーズではないよな、と少し恥ずかしがりながら。

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 撮影後、僕の出自について、「大宮アイドールのヲタクなんです」と説明しました。するとみやももちゃんは「私も埼玉出身なんです。大宮アイドールでは誰が推しメンなんですか?」と尋ねます。僕は一瞬考えたのち、「白川ももちゃんです」と答えました。「そうなんだ! 白川ももちゃんは私のお友だちなんですよ~!」とみやももちゃんは言いました。

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 2回目のチェキ撮影を終え、ジルジルさんはやはりとても幸せそうな笑みを浮かべており、有名な作曲家の佐々木さんは「任務完了、といった感じですよ」と達成感と満足感を顔に滲ませていました。僕はみやももちゃんとの別れ際に「ハニスパにはまりそうです!」と告げたら、「言ったね!」と言質をとられたことについて考えていました。「はまりそう」と言っただけであって、「はまった」わけではないのです、という説明を、帰ったらツイッターでしようと思いました。石川梨華ちゃんにガチ恋をし、大宮アイドールを推し、ガールズバーやコンカフェに通いながら、ハニスパにはまるという芸当は僕にはとてもできそうにないからです。

 そのあと、名前は聞いたことあるなあ、というアイドルのメンバーの生誕祭を3人で見ることになりました。我々はいちばん後ろの椅子に並んで座り、のんびり眺めていましたが、ジルジルさんは最後のほうでは「よく知らないアイドルでも、生誕祭はよいものですね!」と笑顔で言って立ち上がり、光る棒を振って盛り上がっていました。僕はジルジルさんほどの興奮状態にはならなかったものの、ステージ上のアイドルたちが泣いているのを見て、もらい泣きしそうになりました。とても温かい雰囲気に包まれながら生誕祭は幕を閉じ、いよいよ帰ることになりました。

 ヲタクたちは、誘導係の者からソーシャルディスタンスを保つよう厳しく注意されながら、階段でビルの6階から1階まで降りました。長い階段を経てやっと外に出ると、もう日が落ちており、冷たい雨がしとしとと降っています。夏なのに肌寒いです。ジルジルさんが、ハニースパイスに渡し忘れたプレゼントがあると言うので、そこで解散となりました。僕はいろいろお世話になったことのお礼を言ってジルジルさんに別れを告げました。

 僕は鶯谷駅から京浜東北線に乗り、大宮駅で降りて、ガールズアニソンバーもふるに行き、コカ・コーラを注文しました。その日は新人さんのまおちゃんがいて、「今日はライブハウスにアイドルを見に行ってきたんだ」と告げると、自然にガチ恋の話になりました。推しメンの情報は、まるですぐそばにいるかのように伝わって来るけれど、自分の推しメンへのガチ恋は決して伝わらない。それがガチ恋の苦しみである。という話を、石川梨華ちゃんのことを思い出しながらしました。久しぶりに梨華ちゃんに会いたいなあ、としみじみ思いました。

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