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多汗症すぎて生きるのがつらい

 こないだ浦和のほうに用事があって、北浦和公園という大きな公園で噴水を見ながらベンチで休憩していたら、20代半ばくらいのカップルを見ました。二人はいわゆる恋人つなぎで手をつないで噴水を眺め、幸せそうに歩いています。僕は彼らの背中を見つめながら思いました。

 「僕は多汗症だから手が濡れてしまって、好きな人と手をつなくことなんてできないし、少し公園を歩いただけでおしゃれな服はびしょびしょになる。頭からは滝汗が流れてくる。いいなあ、僕も彼らみたいな、汗を気にしないでもいい人間に生まれたかったなあ」と。

 その日は10月半ばだったけれど、僕は一人だけ大汗をかいていました。北浦和公園にいたのも、いったん汗を引かせるためでした。長袖シャツの下には、夏用の下着であるエアリズムを着ていたけれど、汗が貫通して長袖シャツには大きな汗染みができていました。汗染みが目立たないように白い色のシャツを着てはいたけれど、それでも汗の量が半端じゃないので、両脇と背中の部分が濡れそぼっているのが一目で分かります。僕は夏でもないのに大きな汗染みができていることが恥ずかしく、紺色のジャケットをはおりました。

 ジャケットによってシャツの汗染みを人目から隠すことはできたものの、ジャケットのぶんだけもちろん暑いです。僕はさらに汗をかきます。電車に乗って北浦和から大宮に行き、30分くらい歩いて家についたときには、シャレにならないくらい汗をかいていました。白い長袖シャツはびしょびしょに濡れており、すぐに洗濯機に放り込みました。紺色のジャケットも、汗染みが出来るほどじゃないけれど、しっとりしています。部屋着にきがえた僕はベッドに寝そべって、自分が多汗症すぎることを改めて認識し、深く絶望しました。スマホでTwitterを開き、多汗に関するネガティブなツイートを連投しました。

 僕は、「一人だけ汗だくになって周りに変な目で見られるから、あの場所に行くのはやめておこう」と思うことがよくあります。汗によって人生の行動が制限されるのです。もしこんなに汗っかきじゃなかったら、もっと色々なところに行ったり、さまざまなことにチャレンジできただろうなと思います。「汗くらい誰でもかくよ。誰も見てないし、気にする必要ないよ」と言う人がよくいるけど、それは自分が多汗症じゃないから言えるセリフです。

 実際に自分が多汗症で、真冬の電車のなかで、一人だけ頭から滝のような汗を流しているところを想像してみてください。僕は実際にそうなったことがあります。どうですか。嫌じゃないですか。気になりますよね。穴があったら入りたい気持ちになりますよね。僕はそのとき、電車に乗るまでに小走りしたことにより、真冬の満員電車のなかで一人だけ滝汗を流していました。髪の毛からコートの上に汗がポタリポタリとしたたり落ちました。周りの人たちは明らかに僕を奇異の目で見ています。僕は居たたまれない気持ちになり、まだ目的の駅じゃないのに電車を降りました。そして駅のホームのベンチに座って、タオルで頭部の汗を拭きました。あのときのホームの夜風の心地よさと、死ぬほど惨めな気持ちは今でもありありと思い出すことができます。

 僕としては夏より冬のほうがおそろしいです。なぜなら、冬に汗をかいているとものすごく目立つからです。普通の人間は冬に汗をかいたりはしないのです。夏なら汗をかいているのは普通のことだから大目に見てもらえるけど、冬に滝汗をかいていたら確実に奇人を見る目で見られます。僕は真冬になっても、エアリズムの下着と長袖のTシャツとコートの3枚しか着ません。人からはよく「そんな格好で寒くないの?」と驚かれます。寒いどころか暑いのです僕は。滝汗をかいてしまうくらいに。

 滝汗の思い出の一つに、美容院で髪を切られているときに頭から多量の汗を流した、というものがあります。秋くらいに、大宮駅から徒歩5分くらいの美容院に行ったところ、5分歩いただけなのに汗をかき始めました。美容院の中は暖房が入っており、それによって汗は促進されました。髪を切るための椅子に座っても汗は止まりません。美容師さんが僕の髪を切り始めてしばらく経つと、「汗すごいですね、大丈夫ですか?」と言われました。汗は頭部から大量に流れ落ちていました。まさに滝汗です。

 僕は半ばパニック状態になっており、大丈夫とも何とも言えなかったのだけど、美容師さんが気を利かせて窓を開け、ドライヤーの冷風で頭を乾かしてくれました。僕はその気遣いが嬉しかったけれど、同時に惨めで恥ずかしい気持ちでもありました。「汗っかきで、冬でも汗をかいてしまうんですよ…」と僕は苦笑いしながら説明しました。それ以来、その美容院に行くことができていません。美容師さんは優しいし、腕も確かなのだけれど。

 僕が多汗症であることを自覚したのは、大学生のころでした。高校生までは気付かなかったことが、とても不思議です。大学生になってそんなに急に体質が変わるとも思えないから。大学生になって色気づき、人目を気にするようになり、多汗に気付いたのかもしれません。僕は大学に行くたびに背中と脇に汗染みをつくっており、そのことを深く悩んでいました。しかし対策としては、速乾性のある服を着ること、白や黒の汗染みの目立たない服を着ること、目的地に早めに着いて汗を引かせること、くらいしかありませんでした。

 大学を卒業してしばらく経ったとき、僕は2ちゃんねるの多汗症スレに辿りつきました。同じ悩みを持つ人びとの書き込みを見ていたら、プロバンサインという汗止め薬があるらしいことを知りました。僕はさっそく通販でその薬を購入して飲んでみました。すると効果はてきめんでした。いつもなら滝汗をかいている場面でもまったく汗をかきません。まるで魔法のようです。「多汗症じゃない人たちは、いつもこんな風にして生きているのか。人生イージーモードじゃないかそんなの! ずるい!」と思いました。

 しかしながら、プロバンサインは空腹のときに薬を飲まないと効かないので、すこぶる不便でした。そして空腹じゃないときに飲むとぜんぜん効かないどころか、通常時よりも多くの汗をかきました。しかもこの薬は前立腺に作用するようで、血のまじったものがアレをしたときに出るようになりました。アレというのはすなわち自慰です。自慰をすると血の混じったものが出るのです。それはとても恐ろしいことです。本来なら白いものに、真っ赤なものが混じるわけですから。顔から血の気が引くような思いがしたものです。

 それで僕は、プロバンサインを飲むのをやめました。そうしたら血も混じらないようになりました。こうなったらもう、薬に頼らずに多汗症と向き合っていくしかありません。そうなると結局、速乾性のある服を着ること、白や黒の服を着ること、目的地に早めに着くことなどの地味な基本に立ち戻るしかありません。それは魔法のような対策ではないので、しばしば多汗に悩まされ、絶望的な気持ちになって「死にたい…」と思います。なんなら今も死にたいです。自分の子供が多汗症で苦しんだら可哀想だから、子供を欲しいとは思いません。僕という人間には他にも欠陥が多いし、僕の遺伝子はここで終わりにするつもりです。

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