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1月

お久しぶりです。
不便な本屋スタッフのざきです。

不便な本屋では今年からフリーペーパの発行を始めました。昨年の頭からやろうやろうと思って一年が過ぎてしまったので、とにかく始めようとタイトルすらないままスタートしました。今回のテーマは「散歩」です🐕

配布は、不便な本屋店頭とセブンイレブンのネットプリントのみにしようと思っていましたが、さまざまな状況の人がいることから、発行から一週間後にnoteに内容を載せることにしました!好みの方法で読んでもらえたら嬉しいです。

⦅フリーペーパー1月号⦆

川辺の雪 
平日の昼間、仕事がひと段落したので家から5キロほど離れた川まで自転車を漕いで行く。自転車を駐輪場に停めて散歩を始める。ここまでの移動で暖まった身体の輪郭を冷たい風がなぞるように縁取り、私という存在がぽっかりと浮かび上がる。冬はこんなふうにいつもより自分の存在をはっきりと感じる。自分の気配が濃くなるとき、私は大抵罪悪感の中にいる。自分という存在が居なかった家族の人生を想像し、申し訳なくて情けない気持ちになる。自ら死に向かう父の横で笑う幼い私は、私という存在は、一体なんだったんだろう。

考えるのをやめようと、強制的に川に視線を向けると、対岸の浅瀬に一羽の鳥を見つけた。白くて大きいその鳥があまりに美しくて、しばらくぼんやりと見つめる。冷たい風に頬を撫でられ、顔を上げると、鳥の斜め後ろに鳥を熱心に見つめているおじさんを見つける。鳥に気づかれず観察するあの人は鳥に詳しいに違いないと思い、鳥の名前を教えてもらおうと思いつく。私がたどり着くまでその場に居たら声をかけて名前を聞いてみよう。そんなことを考えながら、やや早歩きで動き出す。おじさんまであと数メートルになったところで速度を落とし、小さな声で「すみませーん」と声をかける。するとおじさんはゆっくりと振り向き、神妙に頷く。私もつられて神妙に頷き、ふたりで鳥をみる。しばらくしてまた風が吹き、なんとなくいまだ!と思って鳥の名前を聞いてみる。するとおじさんは、やっぱり神妙そうな感じで「全く分からんね。」と言った。そうか、分からないのか。なんなのか分からない鳥を見つめていたのか。いいな。このおじさんに自分の存在意義を聞いても「全く分からんね。」と言うのだろうか。言ってくれる気がする。そう思うと一気に肩の力が抜ける。さっきより軽い心で、おじさんの少し後ろから鳥を見る。おじさんが「白いな、この鳥は。」と言ったので、「白いですね。」と答える。東京都世田谷区、一月の頭、雪は降らぬが鳥は白い。

軽さ
その日は祖師ヶ谷大蔵から成城学園前までの間にある低い橋から小さな川を見つめていた。キラキラしていて綺麗だなあと思ってグッと覗き込んだとき、「おう!死ぬんか!」と、さっきから近くをウロウロしていた酔っぱらいに言われた。気軽に、挨拶でもするみたいに。その時ようやく私を心配してうろついていたことを悟る。人の軽さはどこまでも残酷だしどこまでも優しい。死なないですよ〜!あの辺がキラキラして綺麗で!と指さして教えてから歩き出した。


犬と暮らしたいけど徹底的にお金がなかったとき、当時よくデートしていた人に犬と触れ合いたいと嘆いたら、急にワン!と吠えて道端を四つん這いで歩き出した。これはいいと思って、頻繁に犬の散歩をするようになった。ある日ついに警察に出くわして、職務質問を受けた。誤解を招くので犬としての散歩は控えるように言われ、しっかりとした受け答えで謝っている姿を見ていたら、さっきまで可愛く見えていた犬(男)がしょうもなく思えてきて、一気に冷めた。それ以降あまり連絡を返さないでいると、もっと犬として頑張るから散歩に行きたい。と連絡が来るようになった。意欲的になられたら違うんだよな〜、と思ってスルーしていると、ついにワンとだけ送られてくるようになった。ワン、ワンと表示され続ける画面を眺めながら、悪い夢だと思った。いまの生活も、犬になってしまった男も、過剰なことにしか興味を持てない私も。ただ悪夢から醒めるのを待つしかできないことがもどかしくて、悔しくて、部屋に居るのが苦しくて、空っぽの自分を引きずるようにまた散歩に出かけた。

終わりに
今年はとにかく始める一歩を軽やかに、そこから深めていこう!と勢いで出したフリーペーパーに感想のお手紙や絵やDMが届いてびっくりしました。みなさんの表現の豊かさにいつも助けられ、嬉しい気持ちをもらってばかりです。ありがとうございます。感想はもちろん、文章や絵を寄せてくれる人、テーマなどあらゆることを募集しているので、気軽に声をかけてもらえたらと思います💐それでは次号でお会いしましょう。お元気で!

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