見出し画像

彼岸花

私にちゃんとした恋人ができたのは、大学1年の冬だった。その人と別れてから、気づけばもう半年経っていた。人の顔色をうかがう癖がある私にとって、あの期間はかなり毒だった。相手の気分が落ちていることは、メッセージ上でもすぐに分かった。そのせいで何度夜中に泣いたか分からない。煙草の吸える店を探すのは、正直言って面倒臭かった。少し並んで店に入ると機嫌が悪くなるから、店に向かう途中私は常に緊張していた。ずっと不安だった。眠いのを我慢してまでするセックスは少々苦痛だった。神保町の中華屋で終わりを感じながら食べた麻婆麺。辛いのが苦手だと言うから代わりに食べていたけど、私も辛いのはあまり得意ではなかったので割とつらかった。全部全部、言えばいいのに言えなかったし、言うのが怖かった。聞き分けがいい子。相手にとって都合の悪いことを言わない子。相手の好きなものに嬉しそうな顔をして付き合える子。その方が大切にしてもらえると、好きでいてもらえると信じていた。少なくとも私は、そうしていないといけない人間で、その価値しかないと思っていた。19になっても尚、はみ出るのが怖かった。人と同じは嫌なくせに。馬鹿みたいな話だ。幻覚を見せることばかり上手くなって、本当の私が殺されていく。だからこそ、完全に殺される前に終わって、心底良かったと思う。1人で眠る方が穏やかだった。
そういうわけで、元恋人から送られてきた何通かの手紙を処分することにした。私にはもう必要ないから。燃やすか、破るか、そのまま捨てるか。何通か送られてきたうちの1通に、花の写真が入れられていたことがある。別れてまだ間もない頃、ふと気になって、その花の花言葉を調べて笑った。

“想うはあなた1人”

気づいたら、あの頃聴いていたラブソングを聴かなくなっていた。曲は好きなのに、見下されていたことを思い出して嫌な気分になってしまう。私は人に見下されていい人間ではない。誰かに縋らないと自分の存在意義まで失ってしまうような人間でもない。私は強くありたい。光を照らしてもらうよりも、自分で光っていたい。恨んではいないけれど、教えてもらった曲は全てプレイリストから消した。単純に聴きたくない。人を許すというのは、昔その人から教えてもらった曲をまた聴けるようになることだ。その、また聴く機会、許す機会を遠ざけた。また聴く機会が偶然あれば、それは運命。意図的に生み出した運命は、思っていたより都合の良いものにならない。思い出を100そのまま思い返すことは、昨日見た夢をもう一度見ることだ。何とかするべきは、過去を取り戻すことではなく、未来の私が泣かないようにすることなんだって。月より太陽だったよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?