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『しゃべるピアノ』

奥行きのあるチェロの声。ふわりと揺らぐフルートの声。
旋律にならない音合わせに似た話声が、人とすれ違う度こぼれてくる。

音を加工して固めた飴。
声質を素材の音に近づける飴の効果は、半日ほど。人々はファッション感覚で声を変えた。初めは俳優の声が流行ったが、今は楽器が多い。
楽器が会話しているような光景はどの街でも見かけるようになった。

歩きながら転がしていた飴がすっかり溶けた。食べた後はシンプルながら落ち着いた、木の香りがしそうな響きになる。

この声質は心身の状態に敏感だ。感情の微かな動きが空気を伝う。体調を崩すと音階が下がり、言葉のアクセントが外れる。
周囲に無関心だと言われがちな自分も、相手の変化を抑揚や音ずれで気づくようになった。

今さら思い出すのは、昔家にあったピアノ。
ろくに手入れをしなかった。音階が徐々に下がっていき、気づくと音が出なくなっていた。

きちんと耳を傾けて調律すればよかったと、飴をもう一つ口に放った。


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