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『君に贈る火星の』

人々の白い息と屋台の湯気。通りに入ると、提灯の明かりが霧のように広がっていた。

月光ミルクティ、オリオン星雲の綿あめ、流れ星の音がする笛。
寒さを気にせず、屋台の間を走る。
足を止めたのは植木の並ぶ店。
つぶらな実をつけた鉢があった。光沢のある赤い実が、葉の間にたくさんのぞいている。
「それは火星の実だよ」
店の人が、棚の奥から鉢を指さす。
「これ、火星なの?」
「ああ、南天ともいう。火星は南の空に昇るから」

古い火星が落ちる頃、新しい実が空で熟すんだ。地上から見えるほど、赤く熟すのは一粒だけどね。
店の人の言葉を頭の中で繰り返す。鉢を落とさぬよう、急いで家に向かう。
風邪で祭りに来られなかった弟に、つやつや光る火星を見せるのだ。
石につまずいた。体がつんのめる。
転ぶ寸前、なんとか踏んばる。鉢の葉が揺れた。ぽろぽろと実が落ちる。
風が、ねらったように吹いた。あっという間に実をさらう。
濃紺の空に吸い込まれ、赤い光が瞬いた気がした。


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