55歳で起業したQBハウスが1000円カットで200億円企業になるまで
フルスタックマーケティング株式会社の代表取締役CEO・清水優志(@fsm_shimizu)です。
企業のマーケティング活動を支援しています。
起業するにあたり気合を入れるために坊主にしてから、QBハウスを愛用中。
3週間に1回、隣駅まで電車で行って「3mm、坊主で。」とコールするのが、僕の中でルーティン化しつつある今日このごろです。
「1,000円カット」という衝撃的なコピーと共に生まれたQBハウスは、現在でも1回のカットで1,350円という激安価格。
いつも「こんなんで儲かってるんかな?」と不思議だったので調べてみたら、あまりにも面白いビジネスだったのでnoteを書いております。
事業のタネは、床屋への不満から
QBハウスは、歯科医院の賃貸物件斡旋や機器リース事業を経営していた小西國義氏が、55歳のときに創業しました。
小西氏は床屋に行ったときの自身の経験からQBハウスの事業案を思いついたそうです。
当時、QBハウスの経営企画室長を務めていた田中博文氏も、QBハウス利用客のインサイトについて下記のように書いています。
こんな素朴な気づきから、国内だけで600店舗弱・売上200億円超えの日本最大の床屋チェーンが生まれました。
業界の常識を覆しまくる合理化
マーケティングリサーチを行って事業成功の確証を得た小西氏は、1号店オープンまでに3年もの準備・検証を行います。
同氏はまず店舗の模型を作り、コンセプトをかたちにしました。
そして、それを持って店舗の貸主や内装の施工業者、設備の開発者などに何をどう実現すべきかを説明して回りました。
業界に類を見ない「ヘアカット専門店」「10分・1,000円カット」ですから、同業者からは「シャンプーしないだと?1000円で利益が出るわけない。すぐに潰れるよ。」とも言われたそうです。
しかし、冷静に考えると、1時間で5人カットできれば5,000円の売上になりますから、理容室の平均カット単価である3,000〜4,000円よりも高くなります。
要するに、回転率を上げたうえで十分に集客できれば成立するモデルでした。
同氏は理美容業界は未経験だったので、業界の常識にとらわれず、合理化の中でアイデアを実現に近づけていきます。
券売機での前払い制(→レジ打ちの手間を削減)
予約不可・電話対応なし(→顧客対応の手間を削減)
トイレ・シャンプー台なし(→設備投資や維持コスト削減)
座席を139°で配置(→狭い店舗でも席数と導線を確保)
手荷物は各座席の鏡の裏に客自身が収納(→トラブル防止)
混雑状況シグナルを店頭に設置(→待ち時間を可視化)
地下街やトイレ脇などにも出店(→賃貸料を削減)
集客のための広告宣伝はほぼなし(→広告費を削減)
早く切ることに特化した理論を開発(→ハサミ入れ回数を半減)
結果的に、一般的な理美容店3分の1程度のコストで店舗を作ることができるようになりました。
1号店オープンのタイミングは逃さない
店舗システムの特許申請、開発した什器類の意匠登録、ロゴマークの商標登録など、慎重にオープン準備を進めていた1995年末のこと。
1996年3月末で理髪店の業界カルテルが撤廃されるとのニュースが飛び込んできました。
従来、理髪店の業界には、同業組合の組合員に料金や定休日、営業時間などを制限できる制度(独占禁止法適用除外カルテル制度)が存在していました。
しかし、規制緩和の波に乗ってカルテルが廃止されることになり、価格競争の激化やサービスの多様化が予期されました。
これを受け、同氏は1号店の開店を1年早めることを決定。
1997年11月1日、ついにJR神田駅から徒歩7〜8分のエリアに「神田美土代店」をオープンします。
客足は途切れず(来店したのは好奇心と視察目的の理美容業界の人ばかりだったそうですが…)、新聞・雑誌・5社のテレビ局が取材に訪れました。
開店を急いだことが功を奏し、「規制緩和の象徴店」として報道されたそうです。
既存の理髪店にはない、新しい客層の取り込み
その後、しばらくは客足が伸び悩むも、1998年にJR神田駅内に「神田駅店」を出すと、駅前で宣伝効果があったからか、他の店にも客が来るようになりました。
1998年中に16店舗・来客数277,000人まで急成長。
年中無休と仮定して、1店舗あたり1日50人弱をさばいている計算になります。
2013年のデータですが、一般的な理容店の1営業日あたり来客数は5人程度のようですから、いかに回転率が高いかがわかります。
「仕上げまで10分」という斬新なサービスは、従来は理髪店を利用しなかった層や、既存の理髪店で満足しなかった層を取り込みました。
子ども(長時間座っていられない)
営業マン(商談前に身だしなみを整えたい)
忙しい主婦(買い物のついでに立ち寄る)
坊主(こまめにカットしたいが床屋はもったいない)
「前髪や襟足だけ切りたい」という人
こういった層を取り込むには、ふらっと立ち寄れる立地が鍵。
QBハウスは約9割の店舗が駅や駅周辺の施設、ショッピングセンター内に店舗を構えています。最近では空港や病院、大学、サービスエリアなどにも出店しているそうです。
QBハウスの元・経営企画室長である田中氏は、立地の優位性について下記のとおり指摘しています。
さらに、ブランドが確立してからは、戦略的に行列をつくることで、繁盛店のイメージをつくっていきました。
2代目社長による地に足の付いた現場改革
創業から10年後の2006年、創業者の小西氏は起業時点での計画どおりに代表を退き、株式を売却。
MBO(経営陣が参画する買収)の形式でオリックスに買収され、2009年からは現社長である北野氏が社長に就任。
業務効率化が発展途上にもかかわらず、店舗数は急拡大。
当然のように成長痛が発生し、従業員満足度の低下、離職率の上昇(なんと1年で5割が退職)、売上低迷といった負のスパイラルが始まっていました。
アイデアマンだった創業者に対して、2代目社長である北野氏は現場主義。
「顧客だけでなくスタイリストにも満足してもらわなくてはならない」と、2012年から様々な改革を断行します。
教育プログラムの構築:6ヶ月でスタイリストになれる「ロジスカット」プログラムを開発し、社内カットスクールを設立
サービスの向上:社外調査員に顧客満足度調査を依頼、評価基準を売上ではなくカット技術や接客に変更し表彰制度やカット大会を創設
管理職の強化:3年間にも及ぶ、既存管理職の意識改革研修を実施
特にカットスクールは、通常2年かかる研修期間が6ヶ月で済むうえに、有給で研修を受けられる高待遇。
大企業だからこそ実現できる先行投資と研修システムで、QBハウスの競合優位性の源泉になっています。
結果、2013年から離職率は20%台を割り、2021年には6%台まで急下降。
業界でも最高水準の定着率を達成しました。
同時に顧客満足度もみるみる上がり、約10年で10ポイント近く改善しています。
実は理美容業界は「客を獲得するよりも従業員を確保するほうがずっと難しい」と言われており、採用は大手企業の悩みの種です。
QBハウスは独自のビジネスモデルのおかげで、一般的な美容室とは差別化した採用戦略をとることができています。
カットに集中できるため「QBハウスで1年働くと一般の理美容店で5年働いたくらいの腕前になる」「カットだけなら10倍の経験ができる」ことが売りになる
休養や出産、育児などで現場を離れた人にも、有給で手厚い研修を行うので復帰のチャンスを提供できる
シャンプーやパーマをしないので手荒れを起こしにくいため、国家資格を取ったのに手荒れが原因で現場に出られなかった人も採用できる
曜日や時間帯を選んだ働き方を希望できるので、家庭の事情がある人や育児中の人も採用しやすい
営業スキルが不要で会話も少ないため、口下手な人でも積極的に採用できる
さらなる差別化要因としてのDX推進
QBハウスはその合理化されたシステムゆえ、データの取得・蓄積も容易です。
たとえば、カットサービスの提供時間は「チケットのバーコードをスキャンした時間」と「エアウォッシャー(掃除機)の電源をオフにした時間」との差分で求められます。
この時間を社内で分析し、平均サービス提供時間が10分以上の店舗には研修を実施するなど、スタイリストの技術・サービス品質の均一化につなげています(参考)。
また、独自の店舗管理システムを構築しており、時間帯別・年齢別・男女別・新規再来別に、平均カット時間、平均待ち時間、席稼働率などのデータを収集・分析しています(参考)。
成績不振の店舗をすばやく見つけて対策するのはもちろん、たとえばある店で女性客が多いとわかると、女性のカットが得意なスタイリストを優先的に配置するなど、満足度向上・効率化のためにもデータを活用。
さらに、「前年の来店客数や売上」と「天候・気温」といった気象データの相関関係を分析することで、翌週以降の来店客数を予測し、スタイリストの勤務シフトを決定するといった取り組みも行っています(参考)。
創業28年経っても変わらぬ、本質的な価値提供
QBハウスは自らのサービスの本質は「料金の安さ」ではなく「時短」だとしています。
今では競合も多く、価格面での独自性はなくなりましたが、「仕上げまで10分」という安定したスピードとクオリティはなかなか模倣できないのでしょう。
既存市場の中に隠れたニーズを見つけ、本質的な価値を提供する。
マーケティングの基本中の基本ではありますが、それをここまで徹底し、堅実に実行していることに驚かされました。
QBハウスは、グローバルにも挑戦し続けている企業です。
日本発の "TOKOYA"(床屋)としてこれからも頑張って欲しいです。
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