科学と聖書にまつわる随想(25)
「伝わる速さ」
某英会話教室のテレビCMで、ウサギの耳がグングン伸びて、挙句の果てに太陽まで届いて思わず「アツッ!」と叫んで耳を引っ込める、というシーンがあります。ウサギの耳が伸びるように英会話力がグングン伸びる、ということを表現したいのだとは思いますが、太陽まで耳が伸びるということがそもそも突飛であることはマンガですから許すとしても、これは真面目に考えれば物理的には明らかにおかしなところがあります。地球と太陽との距離は約1億5千万kmと言われていますので、この間を光の速度(約3億m/秒)で進んだとしても500秒、つまり、8分強ほどの時間がかかります。ということは、私たちが見ている太陽は、常に約8分前の姿である訳です。神経の電気信号も基本的には光のスピードで伝わると考えられますから、ウサギの耳の先端が太陽の熱を感じてから、それが耳の神経を伝わってウサギの脳に達するまでにもやはり8分程の時間を要することになります。そうすると、ウサギが「アツッ!」と叫んだ時には、既に耳の先は燃え尽きている、ということになるはずです。
相対性理論によれば、物体の移動速度は真空中の光速に達したりこれを超えたりすることができません。物体の質量は速度が光速に近づくにつれて大きくなり、光速に達すると無限大に発散することになりますので、光速まで加速するには無限大のエネルギーが必要ということになるからです。しかし、光子(photon)は質量がゼロですのでこのジレンマが起きず、光は光速で伝わることができるのです。電磁波も光と本質的には同じですので伝播速度は光速ですし、電線を伝播する電気信号も同様に基本的には光速で伝わります。
ちなみに、電気信号が電線を伝わる速度は光速ですが、電線を電流が流れる際にその中を電子が移動する速度は意外と遅い、ということはあまり知られていないかもしれません。もちろん速度は電線の太さや電流の大きさにも依りますが、ざっくり言ってせいぜい秒速数 mm程度のスピードになります。いや、電気はスイッチを入れたらパッと点くじゃないか、と思われるかもしれませんが、それは“スイッチが入った”という情報が電線中に光速で伝わって、電線の金属中の電子がほぼ一斉に動き出すからであって、実際に電子が移動するスピードは秒速数mm程度なのです。さらに言いますと、100Vのコンセントから取る電気は50Hzまたは60Hzの交流ですから、一秒間に50回または60回、移動の向きが入れ替わるので、電線中の電子は実質的にはほとんどその場でブルブル震えてるだけ、といったイメージになります。
一般に、波動が伝播するためには媒質になるものが必要です。媒質の振動が伝わって行くのが波動ですから。しかし、光(電磁波)は真空中でも伝わるのですから不思議です。全く物質が何も無い本当の“真空”というのは作ることは困難だと思いますが、宇宙空間はこれに近いものと考えられます。太陽の光が宇宙空間を通って地球にまで届くことができるのも、光(電磁波)が真空中でも伝播できることによります。何も無いところを波が伝わるというのも不思議ではありますが、光(電磁波)は“電界”・“磁界”という“空間の性質”の振動が伝播するものとして理解されています。
光(電磁波)は、真空中では“真空中の光速”で伝わりますが、物質中ではこれよりも遅くなります。光についてその度合いを表すのが屈折率です。同様に、電線を伝わる電気信号の場合は、電線の周りの空間の誘電率によって伝播速度が低下します。物質中では屈折率に応じて光の速度が遅くなりますので、場合によってはこれを超えることも可能になります。
たわいもないなぞなぞで「光より速いものは何か?」というのがあります。真面目な物理学者なら、“屈折率の大きい物質中を飛ぶ高エネルギー粒子”という答えもありかもしれません。しかし、これはもちろん新幹線の話で、正解は“のぞみ”です。
質量を持つ物体は光速を超えることができませんが、“のぞみ(望み)”は物体ではなく質量もゼロですから、光速を超えて伝播しても矛盾はありません。私たちの“望み”は“祈り”という形で表明されます。そして、それはその瞬間に聴いてくださる方の元に届くと考えられます。