見出し画像

シャクラ|このアクションは観客にも鍛錬を求める

シャクラ

原題:天龍八部之喬峰傳
2023年/ 香港・中国 / 130分
監督:ドニー・イェン
アクション監督:谷垣健治
出演:ドニー・イェン、チェン・ユーチー、リウ・ヤースー

story

丐幇[かいほう]の幇主・喬峯[きょうほう](ドニー・イェン)は義に厚く周囲からの信頼も厚い武芸者だったが、副幇・馬大元殺しの濡れ衣を着せられた上、謎だった彼の出自が漢民族ではなく契丹人だと暴かれて丐幇を追放されてしまう。喬峯は嫌疑を晴らすために潜入した先で出会い、重傷を負わせてしまった密偵 阿朱[あしゅ](チェン・ユーチー)を救うため、神医による治療を条件に、かつての同朋たち全員との勝負を引き受ける…



review

文責=1世
おすすめ度 ★★★★⭐︎


この映画を見ると、アクション映画を見るにもリテラシーが必要なんだなと思わされる。

リテラシーといっても予備知識や文脈を読み解く必要があるといったものではなく、アクションシーンを見る目の熟練度が問われるということだ。それはある種の動体視力であり、ある種の情報処理能力なのかもしれないけど…

まあ早い話が、この映画のアクションは速すぎて見えない!!
ということだ。

原作は香港を代表する武侠小説家 金庸の長編小説「天龍八部」というものらしい。監督・主演は世界に目を向けても現行最高のアクションスターであるドニー・イェン。そしてアクション監督はドニーが最も信頼を置く右腕であり、和製アクションを世界水準まで連れていった功労者の一人である谷垣健治。

世界で一番くらいアクションのことしか考えていないだろう集団が作った作品だけあって、アクションシーンのスピード、迫力、見せ方どれをとっても世界最高水準!特に日本の少年漫画で育ってきた我々からすると、超スピードの格闘の中で壁を突き抜けたり、岩がぶっ壊れたり、かめはめ波的なものを打ったりと大好物がてんこ盛りだ!見ているだけでニッコニコだ!

とはいえ、ドニー&谷垣チームの生み出すアクションシーンは単に「派手だから」「スピードが速いから」すごいというだけではない。そのレベルはもはや当然のこと。真の凄さはその中にストーリーテリングが的確に、過不足なく含まれているところにある。彼らのアクションシーンはただ映画を盛り上げるための盛り上げシーンではなく、あくまで登場人物の思惑や感情の動きを表現するためのものになっている。当たり前のことのようだけど、これをちゃんとできてるアクション映画ってとても少ないと思う。当たり前のことがそれだけ難しいのだ。

例えば、技の手数についてだけ見ても攻勢に出ているのか、防御に徹しているのか、回避に徹しているのかだけでもそのキャラクターの心境が見える。特に主人公の喬峯は「戦わなければならないが、できれば同朋を傷つけたくない」という微妙な心境のキャラなわけで、彼が誰に強く出て、誰に対しては引き気味なのかを見るだけでも感情の流れが見える。

そしてそんなアクションを見せる上で、どのようなアングルを選択するのか。最も迫力が出るアングルで見せるのか、あるいは迫力を殺してあえてカタルシスが生じずらいように見せるのか。役者の表情を見せるのかどうか。しかもその上で、今戦っている状況がどういった空間でどんなものが配置されていて、それをどのように活かして戦うのかなど、考えることは盛りだくさんだ。さらにスローモーションをどこで使うのかや、どこまでをスタントでやって、どこからをCGに切り替えるかなど考えることは山のようにある。

そんな幾重にも重なる関数を的確に選び取ってアクションシーンとしての見応えを高めながらドラマとしての演出も行き届いているというのは、まさに熟練の職人たちの仕事だ。

そしてなによりそれを達成できるのはドニー・イェンという存在がいてこそでもある。
個人的にドニー・イェンのカンフースターとしての最大の魅力は「演技ができる」ところにあると思っている。別に他のアクションスターが演技ができないというわけではないが、ドニーの演技力はその中でも頭ひとつ抜けている。彼の拳には色があり、温度がある。そのアクションを通して、そのキャラクターの心情を伝えることができるような、アクションと演技は切り離たものではないということを改めて思い知らされる。

ここまでつらつらと書いてきたように『シャクラ』は香港アクション界の現行トップたちによって作られた芸術品のような作品と言える。
だが、だからこそ観客へ求める要求も高い…
高速のアクションの中に張り巡らされた意図を全て読み解くには相当目が肥えている必要があり、なによりも全てを視認できるほどの動体視力が必要だ。
『シャクラ』は見る側にも鍛錬を求める映画なのだ。
(普通に見ても面白いので安心してください)



この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?