2014年精神科病棟入院日記16
1020月
入院生活103日目。0:00過ぎから朝方まで十分眠ったはずなのに眠い。薬の副作用か。寝ぼけながら朝食を食べ、寝ぼけなから、リハビリに行き、寝ぼけながら昼食を食べる。リハビリで久々に外に出て外気を浴び、曇り空ではあったが秋の心地よい風を浴びることができた。
昼食後、シャワーを浴びてからようやく目が覚める。ウイスキーをぐいっとひと飲みすると胸のあたりがあたたかくなって、さあこれから何をしようかという気になる。とりあえずアメリカン・ソングブックのラジオを聴く。D君から借りた、阿久悠『生きっぱなしの記』読み終わる。私の履歴書シリーズのもの。明大卒で広告代理店に入り、いつの間にか作詞家になっていたという。後年に小説を書いていたのもはじめて知った。
テレビ黎明期の頃にちょうど大学卒くらいの人間だったら、自分は作曲家になれただろうかと考える。おそらく無理だろう。譜面が苦手だから。現在、2014年というDTM全盛期を過ごして、その恩恵を受けてでさえ、作曲家になれるか分からないのであるから、やはり才能が足りないのか運が悪いのか。消灯後、水筒の中のブラックニッカ飲み干してしまう。明日には新たな供給部隊が来るので大丈夫。
1021火
入院生活104日目。6:00頃に目が覚め、森三樹三郎『老荘と仏教』読み始める。30ページほど読んでまた寝る。昼に起こされて、リハビリを終えて病室に戻る。今日のお昼は蕎麦なり。Mさん結局来られないそうで、今日はウイスキーの供給無し。明日は来てくれるそう。17:00まで昼寝。
昼寝後、索漠たる気分に襲われているところに整形外科の主治医が来る。リハビリの状況からして今月中の退院は無理で、できれば松葉杖の要らなくなる11月26日まで入院ということ。朝昼晩、筋力の衰えを防ぐため松葉杖で病棟内を毎日3周やりなさいと言われる。それを紙で認めたものを渡され、看護婦さんがテレビのところに貼る。索漠たる気持ちに、絶望感が注がれ、ヤケになって老荘思想、仏教関係の書物を5冊ほどポチる。
消灯後、気を鬱して、このベッド柵に毛布を結んで首を括れば死ねるのではないかと思う。これからの人生に何か希望があるわけでもない。なにか動物の鳴き声のようなものが聞こえるなと思ったら、発狂したお婆さんだった。
1022水
入院生活105日目。いくら寝ても眠いところをリハビリに行く。打ち込み担当のコレナガ君から、譜面に書いたものを打ち込んでもらった音源が届く。まあこんなもんかなと思いつつ、改善点をいくつか言う。自分でやることができないのがもどかしい。いつになったら退院できるのだろうか。退院日が曖昧なのでなんだかやる気が起きない。
昼過ぎから、夕食の時間まで眠る。目が覚めて、ぼーっとしているところにMさん来訪。ミニボトルのウイスキー2つと、缶コーヒー6本、板チョコ、カロリーメイトを貰う。寝ても寝ても眠く、とりあえずもらったウイスキーをぐいっとやると、少し意識がはっきりしてきた。消灯後、『老荘と仏教』読み進める。肝要と思われる部分や、面白く思った部分をメモする。読書をしてもすぐに内容を忘れてしまうので、これも日記と同様に習慣づけるといいかもしれない。
1023木
入院生活106日目。起床即リハビリ。リハビリによって割合目が覚めるので、生活リズムを整えるのによい。リハビリ後、レッドブル1。今日はジャンニ・ロダーリの誕生日らしい。ちょうどAmazonから本が届いたのでロダーリの『羊飼いの指輪』読み始める。
昼食後、アメリカン・ソングブックのラジオを聴く。譜面を書いたりなんなりしているうちに憂鬱、不安が去来。ウイスキーをぐいっと飲んだがダメで、頓服のランドセンを飲む。動悸がするので毛布を抱えベッドで横になる。グミを食べていたら、右下の銀歯が取れてしまった。退院したら歯医者に行かなくては。ジャズのラジオを聴きながら、缶コーヒーを飲み、ロダーリの本を読み進めているうちに不安はなんとか去った。消灯後、『老荘と仏教』読み進める。寝しなに最後のウイスキーをぐいっと一息に飲む。イージー・リスニングのラジオを聴きながら就寝。
1024金
入院生活107日目。目が覚めた途端になぜか看護婦さん(Sさん、40代)に怒られる。どうもAmazonで買った杖のことらしい。2m先のトイレや洗面台への移動には松葉杖よりコンパクトな杖の方が手軽なので、そういうときに使っていた。なんでも、とにかく松葉杖じゃないとダメらしく、国立病院の公務員的融通の効かなさに呆れる。長期入院生活で発狂寸前なのだから、それくらいは許容してほしい。
昼食後、ウイスキーを買う目的で無断外出する。外気はやはり気持ち良く、普段触れていないだけでこんなに心地良く感じるものかと思った。若松河田駅最寄りのコンビニでミニボトルのウイスキーを1本買う。病院へ帰ろうとすると、途上にある日蓮正宗系の寺の前で煙草を吸ってる婆さんに話しかけられる。いとも簡単に中に引き込まれ、なんだか知らぬ間に、数珠と勤行要典とその風呂敷のセットを1600円で買わされ、受戒料だかなんだ知らないがまた1000円取られる。入院生活が長くなると、こんなことですら愉快に思える。
若松河田駅徒歩1分の好立地にあるこの寺は、中に入ってみると広く、ぷーんと寺らしい線香の匂いがした。いつの間にか日蓮正宗の受戒を受けることになっていた。自分の他に両親の回向をしている中年夫婦がいた。南無妙法蓮華経の経を唱える住職とそれに和する我ら。そんなに悪い気持ちはしなく、これを続けた先にトランス状態があるのだろうな、なんて思ったりしていた。松葉杖をついて病室に戻る。寺の信者情報として個人情報を割合素直に書いてしまったのに若干悔いが残る。なんにせよ、他の仏教はあれこれがダメでうちの仏教こそ至高、みたいな態度だったので、ああ、ここはダメだなと思った。寛容ということが欠如している宗教は好ましくない。
ブラックニッカのミニボトルを一気飲みする。ツイッターで情報を得ていた、下北沢のDJイベントに行こうという気が確固たるものになる。18:30過ぎ、ジーンズ、シャツ、パーカーに着替え、無断で病棟から脱走。病院前のタクシー乗り場から下北沢南口のあたりまで。とりあえず目に入った星乃珈琲でひと休み。アイスコーヒー。時間をどう潰そうかと考えていたところに、姫乃たまから、「わたくしごとってバーがイイですよ!」と情報を得たので、さっそく行ってみる。その後、モナレコードのDJイベントに遊びに行ったが、記憶がほとんどない。朝方に病院に帰る。
1025土
入院生活108日目。強制退院日。無断外出はやはり罪深いことだったらしく、強制退院と相成った。顔馴染みの看護婦さんにあっさりと「石上さん、退院ですよ、」と冷淡に言われる。淡々と荷物をまとめ、退院の準備をする。土曜日なので時間外窓口での清算。土曜日の朝の待ち合い室はなんとも言えずカオスな感じだった。ここは救急受付でもある。酔っ払っているのか知らないが胸を露わにして寝ている水商売の女性。連れと思しき男が受付でやりとりしている。意味不明なことを大声で口走っている中年女性。救急の人は日常茶飯事という趣きで、困惑している様子もなく仕事をこなしていた。
杖をつき、左足を引きずりながらタクシーに乗り、自宅に到着。部屋の掃除と郵便物の整理。狭い部屋にひとり残されるとなんだか虚しい。病院という場所は常に誰かがいるので、今思うと安心できる場所であった。とりあえず家に居ても鬱々とするだけなので、映画でも観に行くことにする。ドイツ製の杖をお供に外出。新宿ピカデリーで『ジャージー・ボーイズ』を観る。生ビール。知り合いの人たちが口々に面白かったと言うので期待していたが、前半のシーンは退屈することが多かった。とは言っても、フランキー・ヴァリが「君の瞳に恋してる」を唄うシーンでは涙を流してしまった。家に帰ってすぐにシャープ9thのコードを鳴らしたくなった。それから、ゴールデン街をぶらぶら。プラスチックモデル、裏窓、ソワレ、夜間飛行と4軒まわって泥酔の一歩手前くらい。まだ足が悪いので2階の店に行かないようにしていたが、結局酔っ払って夜間飛行に行ってしまった。朝方帰宅。のり弁と缶チューハイを胃に入れてから眠る。